第2話:プロローグ2・大岩蜥蜴

「若、とかげだ、大岩蜥蜴が出やがった!」


 どこかの国が放った襲撃者を撃退した後、竜爪街道北砦は家宰兼騎士団長のフラヴィオに任せて、俺は母上と姉上達のいる八の村に向かいました。


 北砦から、中砦、南砦、四の砦、五の砦、六の砦までは毎回一泊する事になりますから、合計五日かかります。


 平地とは言え、南砦から六の砦までは灼熱の炎竜砂漠を行くのです。

 馬や驢馬に乗っても、一日30kmが精一杯の移動になります。


 六の砦から一の村までは東竜山脈南麓を登る事になります。

 低地は灼熱に苦しめられ、高地は酸素不足と道の悪さに苦しめられます。

 水が沸く高さまで、半日かけて三〇〇〇メートルを登る事になるのです。


 一の村から二の村までは、延々と続く山脈を横移動します。

 とは言っても、地面の状態によっては昇り降りする事もあります。


 乾き切った炎竜砂漠と急峻な東竜山脈南麓で、人が生きて行けるだけの水量がある井戸の場所など、なかなかないのです。


 移動距離が半日、10kmくらいの間隔で村を作った父上は偉大です。

 世界最高の身体強化魔術が使えるからといっても、不老不死ではありません。

 水がなければ死んでしまうのは、魔法を使えない人間と同じです。


 一の村から二の村の間を移動している時に、大岩蜥蜴に遭遇しました。

 成獣の平均全長四メートル、平均体重百キロもある、前世のコモドオオドラゴンを一回り大きくした肉食獣が襲ってきたのです。


「慌てる事はありません。

 合成弓で正確に狙えば殺せます。

 ここで生肉を手に入れられるのは幸運ですよ。

 しっかりと狙って殺しさない」


「「「「「はっ!」」」」」


 護衛の騎士と騎兵が喜んでいます。

 森から遠く離れれば離れるほど、新鮮な肉が手に入り難くなるからです。


 俺が六圃輪栽式農法を導入したことで、これまで家畜も飼えないくらいの収穫量しかなかった領地が、劇的に変化しました。


 乾燥した酸性大地な上に、恐ろしいくらいの水不足だったのです。

 この世界は、欧州の中世初期程度の農業技術でしかないのに、その平均的収穫量の三分の一しか収穫できない、とんでもなく悲惨な農地だったのです。


 そこに俺が、イギリスで農業革命と呼ばれた農法を導入したうえに、日本麦作の父と言われる麦翁の技術を取り入れたのです。

 昨年時点だけで、父上が主導しておられた頃の八倍の収穫量になりました。


 水の方は、収穫量の増加に気を良くされた父上が、身体強化魔法を惜しげもなく使って、新しい井戸を掘りまくってくれました。


 硬く乾いた岩石の多い大地に深井戸を掘るなんて、普通はできません。

 父上だからこそできる事です。

 まあ、俺も、汲み上げポンプの設計図を描いて手助けしましたけどね。


 炎竜が全ての水気を蒸発させてしまうという伝説がある炎竜砂漠。

 炎竜砂漠と地続きになっている東竜山脈南麓です。

 女子供が釣瓶で水を汲みあげられるような浅い井戸ではないのです。


 それなりの量のクローバーや蕪、藁などが確保できたことで、乾燥に強いけれど悪食なので飼育を諦めていた、山羊が飼えるようになりました。


 乳や毛はもちろん、肉としても利用できます。

 ですが、貴重な家畜をそう簡単の殺して食べる事などできません。

 生かしていれば、駄載獣として荷物を運ばせる事もできるのです。


 それに、肉なら森で狩る事ができます。

 保存と輸送の事を考えて、焼干ししなければいけませんが、空腹を満たして栄養を確保できるのなら、味は二の次なのがこの世界の常識です。


 その焼干しした肉だって、昔は父上が居られないと確保できなかったそうです。

 傭兵団が壊滅状態になったにもかかわらず、五十年戦争と戦後の動乱で寡婦となった者や、孤児となった者を保護したのです。


 父上がこのような不毛の地で我慢されたのも、寡婦や孤児を確実に護るためです。

 身体強化魔法で無敵になれる父上でも、魔力が尽きれば人間に戻ります。


 父上は歴戦の傭兵ですから、自分一人なら生き残れますが、千を越える寡婦や孤児を守り切る事などできませんでした。


 ですが、今は違います。


 苦渋を飲んで男爵となり、護りに適した炎竜砂漠を領地としましたが、十五年の間に孤児達が頼もしい戦士に育だったのです。


 自分で言うのもなんですが、前世の知識と記憶の有る俺も生まれました。

 父上が領地を離れて、乾燥した酸性地でも育つ穀物や野菜を探す旅に出ても、残った家族を皆殺しにされる心配がありません。


「さあ、血抜きして二の村に運びますよ」


「「「「「はい!」」」」」


 俺が物思いに耽っている間に、護衛騎士達が大岩蜥蜴を狩ってくれていました。

 これで干肉を戻したスープと全粒パンの食事に、新鮮な蜥蜴肉を焼いた副菜が増える事になります。


 燃料となる木材を確保するのがとても難しかったのも、植物の極端に少ないこの地の特徴です。


 炎竜砂漠から3000メートルも登っているので、根を向かく伸ばせる低木がチラホラとありますが、燃料用に伐採してしまうと直ぐになくなってしまいます。

 だから遠く離れた地竜森林から切り出して運んでいたのです。


 それほど貴重な燃料ですから、贅沢な使い方はできません。

 パンを焼くなんてもってのほかでした。

 何処の村でも、共同で大麦を煮て主食としていました。


 そこに俺が、反射熱を利用して料理をする事を教えたのです。

 太陽光調理器、ソーラークッカーです。


 何度か失敗しましたが、直ぐにコツが分かって、パンまで上手く焼けるようになりました。


 領民全員が燃料を使わずにすむくらいのソーラークッカーを造ろうと思ったら、結構な量の鉄や銀が必要になりますが、父上が貸し与えてくれました。


 父上は寡婦や孤児のために、持ち出しになる炎竜砂漠を領地にする謀略を受け入れられましたが、稼いできた金銀財宝は確保されていたのです。


 五十年戦争の勝敗を決するほどの魔法が使える父上は、歴史ある王家を凌ぐほどの金銀財宝を持っておられました。


 父上に悪意を持つ王侯貴族は、多くの寡婦や孤児を抱えた状態で炎竜砂漠に押し込めば、莫大な金銀財宝を放出して生活に必要な物を買うと思ったのでしょう。


 父上であろうと、東竜森林や魔森林で食糧や燃料を確保できないと思っていたのでしょう。


 父上を甘く見るな!


 父上は、十五年の間、金銀財宝を持ち出すことなく民を養い続けたのです。

 僅かに残った戦友を竜に喰い殺されるような不幸な事もあったそうです。

 それでも民を養い続けた父上は俺の誇りです。


「わかさま~!

 よくぞ、よくぞご無事で戻ってくださいました」

 

 二の村を預かる代官が、満面の笑みを浮かべて迎えに出て来てくれました。

 父上が守り育てた孤児の一人です。

 だから他領の村長とは違ってとても若いです。


「出迎え御苦労。

 途中で蜥蜴を狩った。

 悪いが備蓄用の燃料を使って焼肉にしてくれ」


「おお、これは立派な大岩蜥蜴ですな。

 分かりました、直ぐに燃料と塩を用意させます」


 問題は塩の確保だ。

 俺が言葉を話せるようになるまでは、父上が狩られた地竜森林の貴重な魔獣素材を代価に貴重で高価な塩を買っていた。


 俺が話せるようになってからは、森の木々を燃やした灰から塩を作れるようになったが、流石に千人を越える領民全員分を確保するのは難しい。

 相変わらず売り手有利の塩売買を続けるしかない状態だ。


 父上が長期間領地を離れられるようになったので、海の有る国まで行って大量の塩を買って戻る方法もあるが、途中で莫大な関税を払わなければいけないし……

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