第79話:働くべきか戻るべきか?
「グッオオオオオ、グッオオオオオ、グッオオオオオ、グッオオオオオ」
俺の目の前に、酔い潰れて眠る炎竜が寝そべっています。
乾燥した砂岩地帯、炎竜砂漠にだらしなく横たわっています。
これなら抵抗されることなく殺せるのではないでしょうか?
炎竜を殺せれば、人間が炎竜に滅ぼされる事はなくなります。
ですが、もう二度と炎竜を利用できなくなります。
どちらが俺にとって有利なのか、正直迷います。
余りにも強力な力を持つ者は、神に祭り上げられるか、悪魔と貶められて滅ぼされるかの二択になります。
強大な異種族がいれば、神として祭り上げてくれる者が多くいるでしょう。
もし強大な異種族がいれば、権力を握りたい者や小心な者達に貶められ、人間の敵として滅ぼされると思います。
炎竜様、酒で簡単に操れる貴男には生き続けていただきますよ。
貴男がいる限り、私が人類の敵と言われる事はないでしょう。
飛竜や地竜が起きて人類を滅ぼそうとした時には、貴男に戦ってもらいます。
炎竜のお陰で、普通の人間なら果てが見通せないくらい遠くまで、延々と果樹園が続いています。
十石甕を九個備えた酒蔵毎に地域が分かられていますが、その酒蔵十九カ所分で炎竜が酔いつぶれてしまいました。
炎竜が造ってくれた果樹園と酒蔵は百四十七ケ所もあるのです。
明日以降は、特に何をする事もなく、いえ、俺が発酵させなければいけませんが、酒が飲めます。
炎竜は、元からあった村の果樹園分も含めれば、二十一カ所の酒蔵で酔い潰れてくれますが、どうするべきでしょうか?
炎竜が寝てしまっているうちに、全部の果汁を発酵させておきましょうか?
俺の魔力なら、全部発酵させてから再度果樹を実らせる事ができます。
問題は、全部実らせるだけの肥料の確保です。
ゲートやワープを使って地竜森林や海で肥料を作り集めるのは可能です。
本当にそこまでやる必要があるのでしょうか?
炎竜に作らせた果樹の数は、人間の食料分余裕を持たせています。
一年間果実だけを食べて生きて行けるようにしています。
果実は生のままでは一年間保存できませんが、酒にすれば保存できます。
炎竜用は十石甕ですが、人間用に、もっと小さくて力持ちなら持ち運びができる四斗甕があるのです。
それで人間用の酒を造れば、一年間生きていけるのです。
それに、多少無理をすれば果樹園の上下に畑を作れるでしょう。
炎竜用の酒さえ造っていれば、他の事をしても文句は言わないでしょう。
魔獣や亜竜が炎竜を恐れて近づかないのなら、安心して農作業ができます。
前世では成人男性に必要なカロリーは一日2000カロリーでした。
俺が造っている酒はデザートワインですから、100ミリで120カロリーくらいあるはずです。
この世界の人間は日本に比べて遥かに重労働ですから、一日3000カロリーは必要になると考えて、一人一年110万カロリー確保できるようにしました。
つまり一人に1100リットルの酒を用意する予定です。
大雑把に計った数量ですと、四斗甕十六個分になります。
酒蔵一つに百人の労働者がいますから、1600個の四斗甕が必要になります。
それだけの酒甕造ること自体は簡単ですが、問題は炎竜の説得です。
炎竜は器が小さいので、他人が美味しい酒を飲む事を許さないかもしれません。
説得できるまでは、余分な果実はパントリーで保管しておきましょう。
「フェルディナンド大公王殿下、美味しい食事をお腹一杯食べさせてくださり、感謝の言葉もありません。
一度の食事だけでなく、働く前と後の二回も食事をさせていただきました。
この御恩は生涯忘れません」
俺や両親の領民が礼を言います。
最低限の食事は確保できるようにしていましたから、二回腹一杯食べられたら、冬用に確保していた二食分を予備に回せます。
「まだ働く気が有るのなら、このままここに残って構わないですよ。
強大な炎竜が酒を飲む姿を見なければいけないのは恐ろしいでしょうが、炎竜が酒さえ与えていれば人間を襲いません。
働きたいですか、戻りたいですか、どっちでも構いませんよ?」
「「「「「働かせてください」」」」」
領民の大半が残って働く事を選びました。
どうしても炎竜が怖いと言う者だけ、連邦領に戻してあげました。
ごく少数だったので、補充の人間を連れてくる必要はありませんでした。
「フェルディナンド大公王殿下、どうかこのままここに置いてください。
さきほどのような美味しい食事でなくて大丈夫でございます。
量も最低限で大丈夫でございます。
飢えに苦しむ事も、愛する者が餓死する姿を見る事も、寒さに凍える事も、領主達に怯える事もない暮らしを恵んでください、どうかお慈悲を!」
酷薄、悪逆非道な領主の治める村から連れてきた領民が、地に這いつくばって懇願する姿はとても哀れです。
「分かりました、ここに住ませあげます。
ですが、本当にそれでいいのですか?
もう二度と家には戻れないのですよ。
持ってきたい家具や財産はありませんか?」
「持ってこなければいけないような家具や財産など何もありません。
木で作られた物は全て薪にしました。
僅かな食糧も、領主や兵士に奪われました。
もう死ぬのを待つだけだったのです。
何か残して来た者も、戻って捕らえられる事を考えれば、帰る気にはなりません」
「そうですか、そこまで言うのなら、このままここにいていいですよ。
住む所は酒蔵の横にある部屋を使いなさい。
百人用に百個の部屋があります。
石造りのベッドは硬くて冷たいですが、毛皮を出してあげます」
「「「「「おおおおお!」」」」」
ウエアハウスに保管してあった、使い道はないが捨てるのがもったいなかった、人気のない毛皮をだしてあげると、また土下座のような姿で感謝してくれました。
「薪を渡しておきますから、料理や暖に使ってください」
俺がそう言って山のような薪を出してあげると、また土下座のような姿で感謝してくれましたが、これ以上は俺の心が持ちません。
急いで次の果樹園に行きましたが、同じことを繰り返しただけです。
普通に感謝してくれるだけで良いです。
これ以上は精神的に辛過ぎます。
俺と両親の領民が管理するようになった果樹園。
酷薄、悪逆非道な領主の治める村から連れてきた領民が管理する果樹園。
総計百四十七ケ所の果樹園に1万4700人が住む事になります。
このままお腹一杯に食べられる生活が続いたら、一斉に子供が生まれるかもしれませんね。
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