提案の表(イト・ティナ視点)
「根っからの魔法士性質のわたしに体力勝負の追いかけっこの追いかける側なんてできるわけないじゃないですかっ?!」
じゃんけんに負けて追いかける側にめでたく決まったわたし、イト・ティナは悲鳴をあげました。楽しそうに走り出したノアとリユラと違い、わたしはその場に留まったままです。いつもお守り代わりのように携えているステラ先輩が下さったあの長杖も、追いかけっこにはお荷物にしかならないので持っていません。
「体力もないし無理ですよぅ」
わたしと同じように体力のない人を追いかければいいんですけど、そんなの言ったらユイぐらいしか思いつきませんし。でもユイは愛弟子なので追いかけたくないですし。
「完全に役立たずです」
しょぼん、と項垂れながら精神安定剤の魔女帽子を握り締めます。これはステラ先輩のおさがり。うううう、こういう魔法が一切使えない場ではわたしにできることなんてありませんよね……
「大丈夫ですわぁ、ティナ~」
「ふぇうっ!?」
急に背後から声をかけられて軽く飛び上がります。魔法の使用が一切禁止なので、魔力を使った気配の読み方しかできないわたしにはもう背後で凶器を持った人が立っていても気づけません。
「うふふ~、凶器なんてそんな危ないものは持っておりませんわよぉ?」
「心を読まないでください?!ファルマ!」
真後ろにいたのだから飛びついて捕まえればよかったのに、驚きと混乱で慌てているわたしはズサササッと後退。
頬に白い手を当てた美しい少女が微笑みます。いつもおっとりと細められている紫紺の瞳は焦点が定まっているのか怪しいほどにぼんやり。波打つ艶やかな紫の長髪は、追いかけっこだからかいつもはそのまま流しているのに今は三つ編みにされています。
何より豊満な胸が目につくのです。くっ、いやないほうが動きやすいし。ステラ先輩みたいに平均より少しある程度のほうがいいし。サヤ先輩とかファルマみたいにそんな大きくなくていいし。……今は平らかもしれませんがまだ成長期ですし。これからなんです。
内心で早口でまくし立てた後、落ち着くためにふうっと息をつきます。
「な、なんでわたしのところに来てるんですか、ファルマ。貴女、追いかけられる側でしたよね?」
「はい~。ただ、ティナって体力がありませんからぁ、困ってるんじゃないかしらぁと思いまして~」
「うぐっ」
丁寧な言葉使いと間延びした語尾が特徴の話し方をする少女の的確な言葉に息を詰まらせます。
ユウタリア・ファルマリィ。一年生みんなのお姉さん的存在です。
むむむむむ、とファルマを見据えます。わたしとファルマの間の距離は約五歩。話すふりをして一気に飛び掛かれば捕まえられるでしょう。普通は。
だがしかし。ファルマも含め“普通”の人が存在しないのがここ月夜学院です。
ファルマは、体つきがいい人は運動が苦手、いう世界共通語句を平然と無視している一人。いわばステラ先輩やサヤ先輩、リーゼと同種の人種。
運動ができないわたしではあと五歩の距離をファルマが避けるよりも早く捕まえられる自信がありません。動けないわたしを見越してここまで来たのだろうファルマはうふふと上品に微笑むばかり。くっ、悔しい。魔法の腕ならば負けないのに。
「わたくしぃ、そんなティナに一つ助言をと思いまして〜」
「助言?ですか?」
予想外の言葉に首を傾げます。対するファルマは緩慢な動作で頷きました。
「えぇ~。ティナ、今回の追いかけっこはあくまでも追いかけっこ~。そこまで悲観することはないんじゃないかしらぁ。そして追いかけっこは遊びよ~。楽しむことが一番なのではないかしらぁ?」
ど、どうやって楽しめばいいと?人を追いかけれるほどの体力は持ってないんですが?
再びむむむと唸るわたしにファルマは笑いかけます。
「捕まえる、逃げるは無視してわたくしと追いかけっこしませんこと~?」
「!!」
ファルマの提案に目を見開きます。たしかにそれができれば体力のないわたしでもこの追いかけっこを楽しむことはできると思います。ですが。
「その、ファルマはいいんですか?追いかけっこをしなくて」
ファルマは普通に追いかけっこをできます。ファルマのこの提案は身体能力に劣るわたしのためにわざわざしてくれていること。ファルマが追いかけっこをしたいのならば付き合わせるわけにはいきません。
そんなわたしの心配は杞憂とでもいうかのようにファルマがわたしに手を差し伸べます。
「うふふ~、ティナと違ってわたくしはずる賢いんですの。だから心配はいらないわぁ~」
確かにファルマは悪知恵が働く子ですけど。わたしはファルマの提案に乗ってその手を取ります。
「えへへ、わざわざわたしのためにありがとうございます、ファルマ」
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