After・the・ひねくれぼっちにラブコメなんて有り得ない!?
初任給編
第101話 午前二時
After・the・ひねくれぼっちにラブコメなんて有り得ない!? は中学校を卒業した九郎九坂二海の社会人編のお話です。学生時代とは異なる事が書かれます。学生時代編をもっと読みたかったという方は作者にお願いしてみてください。IF版でも書き始めると思いますよ。では、九郎九坂の社会人としての奮闘を、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
※ ※ ※
午前二時前の夜中。望遠鏡を担いでほうき星を探したりはしないけど、しかし、まだまだ深夜であるこの時間に、俺は職場へと向かっている。朝の新聞配達のためだ。この時間帯にも慣れてきた。なんだか、夜の街って良いよな。非日常感あって、ワクワクする空気がある。見慣れた道も明かりがなくなると、だいぶ見違える。時折通る車のヘッドライトが、強く見えるくらいだ。そんな道をワイヤレスイヤホンで音楽を聞きながら、ロックンロールを聞きながら家から作業場まで歩く。これが今の俺の日課であった。
中学卒業から二十五ヶ月。つまり二年と一ヶ月。季節は四月へと移ろい、年齢は十八歳になった。始めは三月から土日だけと始めていた仕事も、卒業して四月になってからは毎日のように出勤しては勤めており、今年十八歳になってから夜勤が解禁され、こうして朝刊配達へと足を向けている。
「おはようございます」
おはよう、おはよう、とちらほら声が聞こえる。まだ新聞は店着前だ。
新聞はビニールに包まれて、プラスチックのバンドで留められた状態でトラックに乗ってやって来る。印刷工場から、地域一帯の新聞販売店へと運ぶためにやって来るのだ。新聞が販売店に店着するとそれを運び、バンドを切って外し、ビニールごと台に置く。ビニールは再利用のためあまり破らないように、一箇所だけ破って新聞を取り出す。そして新聞に決められた数だけ、配る分だけチラシを挟めていく。手作業で、スッ、スッ、スッと滑らせるように次から次へと挟めていく。だいたい一地区百部前後くらい用意したら、ビニールに入れて、新聞を丁寧に扱って、自転車やバイクにそれぞれカゴや後ろの荷台にのせてゴムで縛って落ちないようにする。
準備ができたら、「いってきまーす」などと挨拶して自転車とかで回る人、パートの人から先に配達に出発する。俺は社員だからパートさん全員が出ていくのを見送ってから社員さんと一緒に配達する。
「お願いします」
「よしっ、じゃあ行こうか九郎九坂くん」
ハンドルを握るのは先輩社員の山田さん。今日は新しい順路を覚えるため、同行である。朝の新聞配達開始である。
一軒目は一軒家。一軒家は庭先にポストがあるパターン、玄関の扉に差込口があり、そこに投函するパターン、玄関扉の左右どちらかに切込みがあり、そこに差し込んだままにするパターンと奥まで落とし込むパターンがある。落とし込むと音がすることや、玄関先の地面について汚れがつくことをよく思わない人は差し込んだままにするよう要望していることが多い。しかし、それでは盗まれることもしばしば。そこで新たに郵便受けを増設するお宅もある。つまり、新聞配達は一軒、一軒、配達方法が異なり、そのすべてのお客様のことを記憶し、配達できるようになること、配達後の会話ができるようになること。すべてが求められる仕事なのだ。
ちなみに、新聞配達には順路帳というものがある。一軒、一軒、家の名前、主に名字が、会社なら会社名が記されており、めくる手帳のような存在がある。これを見ればどこの道をどうやって通り、どの順番で新聞を配達すればよいかがわかるのだ。新聞配達に置いては必須の虎の巻であり、逆に言えばこれを丸暗記し、さらには自分で順路を組み上げることができて一人前の条件であるというわけである。たとえば田中さんに配達した後は右に曲がって、交差点を超えて、右側のヴェルビュというマンションの集合ポストに投函する。集合ポストというのも一筋縄ではいかないわけで、普通の横入れ可能のところならば、折り目がつかないように二つ折りで投函。縦に並ぶ集合ポスト、とりわけ狭い場合には、折り目がつかないように四つ折りにして縦に投函する。一度差し込んで、場所と番号が間違えていないか確認してから最終的に押し込む。
しかし、集合ポストは前日やチラシを取らないヒトの残ったチラシがある場合があるから厄介だ。なんとか押し込めればいいが、最悪配達できない場合は、持ち帰って、日中に連絡をする。郵便物が溜まっていましたので、新聞をお取り置きしております。都合が良い時に連絡いただければお届けに伺います、と。そう、新聞販売店には新聞の取り置きも行っている。これはとても日常的な業務で、大事な仕事だった。
旅行や帰省などで家を長く空けるとき、郵便受けに新聞が貯まることを避けたい人のため、新聞販売店では休止や取り置きの連絡を受け付けている。主に事務員やまたは事務作業をしているときに事務所にいた社員が電話に出て対応する。取り置きとは、休みの間新聞を新聞販売店で保管することである。取り置きした新聞は、大きな新聞を折らずに入れられる袋に入れて、銘柄や期間を書いて帰宅時にお届けするサービスである。一軒家ならば玄関先に提げ、集合住宅、つまりマンションやアパートならば朝刊配達時に玄関先まで行って提げる。このとき、オートロックのマンションの場合、新聞販売店はマンションの鍵を開ける四桁や五桁の暗証番号を授受しており、この配達業務の場合にのみ限って使用している。そう、つまりそれらすべてが記載された順路帳は個人情報の塊。最重要仕事物にして、絶対に紛失、落としたりしてはいけないのである。パートさんなどにはいつも声をかけて、コミュニケーションを取って確認は怠らないように、相談がいつでもできる信頼関係を築いていく必要がある。
さて、話は順路帳と休止取り置きに戻る。一日の終りとかに、区域ごとに分かれた休止や新規、止めの情報を書き込んでいく作業がある。これは順路帳にも鉛筆で変更があるたびに記している。そして指示書を、パートさんへの指示書を作る。どこそこさんはお休みだから配達しないでくださいね、どこそこさんはお取り置きだから取り置き袋に入れてくださいね、など。順路帳を元に一緒に確認する場合もある。まあ、つまりはそれが販売店の日常の一つで、一コマなのだ。
複数区域とはいえ、十を超える区域であっても二年も同じところを配達していると、流石にお宅も、郵便受けも覚えた。マンションの名前も、どこの番号のポストなのかも、エレベーターの遅さも、早いやつも、どのルートが適切なのかもわかるようになってきた。こっちに入れて、あっちに入れてから、今度は向こうに入れる。
しかし、区域は南区域だけでも全部で十三ある。北や中央も含めるともっとある。市内は広いのだ。全て覚えないと。やることはたくさんある。覚えることはたくさんある。ちなみに、この区域というのは新聞販売店が配達のために独自で決めた街を分けた区分である。
「終わりました、これで全部です」
「おつかれさん。じゃあ、帰るか」
「はい」
自分がまだまだ下っ端のその上端っこの誰でもできるような仕事しかしてないのはよくわかる。だからこそ今できることは最低限丁寧にきちんと。そして、少しずつやれることを増やしていって、少しでも貢献できる存在にならないと。そう思うと、朝早いことや、眠気なんてのは全く感じず、やる気だけが空回りしそうで怖いだけだった。
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