第19話「足音の怪」
――――――ぴしゃり……ぴしゃり……。
『フォォォォォ……』
“それ”は歩く。ぴしゃりぴしゃりと、夜の道を。彼の者は何処から来て、何処へ向かうのか。それは誰にも分からない。
……否、向かう先は分かる。それは――――――、
とある高校の“屋上”だ。
◆◆◆◆◆◆
ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校。
そして、ここは一年四組の教室。朝という事もあり、生徒たちもざわついている。当然、日常会話に混ざって様々な噂話も流れていた。
「ねぇねぇ、聞いた?」
「何を?」
「ウチの学校の屋上さぁ、最近立ち入り禁止になったじゃん?」
「ああ、そう言えばそうだね。でも何でだろう?」
「……噂じゃあ、マッドサイエンティストが住み着いてるらしいよ」
「なぁにそれぇ?」
「相棒みたいな言い方しないでくんない? ま、噂だけどね。そもそも、立ち入り禁止になってから、まだ誰も入ってないし」
「じゃあ眉唾物じゃん。馬鹿馬鹿しい」
「良いじゃないの。学校の怖い噂、学校の七不思議。そういうのがあってこその学校生活じゃない」
「ひねくれてんねー」
そう、峠高校の屋上は今、どういう訳か立ち入り禁止になっている。それ処か屋上に昇る為の階段も閉鎖され、物理的に侵入出来なくなっていた。一体何があったというのだろうか。
「ああ、そう言えば……」
だが、噂には続きがあった。
「学校の何処かにある「コトリバコ」ってポストに手紙を入れると、会えるらしいよ」
「コトリバコ」。
水子の呪いが詰まった、子供を取り殺す災いの箱。見た目こそ木製の立体パズルのようだが、世にも恐ろしい方法で作られ、常に禍々しい怨念が漏れ出しているという。
しかし、そんな恐ろしい呪物が学校にあるという事実に、誰も頓着していない。
だって、信じていないから。噂は所詮、噂。怖い物なんてないさ、お化けなんか嘘さ。そう思っている。
だが、火の無い所に煙は立たないし、嘘から出た実なんて言葉もある。
ほら、そこに。
「……あった。あの噂、本当だったんだ」
その少女――――――
さらに、彼女には悩みがあった。とても奇異な悩みが。
「でも、あんな物、どうにか出来る訳……」
それは、ある日の晩の事。部活で遅くなり、最愛の弟である
『フォォオォォオォォ……』
目の前に、信じられない物体が居たのである。暗がりの中でも、星明りに負けないくらい、赫々と輝く、不気味な
「な、何だあれは!? クソッ、姉さん、下がって――――――ぱぁあああん!?」
「こ、煌!?」
そして、咄嗟に姉を庇い、敵意を向けた煌を、それは閃光と共に蒸発させた。跡形も残さずに。
それ以来、流美は真実を語る事無く、鬱屈とした思いを抱え続けていた。きっと誰も……例え親だろうと信じてくれないし、矛先がこちらに向くと分かっていたから。
「……いえ、駄目で元々よ!」
しかし、もう耐えられない。こんな苦しみを背負ったまま、人生を歩んでいくのは無理だ。
何より、可愛い弟を殺したあの物体を、どうして放って置く事が出来ようか。何としてでも復讐し、煌の無念を晴らす。過剰なストレスに苛まれた流美は正常な判断力を失くし、唯一つの意志に囚われていた。
「よぉ、同級生さん」
そんな彼女に、悪魔が囁く。
「だ、誰よあんた!?」
「私か? 私は噂のマッドサイエンティスト、
噂のマッドサイエンティスト、
「手紙は読ませて貰った。まぁ、泥船に乗ったつもりで付いてこい」
「いや、それ沈む奴……」
「いいからいいから、テ○ーを信じて」
「それは笑○犬」
……本当に大丈夫か?
◆◆◆◆◆◆
その日の夜。
「まったく、メンテが間に合わないかと思ったぜ」
「それはお前の仕事だから、ボクに言われても困る」
「えっと、どちら様?」
「ボク? ボクは
「は、はぁ……」
流美と里桜、それから改造が終わった
「……ちなみに、何でここに? 現場はここじゃないんですが?」
ただし、流美が煌を失った場所ではなく、峠高校から程近い通りであった。
「実を言うと、お前が来る前から、そういう噂は耳にしてたんでな。目撃情報を基に、“そいつ”の移動経路を予測したのさ」
「で、ゴールが
そう言って、里桜と説子は背後に聳える峠高校を親指で差した。
「な、なるほど……」
そこまで断言されては、納得するしかないだろう。
「それで、これからどうするんですか?」
「“そいつ”は夜間に数キロ程度を進んでいる。かなりの牛歩だな。んで、大体今晩辺りに学校に到着するから、ここで迎え撃つ。それだけさ」
「……とか言ってたら、出て来たぞ」
すると、暗~い夜道の闇から、ぴしゃりぴしゃりと水が滴るような足音が聞こえて来た。ぼんやりと赫い光も見える。“奴”に違いない。
「「ぴしゃがつく」だな」
未だベールを脱がぬ物の怪について、説子が言及する。
「「めちゃがっつく」?」
「「ぴしゃがつく」だよ。ぴしゃりぴしゃりと歩くが姿は見せない、所謂“音だけ”の妖怪さ」
「ぴしゃがつく」とは、関西地方を中心に伝承される、足音だけの妖怪だ。暗がりを歩く人間の後ろから「ぴしゃりぴしゃり」と水が滴るような音を立てて付いて回るが、振り向いても誰も居ないという、“夜道の恐怖心”を体現したかのような怪異である。その為、姿形に関する描写は一切なく、正体は闇の中だ。
ただ、今回の個体は人前にも姿を見せているようだが、果たして……?
「あいつ……!」
流美が歯を食いしばり、拳を握り締める。最愛の弟の仇が目の前に居るのだ、無理もないだろう。
「悔しいのか? 奴が憎たらしいか?」
「当然でしょ……!」
「そっか。なら逝って来~い」
「ゑ?」
突然、流美の身体がフワリと浮かんだ。里桜が襟首を掴んで投げ飛ばしたのである。何故にWhy!?
――――――ビシュゥウヴウウウン!
「ぶぴぃっ!?」
さらに、闇路の先で光が閃き、流美は爆散した。
「雌豚みたいな断末魔だな、可哀想に」
「お前が殺したんや」
「だが役には立った。奴が“一定範囲内の敵を自動的に狙撃する”習性を持っていると証明したからな」
「流美は犠牲になったのだ、ってか? 余計に悪質だわ」
「黙れ殺すぞ」
「見境なさ過ぎるだろ……」
もちろん、里桜と説子は全然気にしていなかった。所詮は他人の命だ。幾らでも居るし、放っておいても湧いてくる。少しくらい減っても問題ない。少子高齢化社会の
「さてと……ご対面といこうか?」
『フォォオオォォ……』
そして、夜闇のベールを脱ぎ、怪音が正体を現す。
「「何かウイルスみたいな奴だな」」
その姿を見た里桜と説子が、口を揃えて言った。
赫い六脚スタンドに真紅の正八面体を乗っけただけのシルエットは、まさにバクテリオファージの親戚であり、どう見なくてもウイルスである。肉眼で確認出来る処か人間よりもデカいので、形が似ているだけの立派な生物なのだがけれど
ただ、霧が晴れた先に現れたのが、こんなショボいモ○ルアーマーみたな奴だとは、聊か拍子抜けだ。
◆『分類及び種族名称:幾何学生命体=ぴしゃがつく』
◆『弱点:不明』
『フォォォォ……キャアアアアアアアアアッ!』
――――――ピシャァアアンゥ!
「「危なっ!?」」
前言撤回。こいつは紛れもない危険生物である。正八面体の部分が変形して、鉄を蒸発させるビームを放ってきたのだ。
『フォォォォォ……』
「「その頭は飛○石だった!?」」
さらに、正八面体に戻った頭部(?)を中心として浮かび上がり、そのままホバー移動で急接近してくる始末。生物は生物でも、兵器という名詞が付くトンデモ生物だった。
「この野郎っ!』「消えとけ!」
――――――カキィイイイン!
『「嘘ぉ!?」』
その上、バリアまで完備しているようで、説子の爪も、里桜の目からビームも防がれてしまった。反射機能が無かった事を喜ぶべきか、そもそもバリアがある事を嘆くべきか、判断に困る。
そして、多大な隙を晒してしまった二人を、ぴしゃがつくは、
『………………』
『「あれ?」』
完全に無視してピシャリピシャリと歩き始めた。あれれ~?
しかも、行き先は学校の屋上。フワッと急上昇し、着地すると、またピシャピシャと歩き始める。
「「いや、ちょっと待てや」」
あまりにも華麗なスルーっぷりに思わず固まってしまった里桜と説子だったが、直ぐに正気を取り戻してぴしゃがつくを追いかけた。
そこで待っていたのは、
『………………』
「「えぇ……」」
作り置きの純水槽に溶け込み、赫い水になってしまった、ぴしゃがつくであった。なぁにこれぇ?
「どういう事だってばよ?」
「……とりあえず、成分を調べてみるか」
限りなく意味不明だったので、一先ず水質を調べようとしたのだが、
『ポンッ!』
「「は?」」
今度は赫い水の中から真っ青なスライムが現れた。どういう、事なの……?
『プルプル……ボク、悪いスライムじゃないよ』
「「喋ったぁっ!?」」
さらに、そいつは喋れるスライムだった。自身を変形させ、振動を言葉として放っているのだろうが、この際そんな事はどうでもいい。重要なのは意思の疎通が図れる事である。
……という事で、ちゃぶ台を挟んで未知との遭遇と洒落込もう。
「何なんだ、お前は」
『見ての通り、スライムだよ。プルプルプル』
「いや、そうだけど、そうじゃないのよ。……さっきまでの姿は何で、今はどういう状態なんだ」
『ああ、あれは“汚染状態”だよ』
「汚染状態?」
『そうそう。ボクらは獲物を溶かして食べる種族なんだけど、溶かし込みすぎると老廃物で身体が赫くなっちゃうんだ。で、その汚れを落とす為に、ボクたちは水場を純水に変えて、自らを溶かし込む事で“再誕”してるんだよ』
「おい、ちょっと待て。それってつまり――――――」
『うん。近場に丁度良い純水の溜まり場があったから、拝借しようと思ったのさ』
「「ただのサボりじゃねぇか!」」
ぴしゃがつくの正体は、自前の洗剤を用意するのも面倒臭がる、とんだサボり野郎だった。死ねばいいのに。
「……それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
『うん? 用が済んだから、また放浪の旅に出るつもりだけど?』
「人の純水を勝手に使っておいて、何を言ってるんだ貴様は……」
『そう言われてもねぇ。……ああ、それじゃあ、ゴミ処理係として雇ってよ。大抵の物なら溶かせるし、レッドアラートが鳴った時に、また純水を使わせて貰えれば、それで良いからさ』
「フム……」
ぴしゃがつくの言葉を聞き、里桜は思案する。確かにこんなバキューム野郎を放逐するのは勿体無いし、何より色々と使い道がある。老廃物である赫い水も、場合によっては役に立つだろう。
「良いだろう。これから
『分かったスラー』
「取って付けた様な語尾で喋るな」
こうして、里桜たちは便利でヘンテコなゴミ処理機を手に入れたのだった。
◆◆◆◆◆◆
「………………」
そして、説子は目を覚ました。手術台に雁字搦めの状態で。傍らには、色んな危ない道具を両手に携えた里桜が、悪魔の笑みを浮かべながら立っている。
「……何してんの?」
「改造してんの」
「せめて“する”って言って?」
「だが断る」
だが断られた。酷いが何時もの事。
「夢を見ていた」
「夢だぁ?」
「ああ、去年のな。丁度ぴしゃがつくを屋上に連れて来た時の事だ」
「そう言えば居たな、そんな奴」
「自分でOKした癖に忘れるなよ」
「忘れられるのが知的生物の特権さ」
「物は言い様だな」
「脳味噌シェイクしてやろうか?」
「遠慮しておく」
下らない会話を挟みつつも、改造手術は進んでいく。此度はどんな呪いを施されるのだろうか。説子自体が、里桜の生み出したコトリバコなのかもしれない。
あるいは、
「里桜は
「もちろんだよ、
これ以上は、“野暮”だろう。
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