第24話 治せない理由【魔獣ジュリアス視点3】

 エミリーさんは、サイモンさんにお腹を殴られて苦しそうだった。


 あの様子じゃ、たぶん大けがを負っているはず。


 すぐにでも魔法陣の上でエミリーさんの治療をしたかった。


 でも、今は無理だ。

 僕に剣を向けたサイモンさんは、先に行くように促す。


「さっさと歩け」

「わかりました」


「魔獣、逃げるなよ。お前が逃げたら、顔の原形がわからないぐらいあの女をボコボコにしてやるからな」

「はい……」


 僕が無理やり戻れば、今度は博美さんまで酷い目にあう。


 そんな悔しい思いで僕はサイモンさんの後につづき、地下へ向かう階段を降りた。


 地下の廊下を歩く僕の後ろに、ぴったりとサイモンさんが付いてくる。


 突き当りの開いた扉から光が見えた。


 すると、サイモンさんが僕を押しのけ、僕の部屋に入って行った。僕も続いて中に入ると、魔法陣の上には横たわった男性がいた。


 サイモンさんが駆け寄って、床に膝をついて男性を抱き寄せた。


「カルロス、カルロス。もう大丈夫だ。魔獣に治してもらうからな」


 胸に抱かれた男性はぐったりとしていて顔色が悪く、サイモンさんが呼びかけても反応がない。

 

 サイモンさんが僕を見上げて言った。


「おい、魔獣。カルロスを治療してくれ」


 サイモンさんが抱いているのは、弟のカルロスさんのようだ。


「わかりました」


 僕も魔法陣の上に膝をつき、近くでカルロスさんの顔を見たが、わからない。


 毒やケガでもなさそうだ。


「さっさとしろよ」

「はい」


 僕は魔法の呪文を唱えた。


 何が原因でカルロスさんが、このようになっているのか調べるためだ。


 パチン――。


 だが、すぐに僕の魔法を跳ね返された。


「これは――……」


「どうしたんだ、魔獣。はやくしろ! さっきまでカルロスが痛がっていたんだ。カルロスの右足だ、傷の手当てをしてやってくれ」


「は、はい」


 すぐさま僕はカルロスさんのズボンの裾を上げて右足を見た。足首部分に黒い痣のようなものがある。黒い痣は足から徐々に広がっているようだ。


「あっ……」

「どうしたんだ! おい、魔獣!」


 僕は床に転がっているモノを見た。


 カルロスさんの傍らには、脱がされた革の編み上げブーツが転がっている。たぶん、この部屋でサイモンさんが片方だけ脱がしたのだろう。カルロスさんが身に着けたままになっているブーツは茶色い革の状態だが、脱がされた方だけが黒く変色しているようだ。


「なんとか言えよ、さっさと治せ。お前なら治せるだろ」


 サイモンさんの言葉に僕は返事ができなかった。


「……」


 僕は黙ったまま、もう一度床に落ちている黒く変色した片方のブーツに目を向けた。

 すでに劣化が始まっている。


「くそっ、何やってるんだ。そんなブーツなんてどうでもいいだろ」


 どうでもよくないんだ……。


「すみません……、僕にはカルロスさんの治療ができません」


「何言ってんだよ、ごちゃごちゃ言ってねーで、さっさとしろよ!


 サイモンさんがカルロスさんを抱きかかえたまま、苛立ったように言う。


「あの女たちがどうなってもいいのか」


「申し訳ございません。本当に、僕には無理なのです」


 僕の言葉に、サイモンさんの顔が苦しそうに歪む。


「なぁ……、おい、さっきの女たちのことを怒っているのか。それなら、謝る。だからお願いだ」


 サイモンさんはカルロスさんを抱きかかえた状態で、僕に頭を下げた。


「頼むよ、もう俺にはコイツしかいねぇんだよ。本当に悪かった、あのメイドを殴ったことは謝る。これは、言い訳じゃねぇが、オレ達の親父も母さんを殴っていたんだ。女はそうやって躾をする、女は殴っていい、弱い奴を虐げてもいい。そう、オレ達は親父から学んだ。そんな親父のマネをしているだけなのに、粗暴な兄弟と噂され、親父は俺たちを厄介払いするように騎士団へ追い出しやがった。だがカルロスがまた問題を起こした。今度は、こんな辺鄙な場所にある、屋敷の門番を俺たちにあてがったんだ。おかしいじゃないか……、なんで俺たちばかりがこんな目に合うんだよ」


 サイモンさんがカルロスさんを胸に抱いたまま、悔しそうに僕のローブをつかむ。


「頼む、治してやってくれ。カルロスに何かあったら俺は、俺は――」


 ぎゅっと僕のローブを裾つかんだ手を見ると、サイモンさんの気持ちが痛いほどわかる。

 けれど……、僕には無理なんだ。


「出来ることなら、僕も治してあげたいです。でも、僕の力では……」


「なんだよ! お前は、どんな魔法だって使えるんだろ。聖女召喚さえ、やってのけたじゃねぇか!」


「……兄さん」


 か細い声が聞こえた。


「カルロス、気が付いたか。今、治してやるからな。もう少し我慢しろ」


「……うん」


 そう返事をしたカルロスさんだったが、またぐったりとして、サイモンさんに身体を預けたまま意識を失ったようだ。


「なぁ、お願いだ。なんだってする。約束する。だから、カルロスを助けてくれ。俺の大事な弟なんだ」


「ただのケガなら僕の魔法でも治療できるでしょう。ですが、カルロスさんのは、ケガじゃないのです」


「ケガじゃない……? じゃあ、なんだってんだ?」


「僕の魔法が跳ね返されました。それは……、カルロスさんには、呪いがかかっているからだと思います」

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