全員、お姫様。

渡貫とゐち

全員、お姫様。

 知り合いに限るけど。


 さすがに誰も彼でも――誰でも彼女でもお姫様扱いしていたら手が足りない。

 される側も、見知らぬ人からされたら嫌悪するだろう……だから人は選ぶ。


 選ぶ、とは言っても、『する』相手かどうかを選ぶだけだ。


『しない』ことを選ぶわけではない。


 状況を見て、『する』を控えるだけで、それがつまり『しない』ことになるわけではない。

 ようするに、人を見て、お姫様扱いを『しない』と判断することはないってことだ。



「優しいね」


 と言われた。


 文化祭の準備が終わらず、泊まり込みで学校で作業をすることになった。

 作業というのは名目で、ようは最後の文化祭、学校で泊まり込んで、みんなでわいわい騒ぎたいだけだろう。

 確かに作業は終わっていないけど、別に明日の朝でもできたことだ。

 ……ギリギリだから余裕を持ってしたいところではあるけど。だからこそ泊まり込みである。


 お化け屋敷だ。


 毎年、本格的なお化け屋敷が披露されている。

 今年はうちのクラスだったってだけだ。

 毎年、引き継がれているお化け屋敷の完成度を、うちの代で落とすわけにはいかない……卒業生も見にくるだろうし、本格的なものを見せなければな。


 その作業中、重たい荷物ダンボールを運んで、階段を上っているクラスメイトがいたので、「手伝うよ」と言って荷物を引き受けた。


 俺からすれば、大したことをしたわけではない。

 下心だってない……これは本当。

 下心があると、なにも返ってこなかった時に苛立つから、最初から期待しなければ、そんなつまらないことで苛立ったりしないだろうと思って、考えなくなった。


 困ってそうだから助けた……『助けた』、というのも上から目線か?

 手伝ってあげた……これもちょっと偉そうかもしれない。

 俺が運びたいから、譲ってもらった――うん、これが一番、しっくりくるかもしれないな。


「教室でいいんだよな?」

「うん。ありがと」


 階段を上がり切ってから、クラスメイトの女子が「もう運べるよ」と言ってくれたけど、俺は首を左右に振って遠慮した。


「このまま運ぶよ。女の子に重たい荷物を運ばせるわけにはいかない」

「なにそれ、口説いてるの?」


「だとして、心が揺れたか?」

「全然」


「じゃあどっちでもいいじゃん。今の時代だと古臭い考えかもしれないけど、女の子に労働させるのはダメだ。――雨に濡らすな、段差があれば手を差し出せ、部屋に入る時は扉を開けて先を譲れ……、鬼厳しいじいちゃんからの躾けのせいだよ」


「そうなんだ……でも、うん、やっぱりありがと」


 教室に辿り着く。

 運んだ荷物を机に置いた。


「この中身はどうする? 取り出すけど」


「さすがにそこまではいいよ。優しいのはいいけど、あまりされると私も怠けちゃうし……それが当たり前だって思うと後で苦労するから」


「そうか……?」


 すると、隅っこで作業していた女子の一人が、「痛っ」と声を上げた。


「どうした?」

「あ、ううん、衣装作りでね……指に針を刺しちゃっただけだから」


「それ、保健室にいった方がいいだろ」

「大丈夫だよ、時間が経てば傷も塞がると思うし……」


。やっぱりいこう、俺も付き添うから」

「いいって。大したことないし、あまりおおごとにしないで」


「そういう小さな傷一つで、後に大怪我になることもあるんだぞ。そうなったらどうする。

 どうせその指じゃ、しばらく衣装作りは中断するだろ――

 ちょうどいいから保健室にいくぞ。歩けないなら背負ってやるから」


「いいってば! 大丈夫だから、ほんとに……マジでやめて。

 普段から思っていたけど、優し過ぎるのよ……下心がないのが逆に怖いの。あってほしかった……、好きな子に良いところを見せたいとか、好意をアピールしたいとか、でもそういうのがまったくなくて――

 上級生も下級生も先生も関係なく、知人なら全員に優しいでしょ? それ、わたしたちがダメになるから、少しは遠慮してよ……っ!」


「ダメになっても、周りの男が助けてくれるから大丈夫だって」


「全員の男があなたみたいな『優しいだけ』の人じゃないの! 今は女を目の仇にする男だっているんだから……、あなたの優しさで、わたしたちから自立心を奪わないで!」



 ―― 完 ――

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