第35話 大事な友人です(前編)

~これまでのあらすじ~


 鎌本博美は、謹慎中の魔獣を元気づけるため、エミリーと一緒に街へ差し入れを買いに来た。だが突然、人々が街の外へ逃げ惑う姿を目の当たりにする。そんなとき母親とはぐれたレベッカと商人のショーンと出会った。皆で街の外へ避難しようとしていたとき、突如、魔物のフェンリルが博美の前へ現れた。エミリーの結界でフェンリルを閉じ込めることに成功したが、エミリーは博美に皆と一緒に逃げるように言った。ショーンに説得された博美はレベッカと一緒に街の入り口に向かった。そこで母親とレベッカが無事に会えたことを確認した博美はフェンリルがいるエミリーの元へ戻ったのだった。


***


 博美が街の中心部へ戻るとエミリーはおらず、赤いスーツ姿の男性と兵士たちが大きな黒い獣を囲んでいた。


 赤いスーツの男性は手から、いくつもの赤い鎖のようなものを放っている。男性の手から伸びた何本もの赤い鎖はフェンリルの首や足、胴体などを縛り上げていた。


「ぐぉおおおお」


 フェンリルは暴れるが、身動きが取れないようだ。


 取り囲んでいる兵士たちは剣を構え、いつでも攻撃できるように、赤いスーツの男性の指示を待っているように見える。

 赤いスーツの男性は鎖を左手に持ち帰ると、右手から赤黒い炎に包まれた剣を身体の中から出現させた。


 その瞬間、ドクンドクンと心臓の鼓動が速くなる。


 チカチカと激しく危険信号がその剣から発せられているのが博美の目に見えたからだ。


 近づいてはダメ、危ない――。


 思わず後ずさった。


 男性が手にする、炎に燃えた赤黒い剣からいくつもの人の手が見え、禍々しい感じを受けたからだ。


 妬み、憎しみ、憎悪、悪意――。


 それらの人々の感情を凝縮したようなものをビンビン感じ、頭痛がして吐き気を覚えるほどだった。


 ふいに、赤いスーツの男性がこちらを向いた。


「お嬢さん。ここにいたら危ないから、向うへ行っておいてくれるかな」


 男性の声は魅力的で、にじみ出るように妖艶な雰囲気を放っていた。


 透き通るような白い肌に魅力的な赤い瞳が博美を見つめる。

 誰もが惹きつけられるような美しい見た目だが、なぜか作り物の人形のように不気味だ。


 だが、今はそれどころではない。鎖に縛られているフェンリルが、いつ暴れ出すかもしれないからだ。


 しかし、フェンリルよりも、この得体のしれない男性の方が博美には怖く思えていた。


「すみません。エミリーがいたと思うのですが」


 男性から逃げたい気持ちに加え、とにかくこの場を去らないと邪魔になると分かりながら、エミリーのことが心配で慌てて、このような聞き方になってしまった。


「お嬢さんはあの子の知り合いなんだ。でも、お嬢さんはハロルド王子の屋敷の黒服メイドでしょ。わざわざ、あんな格下メイドのために、こんな危険な場所に戻ってくる必要あったのかな」


 男性は、まったくわからないというように首をかしげていた。


「エミリーは、私にとって大切な友人です」


 ガクガクと足が震えながらも、きっぱりと言い切った博美の言葉に、男性は愉快そうに笑った。


「アハハハ」


 急に親しみが沸くような人間らしい雰囲気になり、どこか嬉しそうな面持ちになった。


「大切な友人か……。ふーん、そう……。その子なら、みんなと一緒に避難したよ」


「そうですか、ありがとうございます」


 博美が頭を下げ、踵を返し、皆が非難した街の外へ行こうとしたときだ。


「ロルフ!」


 その叫び声に博美は振り返った。


 鎖で縛られている大きな黒い獣に、小柄なおじいさんが走って行く。


 毛皮のベストを身に着け、長く白いひげを蓄えたおじいさんは、黒い獣をロルフと呼んで、ぐっと大きな足にしがみつく。


 突然のことで止めることのできなかった兵士たちは、黒い獣の足にしがみつくおじいさんに声をかけた。


「そこのドワーフ危ない!」

「フェンリルから離れるんだ」

「かみ殺されるぞ!」


 周りの兵士たちが叫んだ。


 あの人がドワーフ。

 長いひげを蓄えて、ずんぐりとした体型だ。


「こいつは、わしの友人のロルフだ!」


 ドワーフは、魔獣を守るように両手を広げ、兵士たちに向かって叫んだ。


「キュウンン」


 ロルフと呼ばれた大きな魔獣が甘えたような声を出す。


「ん? 友人だと」


 赤いスーツの男がドワーフに聞いていた。


「そうだ。ロルフはわしのためにこんな姿になっちまった。だから、こいつがこんな大きくなっちまったのは、わしのせいなんだ」


「あなたが友人と呼ぶフェンリルは、怒りに任せて、屋敷の門番に呪いをかけてしまった。その呪いの暴走によって、本来の魔物として目覚めてしまったというわけだ。でもね、残念だけど、一度そんな姿になってしまったからには、もう元には戻れない。また人々を呪い、傷つけ、いずれ誰かを本当に殺してしまうかもしれない。こうなってしまったからには残念だが、始末しないと」


 赤いスーツの男性は禍々しい赤黒い剣を掲げた。


「それならば、わしもいっしょに斬ってくれ」


 ドワーフのお爺さんが両手を広げる後ろで、赤い鎖でがんじがらめになったフェンリルは悲し気に鳴いていた。


「くぅううん」

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