第37話 お土産の焼き菓子です
博美とエミリーはレベッカの両親が営む料理店からの帰り道で、街の外に向かって歩いている。
すでに街は暗くなり、お酒を出している店からは、開いた窓や扉からは賑やかな声が漏れ聞こえていた。
「遅くなっちゃったね。馬車の従者さんに悪いことしちゃったな」
博美が言うと、エミリーが首を振る。
「博美様が気にすることではございません。それが従者の仕事ですから」
「でも、よかった。従者さんの差し入れと、魔獣さんのお土産も買えたから」
両手に持つ、大きな紙袋を博美はエミリーへ見せた。
「そこまで従者に気を使われなくてもよろしいのですよ。それにそのような大荷物、私が持ちますのに」
「こういうお土産って、自分で持つのが楽しいの」
「そういうものなのですか……。しかし、この時間では飲み屋ぐらいしか開いていませんから、買い物が出来て良かったですね」
「うん。レベッカちゃんところで、焼き菓子を買えてよかった」
博美とエミリーはレベッカの両親が経営する料理店に行き、アットホームな雰囲気のなか、食事をいただいた。帰りに博美が支払いを済ませようとしたが、レベッカの両親が料金をガンと受け取らなかった。そこで、博美は陳列されていたクッキーなどの焼き菓子を買い、その支払いだけは強引に済ませたのだった。
レベッカの両親はその焼き菓子の代金もいらないと言ったが、博美は、買い物の仕方を覚えるためにお金を使いたいと言うと、やっと受け取ってもらった次第だった。
「しかし、それは多すぎではありませんか」
博美の両手にある紙袋を見ながらエミリーが言った。
「手作りクッキーって聞けば沢山買いたくなるものでしょ」
「そういうものですか?」
「レベッカちゃんとお母さんが作ったって聞いたらどれもこれも欲しくなっちゃうよ。手作りでしか味わえない良さがあるし、特別感もあるでしょ」
「そうですね。どれもおいしそうな焼き菓子でしたね」
「そうそう。アイシングクッキーやアーモンドが上に乗った丸いクッキーも可愛いし、それにハート型に凹んだ中に赤いジャムが入ったクッキーなんて初めて見た。どれもこれも可愛くて、エミリーも欲しくなったでしょ、わたしと同じ女子なんだから」
「女子……、ですか」
その言葉にひっかかったようにエミリーが繰り返した。
「あれ? 二十七才のわたしが女子ってことに何か問題でも?」
おちゃらけたように笑みを浮かべた博美がエミリーの顔を覗く。
「い、いえ。博美様の事ではなく……、私の問題ですから」
「なーんだ。でも、エミリーもわたしと同じぐらいの年齢でしょ。堂々と女子で言っていいんだよ」
「そうですかね……」
浮かない顔のエミリーに博美が言う。
「おかしなエミリーだね。お菓子を買った後だけに」
「まったく意味がわかりません。博美様」
「えへへ」
「それはそうと博美様、それらはお土産として買われたのですよね」
「もちろん! 魔獣さんに従者の人、自分用のお土産と……。あ、心配しなくてもエミリーの分もあるからね」
「でしたら、私は黒っぽい焼き菓子を貰えますか」
「ちょっとまって、あのカヌレっぽいものでしょ。最後の一つしか残ってなくて……。そうだ、わたしとエミリーで半分ごっごにしてもいいよね。あ、魔獣さんがいるから、三等分……、には難しい?」
「小さくなったカヌレを想像して声まで小さくなられていますよ、博美様」
「ふふふ、そうだね。でも、魔獣さん、お菓子喜んでくれるといいな」
綺麗な夜空を見上げ、歩きながら博美がつぶやいた。
毒入り事件の前、本来は魔獣と街で買い物に行く予定だった。そのとき宰相から一部のお金を博美は受け取っていた。
宰相から受け取った袋の中身は銀貨十枚。レベッカの両親の店でお菓子を買ったお釣りで、小さな布袋は随分重くなっていた。お釣りは、エミリーに預けている。
「この世界のお金は、持ち運ぶのにちょっと大変だね。ごめんね、重たいのにエミリーに持たせて」
「これぐらいどうってことないです」
レベッカの店でお菓子を購入する際、エミリーに聞き、博美はこの世界の貨幣価値のことを教えてもらった。
「博美様は、お優しいですね。料理の代金の支払いがなかったことを考慮して、それだけの量のお菓子を大量に購入されたのですから」
博美は、料理店に並べられていたほとんどの焼き菓子を購入した。支払いで銀貨二枚を渡すと、銅貨や青銅貨などのたくさんの硬貨をお釣りとしてもらったのだ。
「でもさ、買い物するたびに硬貨の受け渡しが大変じゃない?」
「街の人たちは、ツケで買い物しますから」
「ツケか、なるほど。そうだよね。買い物するのに、毎日これじゃ大変だもの」
ふと、博美は昼間見た商人の人たちを思い出した。
「それなら、あちこち移動する行商人の人たちとかはどうしているの? ツケは無理だよね」
「そうですね。金額が大きな商売では、商人ギルドが入る場合や証書を使うと言うのを聞いたことがあります。この街の規模でしたら、その都度、お金を支払っていると思いますが。国が違えば硬貨も変わりますし、旅の途中で声を掛けられれば商人たちは両替商のようなこともしますから、商人たちは、拡張済みのコインポーチを持っているでしょう」
「拡張済みのコインポーチ?」
「中に入れる硬貨が、無限に収納できるものです。持ち主以外は出し入れができませんから、防犯の面からも、ほとんどの商人は所持していると思いますね」
「なるほどね。持ち運びもよくて、安全だし、便利なものがあるんだね」
「ですが、とても高価です。このサイズで、最低でも金貨十枚ぐらいしますね」
エミリーがだいたいのサイズを手で測って見せてくれる。
通常の小銭入れぐらいの大きさで金貨十枚、日本の貨幣価値で百万円ぐらいだろうと、博美は判断した。
「そのサイズで、そんなにするんだ。無限に収納できると言っても、コインだけが入る小銭に入れで金貨十枚とは、結構なお値段だね」
「はい。ですから珍しいものが好きな貴族やお金持ちが収集する場合もありますが、本当に必要で持っているのは行商人ぐらいでしょうね」
そんな会話をしていると、街の外れの馬車のところまできた。
博美は遅くなったことを従者に謝り、焼き菓子の入った紙袋を手渡すと、大層喜んでくれた。
「このような私に、お心遣いいただきありがとうございます」
深々と頭を下げられてしまった。
逆にこちらが恐縮するぐらいだった。
馬車の中でエミリーが説明するには、王族や貴族は使用人に対してこのような気遣いがないのが当たり前で、博美の気持ちが嬉しかったのだろうという話だった。そんな話を聞いていたら、突然馬車は停まってしまった。
異変を感じたエミリーが立ちあがった。
「様子を見てきますので、博美様は車内にいてください」
「うん、わかった」
エミリーが馬車を降り、博美は窓の外をみる。
林の茂みに、ぼんやりと銀色に光る何かが見える。
「あれってなんだろう……?」
すると茂みの中から、銀色の狼が出てきた。
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