第24話 毒と薬

チセの次は今度は僕が呼び出された。恐る恐る部屋に入ると、トクシンさんが布団から体を起こしていた




「大丈夫なんですか」




「いえ、あくまで薬の力で、一時的に体を強化しているだけです」




「そうなんですか」




 僕は空いたままの扉を閉める。




「それで何の用ですか」




「そうですね、前にチセを引き取ってもらうことを、お願いしたではありませんか。でもその報酬を提示していなかったと思いまして」




 トクシンさんは布団の後ろの引き出しを漁り、二つの物を取り出した。それは注射器と空っぽのガラス瓶だった。




「これはですね、ただの注射器ではなくてですね。非常に便利なもので、この針と液体を入れる部分を交換できるわけでして、つまり安いコストで何度でも使えるものなんですよ。これは知り合いの工が、丹精込めて作ったものでしてね」




「それが報酬ですか?」




「まあ、これも差し上げますが。もっと素晴らしいものをお付けしますよ」




 トクシンが素晴らしいものというのだから、もしかしてすごい薬なのか、もしくはその調合方が書かれた書物なのか、報酬目当てでここに来たわけではないが、報酬と言われるとつい落ち着いていられなくなる。




「素晴らしいもの・・・」




「それは私の血液です」




「えっ・・・・」




 トクシンさんの血液、それに一体どんな価値があるのか。全く見当がつかない。もしかすると医学的価値があるのかもしれないが、ド素人の僕にはさっぱり分からない。




「私は血液には多くの毒が混入しています。それらが混ざり合い、新たな毒が生まれました。ですからそれを使って新たな武器を作るもよしです。まああなたなら、そんなことしないでしょうけど」




 もちろんである。そんな恩人の血液で細菌兵器を作るなんて、そんなこの世界のだれよりも下種なことをできるわけがない。もしそれをやってしまえば、僕は仲間たちからの信頼を失うだろう。




「ですが、もう一つ。使い道があります。私の体は大量に混入される毒に対してこれまで抵抗し続けてきました。その過程で、新たな免疫細胞が生まれました。なのでもしそれを解析し、薬にすることが出来れば、きっと多くの人を救う夢のような薬になるはずです。本当は私が成し遂げたかったのですが、ごらんのとおりできそうもありません。ですから私の夢をあなたに託します」




 確かに彼の言っていることが正しいのなら、本当にこの世界の常識を変える代物になりえないし、もし今後誰かと交渉することになった際には、大きな切り札として機能するはずだ。なので是が非でも完成させるべき薬ではあるし、叶って欲しい夢でもある。でもそれを託されるべきは僕ではない。




「分かりました。報酬も受け取りますし、チセのことは僕たちが命に代えても守り育てていきます。ですので、あなたの夢は、彼女に託してください。そればかりは、医術の心得がない僕では、背負いきれません」




「そうですね、では私の優秀な弟子に託すとしましょう。これで思い残すことは何もない。さあ、その注射器で私の血を採ってください」




 その後僕はやり方が分からないなりに何とか、彼の体から小瓶一個分ほどの血液を抜き取った。しかしこのままではいけないので、僕らがここを去ることになるまで、トクシンさんの部屋でこっそり保管しておくことになった。




「あの子はとても優秀な医者です。きっとあなたたちの助けになるでしょう」




「僕達だけではありませんよ、きっとこの世界全員にとって、必要とされる存在になりますよ。」




「それはそれは、今から楽しみですね」




 この状態になってから初めてトクシンさんの笑顔を見たような気がした。でもそれは自虐のようなものではなく、娘の成長を心から楽しんでいる。父親の笑顔だった。


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