第39話:緑化4
激しい雪が全てを埋め尽くし、寒さで多くの命が奪われるのが、カルプルニウス連邦北部の冬なのだそうです。
そんなカルプルニウス連邦で冬支度に必要な家畜が不足してしまいました。
連邦民の半数が餓死すると予測されるような緊急事態です。
今回問題になっている一方の当事者は、連邦が喉から手が出るほど欲しい、家畜と食糧を運んできた俺です。
もう一方の当事者は、悪辣非道で情け容赦のない商売を続けて、悪評比類なきイングルウッド侯王です。
まして俺は無敵の中型亜竜軍団を引き連れています。
難攻不落と歌われた商業都市の防壁を失った、イングルウッド侯王と比べる事などできない存在なのです。
「フェルディナンド侯王殿下、ヘレンズ侯国とイングルウッド侯国の継承を認めますので、どうか食糧を売ってください」
「子の身で父の伯王を超えるのは不忠です。
せめて同格でいたいです。
父上のイングルウッド侯王位継承と、俺のヘレンズ侯王継承を認めてくださるのでしたら、今の相場で食糧をお売りしましょう。
悪辣非道な商人のように、限界まで値段を吊り上げた上に、お金以外の利権まで寄こせとはいません。
俺が望むのは、占領している侯国を事実認定して頂く事だけです」
「分かりました、全権大使として、インマヌエル侯王殿下とフェルディナンド侯王殿下の侯国継承を認めさせていただきます。
今直ぐ正式な国書にサインさせていただきますので、持参したお金で買えるだけの家畜か食糧をお売りください!」
こんなやり取りを一日に何十回とする事になりました。
イングルウッドの商人が領地に食糧を売りにやって来なくなり、支援に来たはずの俺がイングルウッドに留まって動かないので、各侯国が正使を送ってきたのです。
ただ、三百侯国全てが正使を送ってきたわけではありません。
東のオピミウス大公国か、西のクラウディウス王国から近く、食糧を購入する余裕がある侯国は、多少に無理をしてでも両国から購入しました。
オピミウス大公国とクラウディウス王国も不作で、食糧には困っていたのですが、連邦を含めた三カ国は同じ旧教徒の国なのです。
連邦三百侯国のたった二侯国とはいえ、新教徒の中でも勇名をはせている父上とその息子が侯王となるのは、どうしても見過ごせなかったのでしょう。
苦しい食糧事情の中から苦心惨憺して援助分を捻出し、連邦会議の投票で俺と父上に侯王承認を否決させようしました。
そんな無駄な事のために、自国の貧民を餓死させたオピミウス大公国とクラウディウス王国の為政者は、愚かとしか言いようがありません。
連邦会議で承認されようがされまいが、俺が二つの侯国を占拠している事実は変わらないのです。
連邦三百侯国が一致団結し、足並みをそろえて攻め込んできたとしても、中型亜竜の軍団には勝てません。
それに、三百侯王全員が愚者ならそのような事もありえるでしょうが、そんな馬鹿では侯国を維持できませんから、俺に喧嘩を売る侯王はいません。
支援してもらった手前、形だけ出兵する侯国はあるかもしれませんが、食糧事情が悪いので、追加の食糧支援がなければ出陣は無理と言う侯王がほとんどでしょう。
「侯王殿下、奴隷にして欲しいと言う者が関所にやってきております。
以前からのご指示通り、関所周辺で働かせていいのでしょうか?」
「雪が激しくなるまでは、周囲の開拓開墾に従事させなさい。
雪が積もって開拓開墾作業もさせられない状態になったら、ゲートを使って本領地に連れて行きます」
「はっ!」
持ち込んだ家畜は全て売れました。
毎日狩り増している鹹水漬けの肉も飛ぶように売れました。
特に安価な小型雑食獣の肉は運び込む先から売れました。
当初運び込む予定だった食糧の四倍は運び込みました。
利益も、侯国領の占領を除いても、当初予定の七倍くらいになっています。
それでも、連邦の全貧民を救う事はできません。
権力者や富裕層が食糧を放出すれば救えるのですが、俺も含めて、損をしてでも食糧を放出する事はできないのです。
ですが、マクネイア家のために働く、忠誠を誓うと言うのなら話は別です。
国民として最低限の待遇は保証します。
その分働いてもらいますが、飢え死にさせる事だけはありません!
彼らには、食糧生産拠点となる村を街道周辺に築いてもらいます。
森や林を切り開き、藪を掘り起こして農地にしてもらうのです。
長く戦乱の続いたこの世界では、農地にできる荒地が数多く放置されています。
戦国期から江戸後期までに間に、日本の耕作石高は三倍になっているのです。
化学肥料や大規模工業灌漑ができなくても、それだけのことができるのです。
鉱山と鍛冶に頼っていたヘレンズ侯国領内に、鉱夫と鍛冶を養えるだけの農地を確保できれば、ヘレンズ侯国の地位からは飛躍的に強くなります。
悪逆非道な商売を行っていたイングルウッド侯国ですが、自慢の堅城に加えて食糧の自給ができるようになれば、兵糧攻めにも耐えられます。
隣国のヘレンズ侯国との連携が取れれば、攻城軍の背後を奇襲夜襲して、戦況を一変させる事も不可能ではありません。
理想は、父上や俺の力がなくても侯国を自衛できる戦力を整える事です。
父上と俺が死んだ途端に滅ぼされるようでは、国を奪った意味がありません。
そのためにも、ヘレンズ侯国とイングルウッド侯国でも農業改革を始めなければいけません。
当面は東竜山脈の村で成功した六圃輪栽式農法を導入します。
土壌が良ければ四圃輪栽式農法に変更します。
肥料が手に入るのなら、麦翁と呼び称えられた権田愛三の農法を取り入れます。
豊かな水と肥料が手に入れられるのなら、水田も試したいですが、気候と周囲の地形を見る限り、不可能でしょう。
日本のような、狭い土地でも労力さえ投入すれば作物が実る地質ではなさそうなので、広い土地を上手く回転させ休ませながら、労力に見合う作物を手に入れます。
そういう農業を目指すしかありません。
問題はこの土地に合った穀物と果樹を見つけられるかです。
これまで作付けされてきた穀物や果樹を中心にはしますが、果敢に新しい穀物や果樹に挑戦するのです。
ライ麦、蕎麦、燕麦、黍、春粟、稗を栽培してみます。
ジャガイモや蕪、里芋や海老芋も栽培してみるのです。
畑ごとに組み合わせを変えて、どの組み合わせで栽培すると一番収穫量が多くなるのか試します。
長い時間をかけて探す事になるでしょう。
もしかしたら、俺が死んだ後も探し続ける事になるかもしれません。
ですが、炎竜砂漠や東竜山脈で農業をするよりははるかに簡単です。
少なくとも普通に使える水があるのです。
水を使ったら塩害が起こるような、外れの土地ではないのです。
どれに、畑作についてはある程度最初から目安がついています。
問題は果樹の栽培です。
これは東竜山脈での植林とは全く違ってきます。
東竜山脈よりは遥かに条件が良いカルプルニウス連邦では、欲張った果樹を栽培できるのです。
甲府八珍果と呼ばれた葡萄、梨、桃、柿、栗、林檎、柘榴、胡桃は試したいです。
銀杏を加える場合もありますが、これは余り使い道がない気がします。
特に優先して試したいのが葡萄です。
栽培条件は厳しいですが、成功すれば付加価値の高いワイン造りができます。
良質なワインを大量生産できれば、外交の強力な手札になります。
この世界では比較的栽培しやすいと言われている林檎にも期待しています。
干林檎やジャムにすれば長期保存も可能です。
林檎が原料のシードルは、エールに次いで庶民が手に入れやすい酒です。
俺にとって一番身近な果物は葡萄と柿、それに柘榴でした。
葡萄は地元の主産業でしたし、先祖は葡萄農家でした。
柿と柘榴はどの家の庭にも植えられていたのです。
特に柿は干柿にされ、冬の大切な甘味でした。
膾の甘味は、砂糖ではなく干柿で確保されていました。
桃栗三年柿八年と、果樹栽培には長い年月が必要です。
でも、だからこそ、今直ぐ始めなければいけないのです。
挿し木でできるだけ苗木を増やします。
接ぎ木をして病気や気候に強い苗木を作り出します。
ヘレンズ侯国とイングルウッド侯国を、果樹で栄える国にして見せます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます