リオー屋上のラストボスー
ディヴァ子
第1話「悪魔の子」
ワスレナグサの咲く頃、十六夜が空高く浮かぶ時刻。
《ヤッホ~イ、おはこんばんにちは~ッス! ディヴァ子ちゃんの、悪魔的配信の時間だよぉ~ん!》
画面の向こう、電子の海原。そこで踊るは一柱の悪魔。彼女の名は「ディヴァ子」。最近頭角を現し始めた配信者だ。ガーゴイルの頭骨とガスマスクを装着しているのが特徴で、纏った漆黒のローブの下はボディコンスーツという、中々にアカンデザインをしている。
「(……我ながら気持ち悪いな)」
まぁ、中身は引きこもりの糞ニートなのだが。
“彼”の名は
しかし、既に収益化も果たし、人気急上昇中の彼の稼ぎは、真っ当に働くサラリーマンの皆様よりも多く、正直ここから一歩も外に出ずとも生活出来る。
だから、今日も主人は引きこもる。ネットの海で、成りたい自分に変身して。
《それじゃあ、今日の配信はここまで! 信者諸君、また明日~♪》
「(フゥ、今日はそこそこ上手く行ったかな?)」
だが、この日は勝手が違った。
《え~? 終わっちゃうの~?》
「えっ……?」
配信を終え、ネットも撮影機具も閉じて、デスクトップ画面に戻った筈なのに、どういう訳かディヴァ子が消えてくれない。それ処か、こちらに向かって話し掛けてきている。
《でもでも、私はまだまだ楽しみたいな~?》
「えっ、えっ……!?」
《だ~か~ら~♪ ……その身体、私に頂戴?》
さらに、画面の中からぬぅっと腕を伸ばし、主人の手を取って、
「――――――うわぁあああああっ!?」
◆◆◆◆◆◆
ここは
当然、元はしがない小さな町であり、今も大して発展していない為、街中こそ建物は多いが、一歩大通りを外れると田んぼばかりが目立つ。特筆すべき所は無いが、自然豊かで空気が奇麗な、それでいて揃う物はある程度は揃っている、老後に住むのに丁度良い町、と言った所か。
それでも、今は同じ市に属する隣町、「
そんな長閑で平凡なド田舎、古角町に存在する、極普通の高等学校―――――――「
「………………」
そこが、主人が所属する学校であった。
まぁ、引きこもりの彼が通う事は、極稀なのだが。余程の事がない限り来るつもりはなかったし、何なら卒業まで通う予定などなかった。嘘八百のプロフィールであるにも関わらず収益化に成功した、ディヴァ子が居るのだから。
しかし、今の主人は、そのディヴァ子が原因で来たくもない学校へ向かっている。“ある噂”を頼る為だ。
「あら、主人じゃない。あなたが学校に居るなんて、珍しいわね」
と、金髪碧眼でポニーテールかつスタイル抜群、しかも眼鏡っ子という、中々に属性がてんこ盛りな少女が話し掛けてきた。
彼女は塔城
「……ちょっと野暮用があって」
「あっそう。……それはそうと、怪我もしてないのに腕に包帯を巻くのは、中学生までにしておきなさい。それじゃあね」
「………………」
主人は思わず包帯が巻かれた右腕を押さえた。好きでこうなっている訳ではないが、言った所でどうなる訳でもない。だので、ここはぐっと我慢する。
というか、そもそも岬に用はない。あるのは、屋上に住むという“噂のあの人”である。
「本当なのかな、あの噂……」
「屋上のリオ」。
最近、要衣市を中心に拡がっている、荒唐無稽の噂話。
“峠高校の屋上には、リオというマッドサイエンティストが住んでいる”
“何時もは会えないが、奇怪な事に悩まされた時、近くの「コトリバコ」に手紙を出せば、必ず解決してくれる”
“ただし、その後どうなるかは知らない”
「「コトリバコ」って、あの「コトリバコ」だよね?」
一族郎党まで皆殺しにするという呪いの詰まった、禁忌の魔道具。そんな物が校内にほいほい置かれても困るが、今はある事を願うしかないだろう。
包帯の下にある、
「そう言えば、ウチの学校の屋上、入った事無いよな」
というより、屋上に通じる階段を見た事がない。三階まで上ったら、それっきりだ。
「……緑地化してるじゃん」
ふと気になって見上げてみれば、屋上に広がるは深緑の森。どう考えても床が抜けるレベルの原生林だが、一体何がどうなっているのだろうか?
「いや、今はいい……」
ともかく、右腕の治療を優先しなければ。このままでは、
「おはよー」「おはよーさん」「昨日何観た~?」「「バカチンコース」、面白かったよねー」
「………………」
楽し気に会話する同校生たちの横を、コソコソと通り過ぎ、コトリバコを探す。手乗りサイズの木箱なので、見掛ければすぐに分かるだろう。
「おっと!」
「あぅっ!」
余所見をしながら歩いていたら、巨乳にぶつかった。
桃髪に真紅の瞳、その上胸にミサイルを搭載しているという、非常に美味しい要素を満載に持ちながら、逞しい肉体と二メートル越えの身長が色々と打ち消している、クラスメイトの一人。
彼女は
「テメェ、今失礼な事を考えてたろ?」
「ば、馬鹿な……何故分かった!?」
「いや、自白すんなや」
「あん♪」
殴られた。そりゃそうか。
「折角登校したんだから、ちゃんとクラスには顔出せよー」
「あ、姐御、おはようございますッス!」「ゲッ○ービーム」
そう言って、苺は去って行った。顔も性格も良い意味で姐御肌だから、意外と人気があったりするのが彼女なのだ。特に今集まってきた、二人の取り巻きは苺にベッタリである。大変に姦しくて、引きこもりには色々と毒だ。さっさとお暇しよう。
「えっと、コトリバコは……うわぁー」
あった。
だけど触りたくないオーラが滲み出ている。「オオオォォォ……」なんてエフェクト、地獄先生の妖怪登場シーンでしか見た事ない。バリバリに最凶なのよ。お前がナンバーワンだ……。
とにかく、手紙を入れよう。何とも不親切な事に、肉筆の手紙しか受け付けないらしいので、この日の為に頑張って書いてきた、渾身の依頼文である。届けぇえええええっ!
「届いたよー」
「うぉあっ!?」
何時の間にか、後ろに人が立っていた。それも苺と同じくらいにデカい女が。
紫色のおかっぱ頭(アホ毛あり)に金色の瞳、白い肌をした、長身痩躯の女子。胸はなく絶壁で、何故か数世代前のセーラー服を着用している。顔色が悪い上に目の下に隈が寄っているので、正直かなり怖い。
この人は一体、誰なのだろう?
「ボクは
地獄への水先案内人だった。百物語の最後に出てきそう。
「さぁ、行くぞ。付いてこい」
「え、あ、はい……」
そして、有無を言わさず先導される。有難い事だが、全く詮索しないのも不気味だ。
「興味がないからな。あるのはアイツだけだ」
「さいですか」
屋上のリオ……どんな人なのだろうか。“マッド”と付くからには、ロクでもない人物なのは間違いないが、せめて話が通じる相手ではあって欲しい。
「……あれ?」
そんな事を考えている内に、屋上へ通じる扉が見えてきた。何処をどう通って来たのか、さっぱり分からない。後ろを振り返っても、延々と続く階段が見えるのみ。降りたとしても、三階には着かないのだろう。そういう確信がある。
「考えても無駄だ。それより、早く来ないと置いていくぞ」
「は、はい!」
説子にせっつかれ、扉を開けた先には、
「大自然!」
雄大な大自然が広がっていた。てっきり落葉広葉樹が雑多に生えているかと思いきや、巨大なシダ植物や樹木化した地衣類など、どちらかと言うと「太古の森」と表現する方がしっくりする、漫画にしか存在しなさそうな植生である。恐竜とか居そう。
『ガウ?』
「恐竜みたいなのいる!」
すると、本当に羽毛の生えた大型肉食恐竜が現れた。そんな馬鹿な。
『バォオオオオッ!』
しかも、元気に火まで吹いた。お前のような恐竜が居るか。
「放っておけ。どうせ満腹だから、お前みたいなちび助を取って食ったりはしない」
「は、はぁ……」
それは嬉しいが、納得はし難い物がある。食べる所はそっちも無いだろうに。
「おい、何か思ったか?」
「何で皆エスパーなんだ」
「顔に出てるんだよ」
「ぇはん♪」
女子の見る目は厳しかった。
「それよりも、着いたぞ。ここが“入口”だ」
促されて見れば、そこには天をも貫く巨木と、その幹に設置された「扉」があった。デカデカとハザードマークが刻まれているが、マッドサイエンティストの根城なのだから、今更であろう。
「開けるぞ。覚悟は良いな?」
その先に待っていたのは、
「悪趣味過ぎる……」
延々と続く廊下と、上下左右に張り巡らされた強化ガラスの向こうにある“実験体”の数々だった。生きている物もいれば、死んで動かない物もいる。保存状態だけは良いのか、死に様が克明に刻まれていた。中には解剖され、分解され、完全に標本と化したオブジェクトも……。
はっきり言って、かなり気色悪い。ある意味想像通りではあるが、実際に見ると吐き気しか催さなかった。暫く焼き肉が食べられなくなりそう。
「ここだ」
そんな薄気味悪い廊下を進んだ先の行き止まりに、第二の扉があった。こちらは自分からバイオハザードを起こしそうなマークが刻まれている。少しは自重しろ。
「開けるぞ。えーっと、564219っと……」
さらに、説子が殺しに行きそうなパスワードを入力すると、重々しい音と共に扉がオープン・セサミして、
「ウェルカ~ム♪ 待ってたぜぇ、
「………………」
見るも無残なマッドサイエンティストにお出迎えされた。誰か助けて。
「え、えっとですね?」
「私は
「えぇ……」
いきなり何なの、この子……。
(でも、確かにマッドだけど、科学者っぽいな)
主人は里桜の姿を見て、そう評した。
デカデカと「りお」と書かれたブルマーの体操着に、黄×黒という警告色のハイソックスと真っ赤なヒールを履き、その上から白衣を纏っている、妙ちくりんな格好。ボサボサの茶髪を真紅のカチューシャで掻き上げ、それでいて左目を隠している、ちょっと痛いヘアスタイル。鋭い三白眼にグルグルとした赫い瞳、ギザ歯なオリジナル笑顔という、如何にも狂ってますと言わんばかりのルックス。
何処からどう見なくても、イカレた科学者だった。ここまで狂ってると、いっそ清々しい。
「さぁ、悩みをぶち撒けな。解決してやるよ。その代わりに、魂まで
どうやら、常識はベガスに旅行中のようだ。助けて、ミ○トさん!
「だが断る」
だが断られた。
「………………!」
もう、こうなったら話すしかないだろう。どうせ、既存の医者に治せる筈もない。駄目で元々である。
「これなんですけど……」
観念した主人は、右腕の封印(包帯)を解いてみせた。
「うん、臭そう」
「言い方よ……」
確かに獣臭いけども!
「そりゃあ、「猿の手」……いや、「悪魔の手」か」
すると、里桜ではなく、説子がピタリと症状を言い当てた。
「おっ、流石はオカルトマニア。答えが早いな」
「ほっとけ。それより、何で悪魔になんぞ取り憑かれた? 本の読み過ぎか? それとも、骨董店にでも行ったか? もしくはエジプト旅行にでも?」
「いや、流石に千○アイテムとかではないです。実は……」
そして、主人は改めて事のあらましを話す。
「ほぅ、お前ディヴァ子だったのか。毎週スパチャしてるよ」
「ご視聴ありがとうございます」
重度のリスナーだった。
「――――――じゃなくて! これ、どうしたら良いですかね? 普通の医者じゃどうしようもないでしょうし……」
「切り落とせば?」
「端的!? いや、もっと穏便に行けませんか?」
「……どう思うよ、専門家?」
「フーム……」
と、里桜の振りに説子が唸り、
「もぎ取るかー」
「DA☆KA★RA☆彡!」
適当に処方された。いい加減に訴えるぞ。
「とりあえず、デジタルなディヴァ子ちゃんを呼び出して貰おうかな? 実物を見ないと、何とも言えん」
「は、はぁ……」
一応、念の為にディヴァ子のデータは持って来てある。早速ながら、里桜の背後にある、砂時計型の巨大なウルトラコンピューターでディヴァ子を呼び出す。
「はい、拘束」「大人しくしなぁ!」
「ええぇ!?」
拘束された。説子に後ろから、無い胸を押し付けられて。ほんのり柔らかい。
さらに、頭をがっしり押さえられ、画面の向こうに佇むディヴァ子と目を合わせられる。里桜が何かを打ち込んでいるが、ハッキングでもしているのだろうか?
だが、そんな事を気にしている場合ではない。
「あ……ご……ががががが!?」
何故なら、ディヴァ子と目と目が合うだけで、主人の身体がどんどん変異しているからである。
「――――――ウホォァアアアアッ!」
そして、あっという間にゴリラ……ではなく、毛むくじゃらの悪魔になってしまった。
「悪魔ってのは、ある種のウイルスだ。文字や言葉、映像を媒体にして感染し、肉体を乗っ取る。……正確には、遺伝情報を書き換える、と言った方が正しいかな?」
そんな
『
すると、主人ゴリラの背がパクリと割れ、中からディヴァ子が現れた。
『ヤッホ~イ! おはこんばんにちは~ッス! 信者諸君の悪魔的アイドル、ディヴァ子ちゃんだよぉ~ん!』
「「\5000」」
『スパチャ、どもども~♪ ……じゃなくて! この私、ディヴァ子ちゃんが、今まさに誕生したのよん? もっと崇め奉れ~い!』
「「
『うーん、重度の信者!』
悪魔たちが何か言ってる。
「なるほど、「
『そういう事! 私たち悪魔は、何時でも何処にでも居るのよん!』
悪魔と言えばグリモワールというイメージは、もう旧い。古代の知識と言ってもいいだろう。何故なら、悪魔はイメージの産物なのだから。
“悪魔と言えば、こういう物”というイデアを抱かせ、それが完全になった時、脳髄を乗っ取られ、身体を作り変えられてしまうのだ。
「……って、説子が言ってた」
『ハハ~ン! 分かっているのなら、話が早い! 死ね~♪』
生れたばかりの悪魔が、好奇心の赴くまま、里桜に襲い掛かる。元が引きこもりとは思えない、人智を超えたスピードだった。
『……あれ?』
しかし、届かない。どういう訳か、里桜の鼻先で拳が止まってしまった上に、そこから一歩も動けなくなってしまった。
「お前も阿保だな。データが本体ってバレた時点で、自分が書き換えられてるって気付けよ」
『ま、まさか、さっきのアレは……!』
「
『な、ならば――――――』
「ああ、一緒に見てた説子を乗っ取ろうとしても無駄だぞ。あいつの目には遮光板があるからな」
『だったら――――――』
「ああ、そういうの効かないから。私の身体は、細胞一個一個が有機ナノマシンで構成されている。言わば全身がコンピューターの塊みたいな物だから、例え一部が汚染されたとしても、次の瞬間には抗体を演算処理してるんだよ。つまり、精神汚染系統は無効になるどころか、逆に侵食する事が出来る訳だ。お前に勝ち目は無いよ」
『オワター\(^o^)/』
ディヴァ子はお手上げした。
「さて、それじゃあ、実験を開始するか」
さらに、里桜が姿を変異させながら、彼女の頭を鷲掴む。全身がナノマシンである里桜は、自身の望む姿に変貌する事が出来るのである。
そう、それこそ強大な悪魔の姿にだって可能だ。
『キャーッ、ケダモノーッ!』
こうして、小悪魔は大悪魔の手中に落ちるのであった……。
◆◆◆◆◆◆
『………………!?』
そして、主人は目を覚ました。あれから一体何がどうなってしまったのだろうか?
というか、身体が重い……否、小さくて短い……?
『……
主人の身体は、何時の間にかカエルになっていた!
それも、体形は薬屋の前にあるアレと同じ二頭身で、きめ細やかなチャトラの毛皮に肉球のある四肢、間抜けな顔とお腹の「☆」、金の王冠&赤いマントという、漫画の世界に居そうな、デフォルメ全開な姿である。ついでに、何故か「ビバルディ」としか喋れない。アニメのポ○モンかな?
「おはこんばんにちは~♪」
『
さらに、原因と思われる里桜も登場。傍らには説子が控え、変わり果てた主人を見下ろしている。
「お前は悪魔に
『
「それは「ビバルディ」。説子のお気に入りのぬいぐるみに、色んな実験体の
『
「どうだね、生まれ変わった気分は?」
人はそれを改造手術という。最悪としか言えない。
『
「知らんなぁ。お前個人はとっくに死んでるし、今のお前はマスコットだ。つまり人権など無い。諦メロン」
『
「そもそも、最初に言っただろう? “魂まで
『
神も仏も居ないとは、この事か。こんなのあァァァんまりだァァアァ~ッ!
「安心しろ。お前の戸籍は抹消してるし、最初から居ない事になっている。おめでとう……そして、ようこそ屋上のリオのラボへ。今日からは心機一転、マスコットとして良きに計らえ」
『ビバァ~ン……ビ?』「………………」
と、嘆き悲しむ主人――――――否、ビバルディを説子がヒョイと抱き上げた。
「……可愛い。ちゃんと世話してあげるからね」
『………………』
その胸はちょっと硬かったが、とても温かかった。
(もうどうにでもなれ~♪)
そして、幾ら足掻いても仕方がないので、ビバルディは考えるのを止めた。
《おはこんばんにちは~♪ 今日も今日とて、配信していくよ~ん♪》
『………………』
ちなみに、あの後ディヴァ子は里桜に捕獲され、そのまま屋上で管理AIとして働きつつ、主人に代わって配信を続けて行く事になったそうな。
うむ、めでたしめでたし!
『
どんとはれ~♪
◆◆◆◆◆◆
●氏名:
●年齢:十七歳
●住所:閻魔県要衣市災禍町野寺区二十番地十三
●所属高校:峠高等学校
●家族:なし。両親は既に死亡し、天涯孤独の身。兄弟姉妹も存在しない。
●趣味:物作り、読書、動画配信
――――――以上のデータを破棄しますか?
『勝手にしろ。そいつはもう用済みだ』
誰かの声が聞こえた気がした。
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