第十五話『特別な場所』
カラオケを終えた帰りの電車内。
目立たないようにか、目深に帽子を被った華凛が俺だけに見えるようにリズムを刻んで揺れていた。人前だからエリザの演技状態なのだが、口角が完全に上がっていたりして、彼女の素の方が前に出てしまっている。そんな様子が可愛くて笑みが零れでてしまう。
『次は――駅。次は――駅』
案内放送が、最寄り駅の名前を告げた。そっか、もう降りなきゃなのか……。
あと一、二分すれば彼女との別れの時間になってしまう。
それを理解しかたからか、もうあと少し彼女となんでもいい、何かしていたい。たった数時間のカラオケだけじゃ物足りない、なんて感情がわき上がってしまっていた。
僅か数日前に友達になった相手だが、やっぱり趣味趣向がにているからなのか、とても居心地が良く、俺の中で彼女との時間が愁や美甘といる時のような、けれどまたそれとは違う特別なものになっている。
「あの、楓さん……良かったらこの後、展望台に行きませんか?」
俺の袖を引っ張りながら、囁くようにそんな提案をして来た。
俺の感情を察してくれた? それとも同じ気持ちだった? というか、なんでそんな頼み方して来てんの? とちょっと頭が混乱する。
俺、好きな人いるんだけど、うん。だめだ。
華凛がかわいすぎて、心を奪われそうになる。
とりあえず、余計な事を言わないように舌を噛みながら、頷きだけで彼女に返答する。
「良かったです。さ、もう着くので早く降りるのですよ。待たせるのは許されざることだと理解しなさい」
台詞はエリザだが、その声色や表情は一切演技出来ておらず、子供のような純粋な感情をだし、俺の袖を掴んだままホームへ降りて、展望台側へ二人で早足ぎみに歩いて行く。
最近の華凛は俺と遊んでいる時は時たまこういう風になる。
と言っても、今の発言も動きも最小限で周りから見られないような位置にたったり、声量だったりで、素を人前に見せられるようになったわけではないようなのだが……。
「そういえば華凛どうして展望台なんだ? 何かする気なのか?」
あの場の流れで了承してしまったが、展望台はただベンチとそこそこの広さがあるだけの場所で、今出来ることは雑談するくらいだ。話すなら喫茶店でも出来るし、わざわざ十五分以上かかる坂道を登る必要も無い。
だからなにかあるのかと、先をずんずん進む華凛に問いかけてみたのだが、
「いえ、とくには考えてませんよ」
ノープランと明かされてしまった。が、その後すぐ「ただ」とこちらへ振り向き――――
「楓さんと、もうすこしゆっくり話したかっただけなので」
なんて微笑みながら言ってきた。
蠱惑的と可愛らしいが共存したその表情は非常に魅力的で、先程の奪われたものは何だったのかと思うくらいに、長年想い続けてきた初恋の少女への気持ちが消え去る音が聞こえた気がした。
「ふふっ、見とれましたね。私の勝ちです」
そして、今の流れはからかうための演技だったと、悪ガキじみた幼い笑みを浮かべ直す華凛。それはすごく自然で、彼女らしさを感じさせると共に、記憶の底に沈みかけていた初恋の少女の微笑みを何故か思い出させた。
――なんで、華凛から?
「あれ、楓さん? 楓さーん」
思い起こされた記憶の衝撃に俺が固まっていたせいで、反応がなくなったのが不安だったのか、慌てた華凛が必死に話しかけてきていた。
「あぁ悪い。華凛の笑顔があまりにも魅力的でみとれて思考が飛んで……た」
条件反射的に言葉を返したせいで、思っていたこと全てが口から零れた。
なんだこの、なんだ? 華凛を口説いていると勘違いされてもおかしくない台詞は……。
「っつ――。こんなときに悪癖を出すなんてずるいですよ。私が
華凛は恥ずかしさからか顔を真っ赤にし、ペシペシと俺を叩いてくる。
完全にやっちまった。
「いや……悪い。悪癖が……気持ち悪かったよな」
「え、あぁ、いえ楓さんは悪くないですし、気持ち悪くもないです。悪癖ってことは素直な感想なのでしょ?」
すぐに冷静になった華凛が俺に弁明してくれる。
彼女の瞳は誤解をさせてはいけないとどこか必死で、さっきまでとは違って一切の照れなく、真剣なものだった。
「すごい……すっごい、恥ずかしいのは事実でしたけど、すごく嬉しかったですから。その感想をいただけたのなら、夢に一歩近づけたかもなんて思えますし」
「夢?」
今のやり取りが一体どんな夢に関係しているのだろうか。
というか、彼女から夢云々の話なんて初めて聞いた。
「そういえば言っていませんでしたね。えっと……笑わないでくださいよ」
「ん? あ、あぁわかっった」
何故だか、言うのをためらっている華凛。俺は人の夢を笑うような奴だと思われているのだろうか。
「私、恋愛ドラマのヒロインみたいな、可愛くて可憐で魅力的な感じの役とか、天真爛漫なお姫様みたいなそんな感じの、皆から好かれるような役がやりたいんです」
「ん? それのどこを笑うって言うんだ? 華凛の演技や容姿なら本気でオーディションうけたらそういう役だってとれないことはないだろ?」
「あぁ。もう、本気でそう思われているのは嬉しいですけど、私には難しいんですよ。楓さんだって私がどんな風に呼ばれているか知っているでしょう?」
どんな風に……あ、悪役女優。
最近の彼女と悪役というイメージが重ならなくなっているせいで、完全に忘れていた。
「そうです。エリザとか、悪女の印象が先行して、それとは真逆の可憐とか可愛らしいってイメージの役は回ってこないんです」
役者はイメージ商売。すでについてしまった印象の役を貰いやすい。その方が見る側にとってもイメージがしやすいし入り込みやすい。子役がいつでも子供と認識され、『くん』や『ちゃん』付けが外れず、大人びた役柄になりにくいのと同じように、彼女には悪役女優というタグがついて回る。好かれるヒロインを演じるというのは確かに夢に思うくらいのものなのだろう。
「そっか、でも今の笑みは本当にヒロインっていっていいものだったから、それを見せる機会ができればすぐに印象なんて塗り替えられると思うぞ」
「……ありがとうございます。……本当に貴方って人は欲しい言葉を言ってくれますね」
感謝の後の言葉はにささやかに呟いていたせいで何かは分らなかったが、多分聞かせたくない言葉なのだろう。でも、悪いことじゃないはずだ。彼女の表情は本当に嬉しそうにしているから、それをみて俺も嬉しくなってしまう。
「ねぇ、楓さん。展望台についたら一つ聞いてくれませんか?」
「ん? ここでじゃダメなのか?」
「ダメですね。言うなら展望台がいいんです。あそこは私にとって特別な場所なので」
特別な場所。もともと華凛はあの隠れ家のような場所を知っていたし、俺と演技練習をする意外に何かあったのだろうか。どうしてか、いゃ、多分仲良くなってきたからなのだろう。そう考えると胸にちくりとさすような、痛みが湧いてでる。
「楓さんと友達になるきっかけになった場所ですから、なので勇気を出すなら、一つ告白するならあそこかなっだけです」
「告白?」
「か、勘違いしないで下さい。別に愛の告白とかじゃないですから。楓さんのことは好きですけど友達としてそういうやつであぁ!」
「い、いやだ、大丈夫わかってるから」
俺も、混乱してはいでも、ハッキリと理解していると伝えないと、なんだか理性というか感情がおかしくなる。うん、そんな気がしてしまう。
「私先に行ってますから、楓さんはゆっくり来て下さい! いいですね」
ビシリと指を突きつけ、絶対に守ってくださいという圧を放ちながら、彼女は走って行ってしまった。
そんな彼女の様子と、何を言うのかと思考の中で大量によぎる華凛の笑顔や、照れ顔を振り払いながら、一歩一歩を踏みしめるように、展望台へ歩く。
五分程坂を登り、展望台前までくれば、そこには残虐少女エリザがいた。役になりきっているとかじゃない。
「来たのね」
テレビの向こうで見たそのものの存在がいた。
「じゃあ私がこうなった、人前にでれなくなったことを話すから、しっかりと聞きなさい」
彼女の空気につい姿勢を正してしまう。今俺は彼女の世界に入り込み、一人の観客、その世界の背景にさせられた。
「半年前のドラマ『墜ち光るステージ』をご存じかしら」
確か撮影中にファンが入り込み、撮影機材を壊したとかで、一話放送が延期になった作品だった。
「どうやら、知っているようね。じゃあ、そこで傷害事件があったのはご存じ?」
俺が知らないと答える前に、華凛が表情を読み取ったのか台詞を続ける。
問いかけと共に彼女は帽子を外し、自らの前髪を書き上げて額を見せてきた。そこにはうっすらと、傷があった痕のようなものが残っている。
髪と化粧がそれを隠し目をこらさないと分らないくらいのものだが、確かに傷があった。
今これを見せたということはその傷害事件の被害者は彼女なのだろう。
「その時に言われたの――――」
――――お前のせいで彼女が死んだと。
「もちろんその死はテレビの中、唯のキャラクターが死んだということなのだけれど、それから私は人の目が怖くなって、エリザの演技に頼るようになったの。私が演じた中で、一番強い心を持っている子の仮面を被るれば心が強くなれるから」
話終え。エリザから、華凛へと表情のつきかたが変わってゆく。彼女の告げた話にどう返して良いのか分らず、唇をただ噛みしめていると、彼女はやや怯えながら、それでもと決心したように口を開いた。
「このことを言った後だから、もう改めて聞くわ。多分これから沢山迷惑をかけることになるけど、私を友達にして、後悔しない? 後悔してない?」
それは今までの彼女の思い込みとかそいうものからくる問いかけでは無い。
試されている。そういう、瞳をしていた。
「全く、してないよ」
「そう……そうね。やっぱり貴方にはなして良かったわ……心が軽くなったそんな気がするわね」
俺の回答と共に、彼女はエリザの演技をやめ、素の笑みを俺へと向けけくる。それは、先程見た惹かれるような笑みでは無い。ただ嬉しさからこぼれただろうなて事ない笑。だけど、今日見た中で、一番俺の心に刻まれた笑みだ。
「いや、こっちこそありがとう。華凛のことを知れて嬉しいよ」
だからすんなりと、そんな言葉と、俺からも笑みが溢れ出て、なんんだかそれがおかしくなって、二人で笑い合った。
この、俺たちにとって特別な場所で。
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