約束を果たす大魔王
「いやァ、本当に良かったですねぇ~! しつこくエクスさんにこびり付いていた呪いも、コネによる裏口入社という弱点も、どちらもワタクシのお陰で綺麗さっぱり解決ですよォ~! アハハハー!」
「ぬわーーーーっ! 最初からそれが狙いだったのか貴様ああああッ!?」
「ミャー?」
定例理事会終了後。
初代管理人リーダーだったアークデーモンを辞職に追いつめた、恐るべき理事会を乗り切ったエクスは、無事フィオとラナの二人と共に自室へと帰還していた。
「相変わらず良い性格をしているじゃないか。呪いのことも、それがまだエクスに残っていることも知った上で、あの場で私たち二人に後始末をさせるなんてね」
「そうだぞラナ! 呪いのことを知っていたならば、もっと前に俺の所に来てくれても良かったではないか! なぜわざわざ理事会であのような真似をした!?」
「なぜですってぇ~? その方が恐怖にひきつる貴方の顔が見れて楽しいからに決まってるじゃないですかァ~!? と・く・に~、採用面接と聞いて椅子から転げ落ちるエクスさんの姿はァ……ぶっちゃけ最高でしたねぇ~~~~! こちらも笑いをこらえるのが大変でしたよ~? プククク……ッ!」
「な、なんという奴だ……! 悪い意味で十年前とまったく変わっておらんぞ!?」
「たしかに、それについては私も同意するよ。恐怖に怯えるエクスはたまらなく可愛かった……それはもう、思わず食べてしまいたいくらいにね……!」
「貴様もそっち側の人間かッ!?」
結果として、ラナの一連の行為や言動はどれもエクスへの恨みや怒りから来るものではなかった。
エクスが負った呪いについてすでに把握していたラナは、呪いの現状把握とさらなる弱体化のために、あえてあのような振る舞いをしてみせた……と、本人は言っている。
「もちろんそれだけじゃありませんがねぇ。ほんのちょーっぴりですけど、私からの〝仕返し〟も含まれていたと思っていただければ」
「仕返しだと?」
「ええそうです。貴方……あの戦いであーんな大変な目にあっていながら、この十年で一度も『助けてくれラナ! お前の力が必要なのだ!』って……言ってきませんでしたねぇ?」
「なぬッ!?」
「悲しいですねぇ~! 私にとって、友人と呼べるような存在はこの世で貴方ただ一人なのですよ? なぜ私が貴方の呪いについて知っていたかわかりますか……!? すべては、大切な友人である貴方の力になるため――!」
「ミャ?」
エクスの足元からクロが不思議そうに見上げる先。ラナは感極まった様子で眼鏡を外し、胸ポケットに挟んでいたハンカチーフで目元を拭う。
「そ、そうだったのか……!? すまないラナ……俺はただ、呪われた我が身では貴様に合わせる顔がないと思い……!」
「――というのは冗談です。実は魔王城で偶然〝例の邪竜〟について書かれた文献を読んだことがありましてねぇ……ぶっちゃけ呪いについてはずーっと前から知っておりました~!」
「焼き尽くすぞ貴様ッッ!?」
「アハハハ! この世でエクスと一番仲が良いのは〝私〟だけど、どうやら君たち二人の関係も思った以上に良好みたいじゃないか」
「ええ、ええ。もちろんですよCEO。なにせ私たち二人は〝ズッ友〟ですから。ねぇ……エクスさん?」
「うぬぬ……! そういうことにしておいてやる……!」
「わかるよ。エクスも口ではこう言ってるけどかなり楽しそうだしね」
完全にラナのペースに翻弄されるエクスだが、その様子は実に楽しげだった。
そしてそんな二人を見ていたフィオは、頃合いとばかりにエクスの隣から立ち上がる。
「見てよエクス。これ、さっきラナから貰ったんだ」
「それは……ワインか? 随分と高価に見えるが……」
「百五十年物の魔界産ブラティニローズですよぉ~。本当なら、十年前に貴方と開けるはずだったんですけどねぇ?」
「十年前に俺と……? まさか……!?」
フィオからそのワインを受け取ったラナは、普段の人をおちょくるような表情ではなく、どこか昔を懐かしむような穏やかな笑みをエクスに向ける。
「約束しましたよねぇ~? 貴方が勇者さん……こちらにいるソルレオンCEOに勝ったら、二人で一緒に祝杯を飲み交わそうって」
約束。
それは、かつてフィオと交わした約束とは別の……しかしほぼ同時にラナとも交わしていた約束だった。
「結果として貴方はCEOとは戦わなかったわけですが……おかげで貴方たちは、それよりもずっと大きな獲物を倒したんでしょう? 祝杯を上げるには、十分過ぎる功績だと思いますねぇ~!」
「ふふ……そうだね、私もそう思うよ」
「功績か……たしかに貴様の言うとおりだ! ならばラナよ、ずいぶんと遅くなってしまったが、約束の祝杯を今こそ飲み交わすとしよう!」
「今日はその辺りの話も聞かせて頂きますからねぇ! ほんと、十年も私をほったらかしにしていた分、今日からはきっちり返していただきますよ~!」
「ミャー」
波乱の理事会を終え、今日も夜の街にそびえたつ超巨大タワーマンション、ソルレオーネ。
そこでついに果たされた約束の時間は、いつまでも穏やかに過ぎていったのだった――。
マンション管理業務日誌#02
ソルレオーネ定例理事会――業務報告完了。
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