第1話(4)魔王、宣言する

 明くる日、クラブハウスには多くの報道陣が詰めかけていた。凛々しいタイトスカート姿のななみが壇上に上がり、挨拶をする。


「え~皆さま、おはようございます。本日はお忙しい中、我が『アウゲンブリック船橋』の新体制発表会にようこそおいで頂きました……」


「そんなことはどうでも良いんですよ!」


「はい?」


「デモス選手の禁止薬物使用! クラブはどこまで把握していたのですか⁉」


「あ、ああ……その件に関しましては、我々としても青天の霹靂で……」


「薬物購入資金にそちらが支払った多額の契約金が充てられているという現地からの報道もありますが⁉」


「根も葉もない噂であります」


「監督、コーチ陣らによる時代錯誤も甚だしいパワハラ問題に関してはどうなんですか⁉」


「選手たちや、当該首脳陣へのヒアリングは全て済んでおります。その結果、監督、コーチスタッフ一同には辞任していただくことになりました」


「選手たちが大量離脱したことに関しては⁉」


「こちらの対応が後手後手に回ったことにより、選手たちには不信感を植え付けてしまいました……話し合いを重ねて参りましたが、誠に残念ながら所属選手たちとは全員契約解除ということになりました」


「フロント陣の横領問題に関してはどうなんですか⁉」


「このようなことになってしまい、スポンサー様各位には大変申し訳ないという気持ちで一杯です……」


「今後はどうされるおつもりですか⁉」


「徹底的に再発防止に努める所存でございます」


「メインスポンサーのSOSOの撤退に関してはどうなんですか⁉」


「我々のみならず、SOSO様の顔に泥を塗るような真似をしてしまったこと、大変申し訳なく思っています……」


「期待を寄せていたサポーターの方々に対してはどうなんですか⁉」


「……今回の一連の不祥事で、皆様には多大なご迷惑、ご心配をおかけしましたこと、誠に申し訳ございませんでした……」


 ななみが頭を深々と下げる。報道陣の追求はなおも止まない。


「そんな謝罪だけで済むと思っているんですか⁉」


「いいえ……」


「では、どうされるんですか⁉」


「……今後のアウゲンブリック船橋の躍進をもって、皆様から失った信頼、期待をもう一度取り戻すことが出来ればと考えております」


「は⁉ 今後⁉」


「ええ、今後……」


 ななみが頷く。報道陣の一人が苦笑交じりに尋ねる。


「いやいや、これだけの不祥事が出て、まだこのクラブが存続出来るとお考えなのですか?」


「はい」


「馬鹿なことを言わないで下さいよ!」


「少し、落ち着いて下さい……」


 ななみが微笑を浮かべ、報道陣に語り掛ける。


「む……」


「本日は新体制発表会です。これから新体制についてお話しいたします……」


「新体制って……」


「どういうことだ?」


 報道陣がざわつく。そのざわつきが収まるのを待ってから、ななみが話し始める。


「まず、新たな球団社長は私、七瀬ななみが務めます」


「!」


「さらに、GM……ゼネラルマネージャーも私、七瀬ななみが務めます」


「‼」


「さらに、広報部長、総務部長、人事部長……全て私、七瀬ななみが務めます」


「⁉」


 会見場に驚きが広がる。ななみが満面の笑みで告げる。


「今後ともアウゲンブリック船橋をよろしくお願いいたします」


「ちょ、ちょっと待った!」


「なにか?」


「あ、貴女、新人の広報さんでしょう? 社長なんか出来るんですか⁉」


「誰でも最初は初めてですよ……」


「そ、そんな……」


「しゅ、主要な役職を全て兼任するのはさすがに無理があるのでは⁉」


「もちろん、あくまでも暫定的な処置です。然るべき人材が見つかれば、その方に委ねたいと考えております」


「む、むう……」


「ス、スポンサーへの違約金などはどうするんですか⁉」


「選手やスタッフへの給料を優先しておりますので、そちらへの支払い分は申し訳ありませんが、多少待って頂くことになります」


「多少って、どれくらいですか⁉」


「……2年後まででしょうか」


「2年後⁉」


「なにか当てがあるんですか⁉」


「先ほども申し上げたとおり、今後の当クラブの躍進をご期待下さい」


「はっ!」


 会見場に失笑が漏れる。ななみがわざとらしく首を傾げる。


「ジョークを申したつもりはありませんが?」


「ジョークにもなっていませんよ!」


 報道陣の一人が興奮して立ち上がる。ななみが冷静に問う。


「どういうことでしょうか?」


「選手とは全員契約を解除したのでしょう? それでどうやって躍進を期待しろと言うのですか? まさか、貴女が選手も兼任するのですか⁉」


「さすがにそういうわけには参りません……ですが」


「ですが?」


「昨夜、超有望な選手との契約締結に成功しました!」


「ええっ⁉」


 会見場が再びざわつく。ななみが目線をドアに向ける。


「……どうぞ、入って」


「ふん!」


「うおっ⁉」


 ドアを勢いよく蹴破って、金色のユニフォーム姿のレイブンが会見場に入ってくる。


「こちらに……自己紹介をお願いします」


 ななみがレイブンに促す。


「我が名はレイブン……魔王じゃ」


「魔王……?」


「そんなチームあったか?」


「ふん……!」


「うわっ⁉」


「それ……!」


「ええっ⁉」


 レイブンが右手の手のひらを上に向けると、火が燃え上がった。さらに左手を振るうと、先ほどから特にヒートアップしている記者の椅子が空中に浮かぶ。


「……これで分かったじゃろう、ワシが魔王だということを」


「……」


 会見場が黙り込む。レイブンがたたみかける。


「何の因果かこの世界に来てしまった……退屈しのぎじゃ、ワシはサッカーで世界を……クラブワールドチャンピオンカップを獲りに行く! 世界一の称号はワシのものじゃ!」


「‼」


 力強く宣言するレイブンに向けて、大量のシャッターが切られる。

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