第44話:緑化6

「果実が実るまで一気に育て。

 地中の栄養素を取り込み、降り注ぐ陽光を最大限利用しろ。

 俺が与える魔力を使い、限界まで成長しろ。

 フォースィング・カルチヴェイション・オブ・ユズ」


 みかんに続いて柚も促成栽培に成功しました。

 たわわに実った実は、俺が喉から手が出るほど欲しかった酸味を与えてくれた。

 あと醤油があれば、ポン酢醤油が完成するのですが……


 貴重品ではありますが、この世界にもビネガーがあります。

 酢の物は作ろうと思えば作れました。


 ですが、確実に成功する酒造りを失敗させてビネガーを作るのは、ほとんどの愉しみを我慢されている父上達に申し訳なかったのです。


「果実が実るまで一気に育て。

 地中の栄養素を取り込み、降り注ぐ陽光を最大限利用しろ。

 俺が与える魔力を使い、限界まで成長しろ。

 フォース・フォースィング・カルチヴェイション・オブ・プラム」


 次に強制的に促成栽培したのは梅です。

 個人的に大好きなのは梅干や梅漬けでした。

 白粥を梅干で食べるのが何よりも好きだったのです。


 ただ、梅干を良い色にしようと思ったら、赤紫蘇が必要になります。

 紫蘇は薬味にも使えますし、作れるのなら作りたいです。


 問題は本領地の朝晩の冷え込みですが、二つの男爵領やヒューズ侯爵領なら、種や苗が手に入ったら簡単に育てられるかもしれません。


 話を梅に戻しますが、梅の実には他にも多くの使い方があります。

 父上達が喜ぶのは、梅酒ですが、これが結構難しいのです。

 

 醸造酒に梅の実を漬けて果実酒にするのなら簡単です。

 ですが、糖分の多い梅の実だけを使って酒にするのはとても難しいのです。

 いえ、素人がやるのはまず不可能でしょう。


 父上達が望まれる甘くない果実酒も、できなくはないですが、造ってもほとんど意味がありません。


 果物や薬草を漬けて薬効を酒に取り込ませるためには、アルコールだけでは不可能なのです。

 砂糖、糖分がないと酒に薬効が沁み出さないのです。


 甘くない薬効酒は諦めてもらいましょう。

 楽しむ酒と健康のために飲む酒は割り切ってもらいます。

 それに、全ては砂糖を作りだしてからの話です。


 まあ、砂糖にまで精製できなくても、デーツシロップやメイプルシロップが手に入るようになれば、シロップ漬けは作れます。


 デーツ自体もとても甘くて美味しいですから、皆よろこんでくれるでしょうが、シロップがあれば多種多様な菓子に応用ができるようになります。


 梅の実だけで考えれば、梅の実のシロップ漬けは、姉上達が喜ばれるでしょう。

 梅酒を漬けた時の副産物である、梅酒の梅の実は、酒も甘味も好きな母上達のような人に喜ばれるでしょう。


 その後も枇杷、柿、栗、桃、李、葡萄、オリーブ、ナツメヤシ、バオバブを強制促成栽培しました。


 ちょっと怖いのですが、成功率が100%でした。

 果物に関しては、接ぎ木が大成功でした。


「ディド殿下、早くお菓子を作ってよ、約束したでしょう」


 陽が暮れる頃、果樹の促成栽培やゲートでの移動、亜竜軍団の魅了重ね掛けなど、散々魔力を使った後で館に戻ると、ファニ姉上に言われてしまいました。


「ファニ、何度言わせれば気が済むの!

 殿下をつければ何を言っても良いわけじゃないのよ!」


 館に戻って早々、本気で怒る母上に会いたくないです。

 不貞腐れるファニ姉上への対応も困ります。

 何より、二人を仲裁しようとするアン姉上が可哀想です。


「母上、ファニ姉上はまだ年若いですから、これからではないですか?

 あまり急いで躾けなくても、時間をかければいいのではありませんか?」


「ディドは優しすぎますよ。

 いえ、ここで甘やかすのは逆に冷たいですよ。

 身分に相応しい言葉遣いがでできなくて、恥をかくのは他の誰でもありません。

 ファニが取り返しのつかない恥をかくのです。

 ディドも叱ってやらなくてはいけません!」


「分かりました、明日からちゃんと叱ります。

 母上の躾を守れないようなら、木の実もシロップも果物もあげません。

 他の姉上達とだけ食べるようにします。

 だから今日だけは大目に見てあげてください」


「やめて、ゆるして、ちゃんとやるから、ちゃんと敬語を使うから!

 果物、木の実、シロップを取り上げないで!」


「ディド、いい方法を思いついてくれました。

 よく覚えておきなさい、ファニ。

 果物も木の実もシロップも、全部ディドが創ってくれたものです。

 それなのに、ディドに失礼な口を利く事は絶対に許されません。

 ディドに失礼な口を利いたり、態度を示したりしたら、二度と果物も木の実もシロップも食べさせませんからね!」


「しません、もうしません、絶対にしません。

 フェルディナンド殿下にはちゃんと敬語を使います。

 態度も王家の方々に対するようにします。

 だから甘味を取り上げないで!」


「そんなに慌てないでください、ファニ姉上。

 母上が居られる時、ちゃんとしなければいけない時に、態度と言葉遣いが直せると証明できましたら、姉弟だけの時間までうるさくは言いません。

 母上の前でだけでも、完璧な侯王姫らしく振舞ってください」


「分かりましたわ、フェルディナンド殿下。

 ちゃんとやれる事を証明してみせますわ」


「はぁあ、ディドは優しすぎます」


「まあ、まあ、母上の心痛は理解しますが、ファニ姉上を追い込み過ぎると、甘味食べたさに領地を飛び出しかねません。

 そんな事にならないように、適度に息抜きさせてあげなければいけません」


「……そうですね、私とインマの子供ですから、本当に欲しいモノの為なら何をしでかすか分かりませんね。

 分かりました、私の前だけでいい事にします」


 母上とファニ姉上の間で話し合いがついたので、俺は約束通り甘味、お菓子を作ってあげる事にしました。


 とは言っても、菓子職人や菓子作りが趣味の女性のように、多くの菓子を上手に作り分ける事などできません。


 俺にできるのは、ベースがお好み焼きやクレープ生地で、そこに果物や生クリームを加えて菓子擬きを作るだけです。


 今回も強制促成栽培した果物の中で一番日持ちのしない桃を、お好み焼きのように溶いた生地に加えて焼き上げるだけなのです。


 ただ、加える桃の量はとても多くて、小麦粉と五対五になっているし、溶くのに使ったのも水ではなくメイプルシロップです。


 菓子作りに使うので、桃は魔法でドライピーチにしています。

 材料の配分を試すために、少しずつ量を変えて試食します。


 薪オーブンに入る量が限られているのも理由の一つです。

 今回は薪オーブンを利用していますが、これは特別な場合だけです。


 普段は天日、太陽光を利用したソーラークッカーを使っています。

 ソーラークッカーを上手く使える、我が家の調理人にも同席してもらっています。


 彼らには美味しい菓子作りの材料配合を研究してもらわなければいけません。

 それほど甘味が好きではない俺は、真剣に研究しないからです。

 ないより、甘味を控えめにし過ぎて母上達を失望させる恐れがあります。


 基本は

 干桃   :100g

 小麦粉  :100g

 シロップ : 50cc

 山羊チーズ:適量

 塩    :少々


 なのですが、甘味を抑えた物も試作しています。

 シロップの代わりに山羊乳で小麦粉を練ったものです。

 父上達にはその方が好まれると思ったのです。


 薪オーブンですが、奥に置かれたモノ、中心に置かれた物、開け口の手前に置かれた物など、場所によって焼き上がりが違ってしまいます。


 甘味なので、普通のパンを焼くよりも遥かに焦げやすいのです。

 そのままでも十分美味しく貴重な果物やシロップを焦げ付かせるなんて、絶対に許されませんし、金銭的にも大損です。


 ですが、試作、挑戦、練習しなければ上手になれませんし、美味しい菓子も料理もできあがりません。


 俺が責任者になってやらせる事で、料理人が責任を感じることなく何度も貴重な材料を使って練習できるのです。


「おいしい!

 こんな甘くて美味し物、生まれて初めて食べたわ!

 ディドは本当に天才ね!」


「本当ですわ、こんな甘くて美味しいお菓子を生まれて初めて食べました!

 ディドのお陰で毎日同じような、甘くて美味しい菓子が食べられるのね!」


 アン姉上も手放しで喜んでくれています。


「……」


 ファニ姉上だけが無言で食べています……

 一心不乱に、貪るように食べています。


 何か話して俺に失礼にあたったら、二度と食べさせてもらえないと分かっているので、もう何も話さない心算のようです。


 それでは練習にならないのですが……困ったものです。

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