第60話:緑化12
「ディド、公王戴冠おめでとう」
「ありがとうございます、ファニ姉上」
本領地に新たに造ったジュリエット伯爵領の農地整備をしていると、ファニ姉上から声をかけられました。
俺はうれしいですが、以前と変わらない姫君らしくない話し方です。
母上に厳しく躾けられていたのですが、今母上はファニ姉上の側に居られません。
俺の都合で悪いのですが、母上には連邦に居を移して頂く予定です。
侯王位を手に入れていただくべく、表向きは連邦に移動されている途中なのです。
もう両親や家宰だけでなく、家族や信頼できる家臣も俺がワープやゲートを使える事を知っているのですが、まだ敵には隠しておきたいのです。
余りに強力な力は、敵ばかりではなく味方にまで恐怖を与えてしまいます。
本当に親しい家族や家臣以外が全て敵に回り、一斉に襲い掛かって来るような、悪夢のような状況は避けたいのです。
「ねぇ、ディド、私も侯王にしてくれるの?」
「父上と母上が賛成してくださったら、機会があれば侯王にして差し上げますが、全ては父上と母上しだいです」
「ちぇっ、父上は兎も角、母上は賛成してくださらないわね」
それは、言葉遣いや所作がとても王侯貴族とは言えないレベルなのが原因です。
ファニ姉上も分かっておられますよね?
俺に何を言わせようとしているのですか?
「どうしてですか?」
「私の婚約者が決まらないからよ。
結婚されたジュリ姉様とヴィイ姉様は、母上の後で侯王位をもらうのでしょう?」
やれ、やれ、俺が言わなければいけないのでしょうね。
父上と母上に無理をお願いして、ファニ姉上の躾を中途半端にさせてしまいましたから、その責任は取らなければいけませんね。
「原因が分かっているのに目を背けるのは、ファニ姉上らしくありませんよ」
「なによ、私らしくないって!?」
「ファニ姉上も、言葉遣いや所作が悪いのが原因なのは分かっておられますよね?」
「……ふん」
「どうしても苦手で、できないのなら仕方ありませんが、それを棚に上げて他に原因をこじつけるのは良くありません。
俺はフェニ姉上の自由闊達な言動が大好きですが、その生活を続けられるのなら、侯王を望まれてはいけません。
何をしても許される、本領地で過ごされるべきです」
「本領地に残ると伯爵にしかなれないのよね?」
「さぁ、それは父上と母上のお考え次第ではありませんか」
「ディドが後押ししてくれたら許してくださるのではなくて?」
「俺は、父上と母上に逆らいませんよ!」
「ちぇっ、ディドは味方してくれると思っていたのになぁ」
「嘘でふくれても無駄ですよ。
ずっと苦労して来られた父上と母上に、余計な心労をかける気はありません。
ファニ姉上が何をされるのも自由ですが、俺を巻き込まないでください」
「仕方ないわね、侯王になるまで我慢するしかないか?」
「ファニ姉上が本気になったら、言葉遣いや所作くらい王女らしく振舞えるのは分かっていますよ。
今はまだ公王姉くらいで許されるのですから、真剣にやってください。
母上は頑張って公王母に相応しい言葉遣いと所作を覚えられたのですから」
母上は元々戦場往来の傭兵でした。
それが父上が男爵に成られたので、必死で男爵夫人に相応しい言葉遣いと所作を覚えられ、父上に恥をかかせないようにされたのです。
それだけでなく、パトリ姉上からファニ姉上の四人娘に、男爵令嬢に相応し言葉遣いと所作を躾けられたのです。
自分が何とか覚えるのと娘にきちんと教えるのでは、身に付けなければいけない知識と動きが段違いです。
しかも男爵夫人や令嬢の言葉遣いや所作に留まることなく、侯爵から伯王、侯王から公王の母に相応しいマナーを身に付けなければいけなくなったのです。
そんな母上のようになってくださいとまでは言いませんが、母上の恥になるような事はさせられません。
どうしても我慢できないのなら、本領内で過ごしてもらわなければいけません。
「う~ん、やってやれなくはないけれど、性に合わないのよね。
どうしようかなぁ~
侯王には成ってみたいけれど、言葉遣いや所作を直すのは嫌だし……」
「それはファニ姉上が自分で決めてください。
少なくとも俺は父上と母上の許可がない限りファニ姉上を侯王にはしませんよ」
「分かったわよ。
それはそうと、品種改良は終わったの?」
「品種改良が終わる事は永遠にありません。
常にもっといい野菜や果樹が創れないか実験を繰り返すのです」
「そう、それで、今植えているのはどんな野菜なの?」
「はぁ、ファニ姉上に地道な努力の大切さを言っても無駄なのですか?」
「私、地道な努力も苦手なのよね」
「そんな事を公言されたら、父上と母上から大目玉を喰らいますよ」
「父上と母上の前では言わないわよ。
それよりもその野菜の事を教えてよ」
「はぁ、仕方ありませんね。
この野菜は寒い連邦の冬を越えられるようにしたエンドウ豆です」
「ディドが魔法で品種改良しなければいけないくらい、連邦の冬は寒いの?」
「はい、昨年の終わりから今年の始めにかけて毎日経験しましたが、とても寒くて、作物を育てるのが大変な気候です」
「そう、この品種改良が成功していたら、連邦の北方でも一年に二度作物が収穫できるようになるのね?」
「いえ、連邦北方でも最果ての地は、雪が無くなる期間が短すぎます。
とてつもなく早く育つ春麦かジャガイモを品種改良できなかったら、一年に二度は難しいです」
「私も何か手伝おうか?」
「そうですね、ファニ姉上にお願いできるのは、料理して試食していただく事くらいですが、大丈夫ですか?」
「えええええ、試食は良いけど料理は無理!」
「でしたら、もういいかげんジュリ姉上の所に戻られた方が良いですね。
ジュリ姉上は、母上からファニ姉上の躾を任せられたのでしょう?
本気で怒られたジュリ姉上は、母上に匹敵するくらい怖いですよ」
「ちょっと、やめてよ、私だってジュリ姉上が怖いのは知っているわよ。
分かったわ、分かりました、ちゃんと戻ってマナーを教えてもらいます」
何だかんだと言いながらファニ姉上は戻って行かれました。
才能的には四人の姉上達の中で一番だと言われています。
問題はガサツな性格なのですが、父上と母上の娘ですから仕方がありません。
父上と母上が陰で言っておられたので間違いありません。
さて、もうファニ姉上の事は忘れて品種改良と魔力促成栽培です。
このエンドウ豆には、農地を豊かにする能力を付与したいのです。
エンドウ豆自体が栄養豊かな作物ですから、土地から栄養を吸収するのに土地の栄養分を増やすのは難しいですが、何か方法を考えるしかありません。
最低でも地中の窒素を固定する能力、できれば地中の病害虫を駆除する能力も一緒にできれば、成長時間が短縮できなくても役に立ちます。
今年開墾したり手に入れたりした連邦に農地は、春先の低温時期でも発芽しやすいライ麦の種を蒔きました。
そのライ麦も成長速度が速くなるように魔法で品種改良したモノなので、秋も早い内に収穫できるでしょう。
その後で、雪が降るまでに一カ月くらい時間があるのなら、促成品種への改良が済んでいる小蕪を植える事ができるかもしれません。
その後で同じく促成品種へ改良が間に合ったエンドウ豆を植えるか、既に改良が成功している甜菜、砂糖大根を植えたいです。
砂糖を安定収穫できるように、最優先で品種改良してきたのが甜菜と蕪と大根ですか、砂糖大根と呼ばれた甜菜の存在を知らなければ挑戦もしなかったでしょう。
まだ蓄える糖分が少なくて効率は悪いですが、確実に砂糖を確保できます。
搾りかすは家畜の餌にできるので、人々の生活レベルを上げる事ができます。
砂糖は我が家の専売商品にする予定なので、砂糖大根は全て我が家で買い上げる事になります。
買取価格も我が家が決めるので、収穫量に関係なく人々が十分生きていけるだけの報酬を与える事ができます。
今の目論見では、連邦の南部なら二毛作が成功するはずです。
いえ、上手くいけば、三毛作も不可能ではないはずです。
1年目早春:ライ麦(根などを掘り起こして乾燥させてから焼いて畑にすき込む)
晩夏:小蕪(収穫後は腐葉土や雑草を焼いた肥料を撒く)
晩秋:甜菜(砂糖を絞ったかすは家畜の飼料にする)
: (家畜の飼料に余裕があれば焼いて肥料として撒く)
2年目早春:ライ麦(種蒔き前に森の腐葉土や雑草を焼いて肥料として撒く)
: (根などを掘り起こして乾燥させてから焼いて畑にすき込む)
晩夏:クローバー(刈り取って乾燥させ焼いてから畑にすき込む)
晩秋:甜菜(砂糖を絞ったかすは家畜の飼料にする)
3年目早春:ライ麦(種蒔き前に人糞や家畜の糞を発酵させて肥料にした物を撒く)
: (根などを掘り起こして乾燥させてから焼いて畑にすき込む)
晩夏:小蕪(種蒔き前に人糞や家畜の糞を発酵させて肥料にした物を撒く)
晩秋:甜菜(種蒔き前に人糞や家畜の糞を発酵させて肥料にした物を撒く)
: (砂糖を絞ったかすは家畜の飼料にする)
: (家畜の飼料に余裕があれば焼いて肥料として撒く)
全て理想通りに行くとは思っていませんが、魔法による品種改良が成功していたら、三年六作は可能だと思うのです。
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