v0.2.6 3D化
「はぁぁぁ!?」
一体何が起きたのか、さっぱりわからない。
目の前で、爆発?
え、何かの事件……?
慌てて立ち上がろうとするが、周囲を見回すと誰も慌てる様子はない。
「あれ?」
よくよく見てみると爆煙はそんなにリアルじゃなく、アニメっぽい見た目で偽物くさい。それに全体的に微妙に半透明で、均一にうっすら向こうが透けて見えたりしている。
あ、ああ……つまり、これは俺のARグラスに表示されてる爆発アニメーションであって、何かが実際に爆発したわけではないのか。
な、なんだよビビらせやがって。もうちょっとでチビるところだったじゃんよ。
心臓が強烈にバクバクしている。いや、何の前触れもなくこんなの出されたら、俺が心臓の弱い子だったら一発で昇天してるよ? そんなデンジャーなものなの? ARグラスって。
ふぅ……
とりあえず今の爆発は現実ではないし、身に差し迫った危険はないのはわかった。
じゃあ結局なんだったんだ……と爆煙を凝視していると、それが薄れたその向こうに、何やら人影が見えてきた。
「……女の……子?」
次第に爆煙が消え、その姿がはっきりしてくる。
それはどうやら女の子で、身に付けているのは、この学校の制服みたいだ。
ぱっちりした目、長い髪を両サイド束ねたツーサイドアップ、身長はやや小柄で、多分俺よりちょっと小さいくらいだろうか。手を後ろに組んで、ほんのり前かがみでこちらを見ている。
うん、間違いなく女の子だ。それもすこぶる可愛い。
ただ、その子は「女の子」ではあるけど「人」ではない。
それは明らかにCGで作られた、いわゆる萌え系な感じの造形の3Dキャラクターだった。
えーっと……?
ほんと一体何が起こったんだ……?
うっかり何か変なアプリでも起動してしまったんだろうか。
だとしたらどうやって終了したらいいんだろう。
アプリの終了ボタンを探してキョロキョロしていると、その女の子キャラは、ニコっと笑い、なぜかその場でくるりと一回転してみせた。そして、
『どう……かな……?』
と、可愛らしいハスキーな声で言った。
……どうかな、と言われましても。
まずは今、一体何が起きているのかを懇切丁寧に説明してほしいんですが。
『まーた無視なのかなー。つれないなぁ、ダーリンは』
んん……?
ダーリン、とな?
俺の事をダーリンと呼ぶ人は、昨日からやたら強烈な方が一人いらっしゃいますが。
あの黒いウィンドウのハッカーさんとこれに何か関係が……?
『ミントだよ?』
ミント……
mint……
mint >
うん、やっぱり何かあの黒いウィンドウのハッカーさんに連なる者のようですが……。
『黒い画面でお話しててもボクの事好きにはなってもらえなそうだし……』
ミントと名乗ったそのキャラは、口に人差し指をあてながら少し困ったような顔をしてそう言うと、
『だからこうしてキミ好みの可愛い姿になって登場! ってわけ』
こちらを向いてとてもいい笑顔で何かおかしな事を言った。
……ええとつまり、あの黒いウィンドウで何か色々話してきていたハッカーさんが、3Dキャラ化して俺のARグラス内に登場、と。そういうことですか……?
なるほど、わからん。
いや、言ってる意味は辛うじてわかるけど。
ハッカーさんが3Dキャラ化とかなにそれ擬人化とかそういうやつですか?
『にしても、ダーリンはこんな子が好みだったんだね』
色々とついていけてない俺をさらりと置き去りにして、"ミント"はそんな事を言った。
……そういえば。
この3Dキャラ、さっきメールで届いた学校からのアンケートで答えた「好みのタイプ」そのままだ。
長い髪をツーサイドアップ、ハスキーな声。俺より少し低めの身長に、服のでちょっとわかりにくいけど恐らくちょうどいいサイズの……お胸。
っていうことは、つまり……。
『あんなアンケート、学校が出すわけないでしょ』
"ミント"はそう言うと、ずいっと顔を俺に近づけ、
『あれはボクからのアンケートだよ』
小悪魔めいた笑顔を浮かべた。
な、なるほど……。
そういえば今朝「いいこと思いついた♥」って仰ってましたが、これだったわけですか。
要するに、あのアンケートはハッカーさんの捏造品で。
俺の答えた好みのタイプを元にして、3Dキャラを作って、俺のARメガネ内にド派手に登場、と。
アンケート項目がなんか変だとは思ってたけど、そういうことだったのね……。
ああああああ。
もう何なんだこれ全く意味がわからん。
とりあえずはっきりしてるのは、俺がまたしてもハッカーさんの罠にかかった、っていうことか。
『ダーリンはほんと脇が甘いなぁ。あれがボクからの愛のアンケートだったからよかったものの、もっと危ない目に遭う事だってあり得るんだからね。気をつけてよね』
腕組みをしてちょっと怒ったような表情をする"ミント"。
まったく仰る通りなので返す言葉もない。
……しかし、その脇の甘さを突いてきた相手に『脇が甘い』って諭されるって一体どう状況なんだろう。
『ま、そんな脇の甘いところも、ボクは大好きなんだけどね』
そう言ってニコっと笑う"ミント"。
ハッカーに好きって言われても、嬉しくはない。
嬉しくはないんだけど……その姿は……その姿だけは……悔しいけど、結構かわいい。
自分の好みの要素満載だから、っていうのはもちろんあるけど、それだけじゃない。
中学時代、ぼっちで時間だけはたくさんあったから、古今東西色々なアニメやゲームを嗜んできた。その中にはもちろん美少女ゲームとか、キャラ萌え系のものもたくさんあって、2次元3次元問わずキャラの造形には結構うるさいほうだという自覚がある。
そんな俺から見て、この"ミント"はえらくできがいい。
このキャラが何かのゲームに出てきたら、俺は間違いなく推しキャラにするし、恋愛ゲームだったら真っ先に攻略対象にするだろう。
そして何より、最新のARグラス上に等身大で登場する3Dキャラの破壊力たるや……。
これはもうリアルを捨ててもいい、と思えるくらいの圧倒的体験と感動がある。
さっき顔をずいっと寄せてきた時なんて、中学校の頃にちょっとした事故で女の子を押し倒した状態になり、間近で見つめ合ったあの時(当然その後悪い噂を流されてひどい目にあった)と張り合えるレベルのドキドキがあった。
……それほどまでに素晴らしい出来の3Dキャラだというのに。
こんなに素晴らしいAR体験だっていうのに!
なんでこのキャラは俺のARグラスに俺の意思と関係なく出てきて、なんでこのキャラの中身はハッカーなんだ!
このキャラが、勝手に登場してきたものじゃなくて、何かのゲームのキャラとかであってくれれば……。そうであってくれれば、このARグラスも、IT機器も少しは愛せるようになれたかもしれないのに。
中身がハッカーでさえなかったら……ハッカーでさえなければ……。
ちくしょおおおおおおお!
捏造アンケートに騙された悔しさと、せっかくのこんな可愛いキャラの中身がハッカーだという事実がないまぜになって、大声で絶叫したい衝動に駆られる。
いや、もちろんここは教室なので実際にそんな事はできないんだけど。
『というわけで、ダーリンはボクの事をもっと好きになるといいと思います!』
内心に葛藤渦巻く俺の事は差し置いて、"ミント"は元気にそんな事を言い放った。
……好きになれと言われましてもね……。
キャラは可愛いと思うよ。ほんと、悔しいくらい可愛いと思う。
……けど、君ハッカーじゃん。
俺の端末に侵入してきて、さんざん俺に恐怖を与え続けてる存在じゃん。
それに実際の中身はこんな可愛い女の子なわけないでしょう?
中身は汚いおっさんかもしれないし、少なくとも相当ヤバい奴でしょ?
その上こんな勝手に色々されてさ、好きになるも何も。
俺にとって君は、ずっと恐怖の対象でしかないって、分かっててやってるんだろうか……。
『うーん……反応イマイチだなぁ……』
頭を抱えて渋面になっている俺を"見た"のか、"ミント"はまったく不満げな様子だ。
『もしかしてダーリンはこういうののほうが好きなのかな?』
言いながらミントは上着を脱ぎ、胸元のボタンを外し始める。
え、そういうのもアリなの……!?
思わずゴクリ、と唾を飲み込む。
中身がハッカーだろうがおっさんだろうが、かわいい女の子キャラのムフフな姿とかは歓迎です。こちとら健全な男子高校生ですんで。
『ふーん、やっぱり好きなんだ』
ええそりゃもう大好きです大好物です。
『なーんてね。R18展開はダーリンにはまだ早い』
チッ……
でも、そう言う姿がまた可愛らしかったりしてなんともあざとい。
どうやらこの3次元化したJKスーパーハカーさんには、小悪魔的な挙動があれこれとたっぷりインストールされてるらしい。
……いかん、うっかりすると心のほうにまですっかり侵入されてしまいそう……。
ほ、ほんと、なんて危険な相手なんだ……!
『お、心拍数とか上がってる。ダーリンかわいい~♥』
あーそんな情報も筒抜けなんですね……。
ほんと、このハッカーさんは俺をどこまでハックしたら気が済むんだろう……。
はぁ。
かくして高校生活初日に俺のARグラスに侵入してきたハッカーさんは、その翌日、ARグラスの中で3Dキャラ化しましたとさ。
いや、ほんと意味がわからん……。
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