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「亜沙美ちゃん」


 前歯が二本抜けたしわの多い顔で、背中の曲がった祖母が野良着のまま、駅前のベンチに座っていた私に声を掛けてきた。その後ろにはワゴンタイプの白い軽自動車が停まっていて、運転席にはむすっとした祖父が帽子にサングラス姿でハンドルを握ったままこちらを見ていた。

 相変わらず歓迎されているのか、されていないのか、よく分からない。


「ども」


 それだけ言って私は両手でバッグを持ちながら「大きくなったねえ」とまるで十年も会っていないような大袈裟な様子で「美人さんになった」とか「背が伸びた」とか「美沙子によく似てきた」とか、そういう思い出話のようなものが始まるのを笑顔っぽい何かを貼り付けて聞いている。

 私は適当なところでうなずき、後部座席に乗り込むと、小さな溜息をついた。がくん、と大きく車体が揺れ、一度エンストしてから、車は走り出す。

 せっかちな祖父はあまり車の運転が得意ではない。


 ここ長生村ちょうせいむらは漢字を「ながいき」と読ませて、長生きを売り物にして観光や産業をがんばっているらしいが、確かに祖父母は八十近いというのに元気だ。祖父母と一緒にいるとむしろ私の方が老成しているような気になってしまう。きっと元気という言葉は私の対義語だろう。


 窓の外に視線を向けると都会のビル群とは異なり、田園風景というのだろう、区画整理された畑や田んぼが広がっている。そこにはみんな一列に綺麗に生えそろった何かしらが植わっていて、教室で机を並べて授業を受けている生徒を思わせた。同じ制服で同じように勉強をして、また別の、けれど同じような大学や会社に入って、社会に溶け込んでいく。それが「みんな」だ。しかし私はそこから弾き出され、一人だけ別の列へと移し替えられてしまった。もし作物なら、半端者は間引かれ、捨てられるか、作っている農家の家の夕食に出されるかだ。


「亜沙美ちゃん、着いたよ」


 ぼんやりとしていた。

 駅から三十分ほどで祖父母の実家に到着し、私はバッグを重そうに持って車を下りる。車庫はなく、家の前の広場に車が停まっている。一階建ての古い木造家屋だ。隣には農機具なんかが入った小屋が建てられていたが、トタン屋根が新しくなっていた。


「あの、これ」


 玄関を上がったところで、バッグの中から母親に言付かったお土産を取り出して見せる。近所のスーパーの買い物袋に詰め込まれたそれらは、落花生のお菓子と祖父が好きなビールの缶が二つ、それに母が作ったピーナツジャムだった。実家から贈られたナッツを使ったもので、ほとんど甘くない。本当は二人とも糖尿病だから甘いお菓子もビールもよくないのだけれど、うちの母親は「気にしすぎ」と笑って私に持たせた。

 反面教師という言葉を、母は知っているだろうか。

 祖父母も母に似て(いやこの場合は母が祖父母に似ているのだが)、細かいことを気にしない。よく言えばマイペースで、祖父は「畑」とだけ言い残して、玄関を上がらず、そのまま出かけてしまった。


「気にしなくていいからね」


 不機嫌な訳ではない、という。でも私には不機嫌にしか見えない。祖父は何が不満なんだろう。


「しばらくお世話になります」


 一泊の予定で、私はダンボールが片付けられた書斎に、バッグを置いた。

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