第37話:屈辱と雪辱

「よくぞ参られました、心から歓迎させていただきますぞ」


 口では大歓迎するような事を言っていますが、実際には違います。

 街の警備は歴戦の傭兵団に任せているから、イングルウッド侯王である自分でも勝手はできないと言って、亜竜軍団の入都市を拒んだのです。


 まあ、実際問題、これまで一度も亜竜軍団を都市の中に入れた事はありません。

 餌を確保するために地竜森林に戻るので、ゲートで行き来している所を見られないように、常に野営していたからです。


 だが今回は事情があって、亜竜軍団を都市に入れるように要求しました。

 要求したうえで断られたと言う前提条件を作ったのです。


 イングルウッド侯王とヴェーン侯王家が、更に友好関係を破綻させるような言動をしてくれたら、俺としては助かるのですが、どうでしょうか?


「ありがとうございます、イングルウッド侯王殿下。

 そう言っていただけると助かります。

 いや、ほんとうに、侯王といっても色々な方がおられますね」


「確かに侯王にも色々おりますが、公子はそれほど多くの侯王を知っておられるわけではないでしょう?」


「確かにイングルウッド侯王殿下を含めても四人の方だけですが、それでも十分バラエティーに富んだ方々でした」


「ほう、それほど色々な方がおられましたかな?

 先に訪れられた三人の侯王に大した違いはないと思っているのだが?」


「大いに違いましたよ。

 グレンデヴォン侯王は国境にある侯国の主だけあって、商売に貪欲なだけでなく、国防についても油断なく考えておられました」


「ふむ、そうかもしれませんな」


 グレンデヴォン侯王の事を、自分よりも無能だと蔑んでいるな。


「マーガデール侯王は街道にある侯国の主だけあって、商売には貪欲ですが、国防にはあまり注意を払っておられず、食材を買えるだけ買われました。

 今の暴騰相場を利用して儲けられるだけ儲ける心算のようです」


「ほう、同じ国境近くの侯王でも、直接領地を接するかどうかで、そんなにも違うとは初めて知りましたよ」


 俺が無防備に売買情報を流した事を馬鹿にしているな。

 同時に、マーガデール侯王が安価な食糧を大量に手に入れたと知って、暴騰している食糧相場を一時的に暴落させるかどうか迷っているようだ。


 そんな事を考えているのを俺に見抜かれないように、愚か者を演じようとしているが、本性である傲慢な部分は隠せていないぞ。


「一番傲慢で喧嘩っ早くて愚かだったのはへレンズ侯王でしたね」


「ほう、へレンズ侯王はそんなに愚かでしたか?」


 大して気にしていない風を装っているが、自分が支配下に置いているへレンズ侯王がどのような愚行を冒したのか、知りたくて仕方がないようだ。


「ええ、とんでもなく愚かでしたので、鉄槌を下してやりました」


「ほう、どのような鉄槌を下されたのですか?」


「直ぐに噂が広がる事ですし、これからは完全に同格の侯王同士になるのですから、隠し立てせずに言っておきましょう」


「同格ですか?

 侯爵領を攻め取られたと言っても、独立権や準国家待遇にはなりませんよ?」


 まだ幼い俺を、身体強化魔術は使えても、ガキでしかないと思っている。

 言葉遣いは丁寧でも、腹の中で馬鹿にしているのが透けて見える。


 そんな風に思い上がっているから、事前に何の対策もしていなかったのだろう。

 父上が訪問された時のように警戒しておくべきだったな。


「ええ、それくらいの事は俺でも知っています。

 イングルウッド侯王殿下と完全な同格になろうと思えば、カルプルニウス連邦の侯王領を攻め取らなければいけないのでしょう?」


「その通りですが……まさか?!」


「そのまさかですよ。

 へレンズ侯王が喧嘩を売って来たので買ってあげたのです。

 見事勝って領地を奪いましたから、これからは俺がへレンズ侯王です。」


「待たれよ!

 幾ら何でも、ゲヌキウス王国に仕える者がカルプルニウス連邦の侯王に成るなど許されませんぞ!」


「異なことを申される。

 今の世界は力こそが全て。

 だからこそ、イングルウッド侯王殿下は裏でへレンズ侯王を従属させていた。

 なのにその事を公表するのも許さなかった。

 本当なら侯国同士が争う事も、侯王領を支配下に置く事も許されない。

 イングルウッド侯王殿下が陰でやられていた事を、俺は正々堂々と表でやっただけ、非難される謂れはありませんね」


 いかん、いかん、大嫌いなタイプを相手にしているせいで、心の中だけでなく、実際の言葉遣いまで乱暴になっています。


「なんだと?!

 私に喧嘩を売っているのか?!」


「カルプルニウス連邦中の侯王に喧嘩を売ったのは貴男でしょう。

 連邦内でどれほど影響力があるかは知りませんが、他国の正式な使者を、それも飢饉寸前の連邦に食糧を運んできた救世主を、支配下の侯王に襲わせたのですよ」


「知らん、そんな事は知らん、へレンズの馬鹿が勝手にやった事だ!

 それよりもさっきの話だ! 

 ゲヌキウス王国人に、それもマクネイア家に侯国領を渡すなど、絶対に許せん!」


「だったら俺に決闘を申し込まれますか?

 イングルウッド侯王殿下が正式な決闘を申し込まれるのでしたら、よろこんで受けさせていただきますよ」


「うっ!」


 決闘も申し込めない憶病者が!


「それとも、先代のへレンズ侯王にしたように、卑怯な方法で商隊を攻撃されますか?」


「何を言っている!

 私はそのような事は知らんと言っているだろう!」


「醜い言い逃れですが、これ以上は追及しないでおいてあげます。

 ただし、先ほどからの無礼な態度は絶対に許せません。

 大量に運んできた家畜と保存食糧ですが、このまま持ち帰らせていただきます」


「なんだと?!

 連邦を支援すると約束したではないか!

 今更食糧を渡せないと言って済むと思っているのか!」


「商売のヴェーン家が、何を言っているのですか?

 我が家の支援は仁道、好意でやろうとしただけで、契約などないのですよ。

 ヴェーン家も同じように口約束と契約書を使い分けてきたでしょう?

 何度も人々を騙して命すら奪ってきたくせに、今更何を言っているのですか?」


「……本気で言っているのですな?

 私をヴェーン侯王家の当主、イングルウッド侯王だと分かって喧嘩を売っているのだな?」


「同じことを私も言いましょう。

 貴男は私を身体強化魔法が使える、マクネイア伯王家の嫡男だと知って脅しているのですね?

 この街の目の前にまで、中型亜竜の軍団が来ている事を知っていて、その主人である俺を脅かしているのですね?」


「殿下、イングルウッド侯王殿下!」

「どうか落ち着いてください、殿下!」

「殿下の言動一つでイングルウッドが滅ぶのですぞ!」

「代々の当主に何と言い訳されるお心算か!」


 俺の歓迎式典に参加していた、イングルウッドに本店を持つ商会長達が、必死になって侯王を宥めているのがおかしい。


 ほんの少し前までは、イングルウッド侯王と同じように、俺の事を力があるだけのガキだと思って馬鹿にしていた。

 それが今では、血相を変えてイングルウッド侯王を止めている。


「決闘を申し込む勇気も無い憶病者のくせに、一国の大使で準国家の次期当主を馬鹿にするとは、イングルウッドは最低の侯国だ。

 このような国が加盟している連邦など、国民の半数が餓死すればいい。

 そうすれば簡単併合できる。

 連邦が滅ぶのはイングルウッド侯王の責任だ」


 俺はそう言い捨てて城から出ようとしたのだが。


「どうかお待ちください、フェルディナンド公子、いえ、侯子殿下」

「侯王には心から詫びさせますので、どうか御寛恕願います」

「侯王もあれで馬鹿ではないのです、少々気が短いだけなのです」

「さよう、少し頭を覚ませば自分の失態を反省して詫びます。

 ですから、どうか御寛恕願います」


「私に何を言われても、もう遅い。

 同格のへレンズ侯王として、恥をかかされたら、恥を雪がない訳にはいかない。

 今この場で宣戦布告します。

 次に会う時は敵同士ですから、手加減なしに、亜竜の餌にしてあげます」

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