第20話 ユリカの危険な誘惑

「やっほ~? 目を覚ましてぇ~?」


 な、何だ? この緊張感のカケラも無い呼びかけは!?

 ……ああ、思い出した。そして目が覚めた……って、えええっ!?

 あお向けに寝ていたオレのすぐ目の前に、ユリカの顔があった。まるでオレのあごをくすぐるかのように、オレンジ色の髪の先端が触れていた。そして、オレの顔にかかる甘い吐息……。


「うわわわわわっ! 近い近い近いって!」


 オレは大慌てで掛けていた布団を跳ね上げた……あれっ? たしか寝る時に布団を掛けなかったような気がするんだけど……。ユリカは、オレから離れて呆れ顔で言った。


「も~。いつまでも寝てちゃダメだよ~? とっくに朝なんだから~。ギルドへ行かないといけないし~」


 そうだった。冒険者ギルドで仕事をしなければ、オレたちは干からびてしまう。


「食事はギルドで注文できるから、早くギルドへ行くのね~。お金も必要なのね~」


 そう言うユリカの右手には、金貨の入った袋が握られていた……あっ、コイツいつの間に!? オレが持っていたはずなのに!?


「それを返せユリカ! その金はオレが姫様から託された物だぞ!?」

「ダメだよ~。このお金は、お目付け役の私がしっかり管理するの~。だらしないナリユキ君には任せておけないの~」


 とんでもない事を言い出した。金に意地汚い女だと思っていたが、ここまでとは……。


「いい加減にしろ! こうなったら、力づくでも取り返してやるッ!」


 怒ったオレは、ユリカが持つ袋目がけて左手を突き出した! しかし、本気を出したらユリカを突き飛ばしてしまう。手加減しなければ……。

 それが良くなかった。

 ユリカは持っていた袋をパッと離し、このまま両手でオレの左手首をつかんで自分の胸に押し付けた。


 むにゅ。


「…………え?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 左手の感触……柔らかい……とろけるように……。


「ねえ……本当にダメなの……?」


 ユリカが潤んだ瞳でオレを見上げる……か、かわいい……思わず見とれていた。

 ハッ! 何やってるんだオレは!? 顔から火が出た。


「うっ、うわわわわわーっ!」


 頭の中がパニック状態に陥ったオレは、ユリカの手を引きはがし、後方へ思いっきり飛び退いた!


 ドカン!


 後頭部に激痛が走った。どうやら、飛びすぎて壁に頭をぶつけたらしい。


「あ痛たたたた!」


 その場で転げ回った。すると、今度はユリカの方が絶叫した。


「あああああーっ!」


 ユリカが指差す方向を見ると、後ろの壁に拳くらいの大きさの穴が開いていた。


「なんてコトするの~!? この家、まだ借りたばかりなのに~!」


 怒るユリカ。しかし、元はと言えばコイツが悪い。


「お、お前が急に変な事をするから、こうなったんだろ!」

「私は関係ないも~ん。ナリユキ君が勝手に自爆したんでしょ!?」


 くそっ……確かに壁を壊したのはオレ自身だ……ユリカは更にたたみかける。


「わかった! こっそり私の部屋をのぞき見するために、この穴を作ったのね!? これじゃ、安心して着替えとかできないよ~! イヤらしい! 罰としてコレは私が預かるの~!」

「何言ってんだ! 最初にイヤらしい事をしたのは。お前の方だろ!」


 この後、長々と口論が続いたのだが……結局、オレが負けてお金は取り上げられてしまった。

 この魔性の女め……てやんでえバーローチキショー!

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