合理的な彼女を振り向かせる方法
アヌビス兄さん
第1話 正直な話、友達はいらない
スマホを学校の机に置き忘れてしまった。
自分の教室の中から、
「それでも守りたい世界があるんだぁ!」
「え?」
拓実には聞き覚えのない、特徴的な声が響いた。去年より高校再編で山の上にある高校と合併しているのでまだ覚えていない生徒が大勢いるにはいるのだが……大抵クラスメイトは仲良しである事が多く、大体知っている。むしろ知らない人なんて……
と拓実は思っていたが、扉を開けて一人得体の知れないクラスメイトがいた事を思い出す。黒髪、ポニーテール、制服自由化の我が校において常に指定の制服をちゃんと着て静かに過ごしている彼女の名前は……
「茜ヶ崎……澪さん?」
自分の席でスマホではなく、数年前に生産終了した携帯ゲーム機で遊んでいる彼女は拓実の声を聴いて振り返る。ゲームに感情移入していたのだろうか? 少し目が潤んでいる。
「あ? お前は?」
「えっと、木之本拓実。同じクラスのクラスメイトです……一応」
「は? 一応ってどういう事だ? 同じクラスなのか? 違うのか? どっちだ?」
拓実は彼女の事を勘違いしていた。仲良しクラスに中々馴染めないでいる大人しい生徒なんだろうと勝手なイメージを持っていた。
「同じ! 同じクラスです。えっと、茜ヶ崎さんは何をしてるの?」
「は? 見てわかんねーのかよ? ゲームしてんだよ。お前こそ何してんだよ?」
「わ、忘れ物。スマホを学校に忘れて」
「ふーん。もうこんな時間か、私も帰るか」
成り行きで拓実は澪と一緒に教室を出て学校の門を出る。必要最低限の物が入りそうな小さなリュックを背負う澪。こんな時、いつもの友人達なら大体決まった事を言う。
「茜ヶ崎さん、髪型可愛いね」
「は? お前、ポニテ萌か? 私は楽だからこの髪型にしてるだけだ」
「そうなんだ……友達とかと遊んだりしないの? 俺、今日さ。スタバの新作みんなが飲みに行くって言うから付き合って、スマホ忘れた事言い出せなくてさ」
「本当にそれ友達か? 言い出せない間柄ってなんだよ。そもそも、私に友達なんて必要ないがな」
「いや、でも友達多い方が楽しいよ! 遊びに行ったり、ご飯食べに行ったりさ!」
「ふーん」
歩きながら携帯ゲーム機で遊んでいる澪は思い出したかのように話し出した。
「別にお前の事も同じクラスの連中の事も否定するつもりはないけどさ、わざわざぼっちになるのが怖くて作ろうとした友達なんてろくなもんじゃねーぞ。最初は気の合う者同士だったかも知れないけど、人数が増えれば増える程、興味のない話やイベントに付き合わないといけないだろ? 終いは、誰々がムカつくとか言い出してハブり出したりもする。そうならない為にお前らで言う空気の読み合いという我慢大会が始まるわけだ。ストレスで禿げるぞ? そもそもお前、そのスタバの新作本当に飲みたかったのか? あそこ、くっそ高いだろ?」
学生の小遣い、アルバイトで毎回千円近いドリンクを買うのは確かに地味に痛いと拓実も思っていたし、別段あの甘ったるい飲み物がめちゃくちゃ好きだというわけじゃない。ゲームをクリアして「よし!」と嬉しそうに小さくガッツポーズ。そんな仕草は今の話をしている澪とギャップが大きく可愛く見える。
「でも友達って言ってしまえば赤の他人だからある程度の我慢や配慮は必要だろ?」
「そんな事ないだろ。そもそも友達ってのはお互いそんな我慢とかしなくて気遣い無しに付き合える間柄の相手の事を言うんだよ。それで配慮が足りなくて喧嘩しても許し合えるような奴だ。お前にそんな友達はいるか?」
「……うっ……」
拓実の心にダイレクトにダメージが貫通する。大きな瞳、薄い唇、化粧っ気はなく無表情だがよく見れば凛とした美少女と言える澪。
そんな澪の口から飛び出す辛辣な言葉の数々に逆に面白くなってきた拓実。何か答えようとした時……
「まぁ、そんな友達はいなくて当然だ。そんなアニメや漫画みたいな羨ましい友達関係なんて下手すれば一生出会う事もないだろうな。あと知ってるか? 友人関係とは少し違うが、一人の人間が管理できる人間の数は大体5人から最大で10人と言われてる。それを友達に当てはめるとお前達は既にキャパオーバーなんだよ。このクラス何人いるんだ?」
とりあえずクラスメイトの殆どと友達だという自負があった拓実は「四十人くらい?」と答えると澪は勝ち誇った顔で「それがみんな友達か? 良かったな?」とゲームの電源をプチっと切った。
「じゃあクラスの先生はどうなるの? 友達じゃないけど、全員を管理してるじゃん」
「それも同じだ。スパン・オブ・コントロールって言うんだけど、あのジジイもキャパオーバーで担任とかやってんだよ。だから話しかける生徒とか大体決まってるだろ? 全員を管理してないから贔屓が生まれるんだ。これは担任の人間性とかにも左右される部分も大きいけどな。さて、私はここからバスに乗って帰るからここまでだ。また明日な?」
自ら壁を作っているわけではない澪、短い下校の時間ではあったが、なんだか、他のクラスメイトと話しているより少し楽しかった気がする。それに拓実はスマホを取り出した澪に向かって聞いてみた。
「俺は、茜ヶ崎さんの友達になれるかな?」
スマホを見ようとして、その視線が拓実と重なった。驚いたように大きな瞳を丸々とさせて珍生物でも見るように澪は拓実を見つめ、そして人懐っこく笑って言った。
「さぁな?」
丁度、澪が待っていたバスが到着し、澪は軽く拓実に手を振った。その仕草がちょっと笑えないくらい可愛くて、拓実はバスが行った後も、しばらくそこから動けないでいた。
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