第82話:無理難題
蒸留酒は父上と母上に好評でした。
父上は氷を入れてゆっくり飲むのを好まれました。
母上は、そのまま煽るように飲まれますが、平然とされています。
家宰のフラヴィオは、酒精の強い酒の方が、輸送費が少なく済むと喜んでいます。
家臣筆頭として、俺がいなくなる未来の事まで考えれば、ゲートやテレポート無しの交易を前提にしなければいけません。
だったら最初から俺が輸送しなければいいのです。
家臣領民を餓死や凍死させないための輸送以外でゲートなどは使わない。
競争力のある商品は馬車や牛車で輸送しましょう。
冬の間、炎竜の相手だけをしていたわけではありません。
炎竜が泥酔している間に、多くの蒸留場を造りました。
有り余る魔力を無駄にしないように、西竜山脈に果樹園と酒蔵を造りました。
そこに連邦貧民を労働者として移住させました。
強欲な侯王の圧政に苦しむ民は掃いて捨てるほどいました。
いえ、侯王が強欲でなくても、大凶作が二年も続いたら、一族が生き延びるために民を虐げるしかない状況なのです。
炎竜が巨大な鯨を狩って来てくれましたので、干物や塩蔵で良ければ有り余るほどの肉があります。
俺が魔法で促成栽培しましたので、果物もとんでもない量が余っています。
凶作で人口が激減しているのが今の連邦です。
俺が支援しなければ、今年も人口が半減してしまうでしょう。
領主達は、この冬の間に多くの民が死ぬと思っていたはずですから、十万人以上移住させても問題ないです。
そう考えて、炎竜に造らせた果樹園に、栗や胡桃、カシューナッツやアーモンドといった、比較的長期保存ができる樹木を魔術合成して増やしました。
果樹園を管理する住民の数を百人から五百人前後に増やして、餓死するはずだった十万人を受け入れられるようにしました。
炎竜が文句を言うかもしれないと身構えていましたが、自分用の酒蔵で働く人間が五倍になっても全く気にしませんでした。
酒さえ飲めれば人間の事など歯牙にもかけないようです。
まだ春とまでは言えませんが、連邦は兎も角、ゲヌキウス王国の南部は徐々に冬の寒さが緩んできた頃、炎竜に記憶力がある事が分かりました。
「おい、そろそろ自然発酵させている酒ができるのではないか?
約束通りに飲ませろ。
美味しければ余の専用酒にするから、人間には飲ませんぞ!」
酒精に脳をやられて、俺との会話など全部忘れているかと思いましたが、ちゃんと覚えていました。
「そろそろできていると思いますが、確認しなければ断言できません。
発酵していなければ、もうしばらくお待ちいただく事になります」
「そんな事は言われなくても分かっている、さっさと行くぞ!」
炎竜は俺を置いて行く勢いで酒蔵に向かおうとしました。
「待ってください、私が一緒に行かないと酒造りの人間が怖がります。
怖がるくらいなら良いですが、ショック死したら一大事です」
「ガタガタとうるさい奴だ、さっさとしろ!」
炎竜に急かされながら酒蔵を巡る事になりました。
「ほう、なかなか美味いではないか!
お前が魔法で造った酒には僅かに劣るが、どの果物から造られた酒も、これまで飲んだ酒の中では二番目に美味い!
このような酒を人間に飲ますのは勿体なさ過ぎる!」
「ではこの酒も炎竜様専用にいたしましょう。
ですがそれでは人間が飢え死にしてしまいます。
人間は肉だけでは生きていけません。
野菜や穀物も必要になります。
俺は百年以内に必ず死にますから、魔法で酒を造れる者がいなくなります。
フルーツワインを炎竜様専用にするのでしたら、畑も造ってください」
「本当にガタガタと五月蠅い奴だな!
穀物と野菜の畑を造ればいいのだろう?!
西竜山脈に造ってやるから待っていろ!」
「西竜山脈には俺が人間用の果樹園と酒蔵を造りました。
俺が造ったのですから、あそこは人間専用です」
「なんだと、誰が造ろうが果物から造った酒は余の物だ。
お前が造った果樹園であろうと関係ない!」
「それは余りにも身勝手で理不尽でしょう。
炎竜様ともあろう者が、何も与えず奪うだけとは、竜の名誉と誇りが泣きますよ」
「くっ、人間の分際で調子に乗りおって!
だったら山のような金瓶財宝をくれてやる、それで文句ないだろう」
「いえ、金銀財宝など食べられません。
食べられなければ死ぬだけです。
俺が欲しいのは農地です。
この炎竜砂漠を農地にしてください。
果樹園の収穫量に匹敵する農地をいただけなければ、酒が造れません」
「くっ、お前が死んだら魔法で酒が造れなくなるのだな」
「はい、そうなれば、どんなに早くても酒ができるまでに三カ月掛かります。
今の果樹園と酒蔵の数では、炎竜様が魔法で果樹を促成栽培させても、毎日同じ量の酒は飲めなくなります」
「あ、そうだ、ふん、余を誰だと思っているのだ、天下無双の炎竜様だぞ。
人間ごときが使う魔法くらい再現してみせる」
強がっているのか?
それとも、単に泥酔していたのではなく、酒を魔法発酵させられるくらい完璧に味を覚えていたのか?
「おお、それができるのでしたら、何の心配もありません。
二番目に美味しい酒など、我々人間にくれてやればいいではありませんか」
だが、酒で頭がやられているのは間違いない。
魔法で俺の酒を再現できるのなら、人間が自然発酵を利用して造る酒など不要だ。
「……その通りだが、風味の違う酒を飲みたくなる事もある」
「そうかもしれませんね。
ですが、まだ試した事がないのでしょう?
俺が死んだ後でやろうとしてできなかったら大変ですよ。
一度試してみてはいかがですか?
炎竜様の手で俺と同じ酒を造れたら、これまで通りでいい。
万が一できなければ、三カ月かけて発酵させても、炎竜様が毎日酒を飲める体制を、俺が死ぬまでに整えなければいけません」
「何時も何時も忌々しい事を言いおって!
万が一にも、余が人間ごときの魔法を使えないと思う事が不遜だ!
いいだろう、余の偉大さを卑小な人間に見せてやる!」
何だかんだと言いながら俺の言う通り試すのは、万が一にも酒が飲めなくなる事を恐れているのだろう。
本当にできるようなら、平身低頭謝って持ち上げないといけない。
最悪の場合は、保険で造っておいた蒸留酒を飲ませるしかないな。
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