第47話:緑化9と菓子

 父上が主催された晩餐会は大成功でした。

 新たに雇った侍従達が、そつのない対応をしてくれました。

 一般的な侯王に比べれば、かなり上質の接待ができたようです。


 亜竜肉のフルコースは、招待した二十七侯王家に絶賛されました。

 招待されていない侯王家に自慢するとはしゃいでいたくらいです。


 此方としては最低級の小竜肉なのですが、それでも家畜どころか高級魔獣肉よりも遥かに美味しかったと、大評判になっているそうです。


 晩餐会の締めとなるデザートも及第点がもらえました。

 いえ、俺の想像をはるかに超えた成功を収めてくれました。


 セモリナ粉とメイプルシロップと菜種油を主原料に使ったハルヴァは、この近隣では作られた事のないデザートして大評判になっているそうです。


 遠方から取り寄せた苗から強制促成栽培したメイプルの木。

 メイプルが作り出すシロップはこの辺りでは食べられた事がないのです。

 その風味や甘さが今まで食べた事のない、独特の美味しさになったのでしょう。


 更に同じように強制促成栽培した菜種。

 その種を絞って作って菜種油を大量に使ったのも独特だったようです。


 この辺りで作られる一般的なお菓子は、手に入りやすい山羊や羊のバターを使う事が多く、独特の風味があるのです。

 

 今回俺が記憶をたどって手元にある材料で作ったハルヴァは、山羊バターの風味が苦手な人達に絶賛されたのです。


 我が家にとっての一大事、初晩餐会が大成功に終わったので、俺はまた農業に力を注ぐ事ができるようになりました


 鉱山村や地竜森林近くにいる、亜竜軍団の所には毎日行かなければいけません。

 魅了の重ね掛けと餌の運搬は休めません。


 ですが、それ以外の時間が農業、新品種開発時間になります。

 有り余った魔力を全て農業に使えるのです。


 鉱山と鉱山村の開発整備は終わっています。

 旧村や砦の整備も終わっています。

 

 両侯王領の耕作地はまだまだですが、本領に必要な労働力を確保して、残った難民達を戻したので、徐々に増えてくれるでしょう。


「フェルディナンド殿下、何をされているのですか?」


 最近めっきり行儀がよくなったステファーニア姉上が話しかけてきます。

 ですが、それは言葉だけ、表向きだけです。

 内面、本性はこれまで通り自由奔放です。


 護衛騎士と侍女が同席しているので、口だけ姫らしくしているのです。

 内心でも、どうやって俺に望みをかなえさせるかを考えておられます。


「ひまわりの品種改良ですよ」


「ひまわりですか?

 種がとても美味しかったですが、もっと美味しくなるのですか?」


 よだれを垂らさんばかり表情で聞いてきます。

 母上に見られたら雷が落ちますよ。


「いえ、その点には手を加えません。

 トマトと同じように、葉に塩分を蓄えるようにしただけです」


「塩辛い葉っぱになるのですか?」


「はい、これを与えれば、家畜に塩を与えなくてもいいようになります。

 若葉の内なら人間も美味しく食べられます。

 種から芽が出たばかりなら、それなりに美味しい野菜になります」


「えぇええええ、あっ!

 ごほん、ごほん、ごほん!」


 思わず地がでた姉上が、白々しく咳をして誤魔化しています。

 ですが、護衛騎士の表情から、母上に報告が行くのは確かです。


「水を飲まれますか?」


「だいじょうぶよ。

 美味しいひまわりの種を野菜に変えてしまうと聞いて驚いただけよ。

 フェルディナンド殿下、そんなもったいない事はしない方が良いと思いますわ」


「はい、俺ももったいないと思います。

 これから幾らでも大きくなる若芽を食べなくても、大きくなった葉も茎も、丁寧に灰汁抜きしたら、少し硬くてえぐみもありますが、おひたしにして食べられます」


「殿下、硬くてえぐみの有るおひたしは食べたくないのですが……」


「大丈夫ですよ、あくまでも非常食としてです。

 今は食べる必要がないくらい豊かですから。

 普段は葉も茎も家畜の餌にします。

 本当に困った時のために、最低限食べられるようにしておくだけです」


「そうですか、安心しました。

 あのぉ、ひまわりの品種改良をしているという事は、今日のおやつはひまわりを使っているのでしょうか?」


「それは考えていませんでしたが、姉上が食べたいのでしたら作りましょうか?」


「ほんとう?!

 あっ、ごほん、ごほん、ごほん!

 作ってくださるのならうれしいですわ、殿下」


 護衛騎士の目が更に厳しくなっています。

 可哀想ですが、今日はお説教のフルコースでしょう。

 少しは良い思いをさせてあげないと可哀想ですね。


「分かりました、少し考えてみます」


 俺は家族全員の喜んでもらえるお菓子を考えました。

 父上の俺が食べられるお菓子となると、数が限られてしまいます。


 ヴェーン侯王家の料理人を召し抱えた事で、我が家の食生活が劇的に変わっているので、俺が無理に下手なお菓子を考える必要が無くなっているのですが……


 料理人は出芽酵母、イースト菌を持っていました。

 我が家のパンやお菓子に発酵という手法が取り入れられたのです。


 発酵を取り入れて簡単に作れる菓子で、俺が直ぐに思い出せるのは、ホットケーキしかありません。


 ただ、生のひまわりの種をホットケーキ生地に入れても、ちゃんと火が通るか分かりません。

 美味しくローストしたひまわりの種を入れなければいけません。


 ホットケーキ造りを料理人まかせにしてもいけません。

 姉上達だけでなく、母上も俺をとても愛してくれています。

 

 焼くのが上手だとか下手だとかではないのです。

 俺が自分でホットケーキを作ったら、とても喜んでくれるのです。


俺が用意した材料は、


小麦粉     :1600g

イースト菌   :適量(料理人に教わる)

メイプルシロップ:600ml

塩       :1ml

Mサイズ卵   :10個

山羊乳     :600ml

炒りひまわりの種:800g


01:深皿に小麦粉・塩・山羊乳・メイプルシロップを入れてよく混ぜます。

02:粉っぽさが無くなるまで丁寧によく混ぜます。

03:あたたかいところで約1時間、2倍になるまで発酵させます。

  :発酵時間は料理人に教わりました。

04:焼き器を火にかけて熱し、料理人に教わった温度にまで上げます。

05:焼き器にうすく山羊バターをしきます。

06:丸く高く焼き上げるための型の内側に山羊バターを塗り、焼き器に乗せます。

07:焼き器の半分の高さまでホットケーキの生地を入れます。

08:焼き器にフタをして弱火で3分ほど焼きます。

09:型の上まで膨らんだら引っくり返します。

10:さらに弱火で3分ほど焼いたら出来上がり。

11:生焼けが心配な場合は、竹串をさしてみて何もついてこなければ大丈夫です。


「おいしい、もの凄く美味しいわ!」

「パンケーキだけでも美味しかったけれど、ひまわりの種を入れると格別ね!」

「うれしいわ、ディドが私のためにお菓子を焼いてくれるなんて!」

「うむ、甘さ控えめで美味いな。

 俺のためにメイプルシロップを減らしてくれたのか?」


「母上や姉上達に褒めて頂けると、作った甲斐があります。

 父上の申される通り、父上の分はメイプルシロップを控えています。

 山羊バターを多めに塗られるともっと美味しくなりますよ」


「おお、そうか、やってみよう」


「ねえ、ディドちゃん、この白いのは、山羊クリームではないのよね?」


「はい、これはメレンゲという、卵白と砂糖で作った甘いモノです。

 今日砂糖の精製に成功しましたので、試作してみました。

 父上には甘過ぎると思うのですが、次の晩餐会で出すかどうか判断していただけませんか?」


「あまい、とても甘いわ!」

「キャアアアアア、甘くて美味しい!」

「ファニ、はしたない!

 でも、本当に甘くて美味しいわね!」

「う~む、俺には甘過ぎるのだが、この反応を見ると、女性達には喜ばれるのか?」


「保存と美味しさを向上させるために、これを焼いたのが焼メレンゲです。

 単体のお菓子として出すのなら、こちらの方が喜ばれるかもしれません。

 ただ、砂糖の精製が未熟なので、純白に焼き上げるのは無理でした」


「とける、口の中で溶けていくわ!」

「おいしい、本当においしくて止まらないわ!」

「こんな美味しいお菓子を食べたのは生まれた初めてだわ!」

「この食感、口溶けは癖になるな!

 こいつは、これぞという時の切り札に取っておきたい気もするのだが、他にも王侯貴族を驚かせるような菓子はあるか?」

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