2-3
「『ドキドキッ! 玲希さんの初恋応援委員会!』 第一回作戦会議を始めたいとおもいま~すっ! どんどんっ、ぱふぱふーっ!」
気が抜けるほどに能天気なエーデルの声が高らかに響き、一人立ち上がった彼女は「イエーイっ!」握りこぶしを天に突き出していた。地べたに腰を下ろしているシレネは白けた目をエーデルに向けており、僕はというと、重すぎる溜息を空気中にぶちまけている。
「いくら周りに人がいないからってさ、でかい声で恥ずかしいこと言わないで欲しいんだけど」
僕とシレネとエーデルと。僕たち三人は昼休みの時間を使い、この時間帯に生徒が最も立ち寄らない場所――校内の自転車置き場に集合していた。集まった理由については先にエーデルが宣言した通りだ。
「エヘヘ、それほどでもーっ」何故か照れながらエーデルが着座したところで、だるそうに足を組んでいるシレネが仕切り直すように淡々と口を開く。
「まずは現状を整理しよう。鳴海美百紗と藤吉玲希には同じクラスメートという接点ができた。直接的な交流により親睦を深めることが可能だ」
シレネがまるで企業の重役会議のような口調で宣ってはいるが、中身はなんてことない僕の恋愛事情。そのギャップが中々にシュールではあるが、僕自身が当の本人であったりするので、なんだかムズかゆく身体が落ち着かなかない。
僕のそわつきなどお構うことなく、シレネが言葉をつづける。
「――だが、犬塚樹という恋敵の策謀により、鳴海美百紗と交流を深める手段を塞がれている。このままでは犬塚樹の方に鳴海美百紗の気が向く可能性が高く、分が悪い」
犬塚が裏の顔を持っている事実について、シレネとエーデルには先んじて共有していた。犬塚の非道にエーデルはわかりやすく怒りをあらわにしていたが、シレネは無表情に「ふぅむ」と一言漏らしただけ。二人とも予想通りすぎる反応だった。
「――しかし、鳴海美百紗が『クラスの女子からいじめを受けている』という情報が入った。この問題を藤吉玲希の手で解決することによって、信頼度を一気にを稼ぐことが可能だ」
相変わらず打算的なシレネの物言いに、僕のこめかみがピクリと反応する。……が、この場でモラルうんぬんを彼女と議論しても時間の無駄だろう。僕は無理やり留飲を呑み込んだ。
「――つまり、『鳴海美百紗がいじめを受けている現場を抑え』、『その場で藤吉玲希が鳴海美百紗を救う』シーンを作り出すのが我々がすべき第一手と考える。……異論のある者は?」
僕はスッと手を挙げて、
「なるみもをいじめから助けるっていのうは同意だけど……別に現場を抑えたり、僕がその場にいる必要はないでしょ。彼女へのいじめを止めることさえできれば、僕は別に――」
「わかってないな、お前は」シレネがヤレヤレと、露骨に肩をすくめながら、
「女の子は誰しも、自分を守ってくれるヒーローに憧れているものだ」
「はぁっ?」
シレネらしからぬ乙女発言に僕はお間抜けな声を漏らさず得ない。彼女の隣に座るエーデルはというと、ウンウンと満足げに頷いていたりする。……コイツ、何か入れ知恵したな。
「……まぁいいや。どのみちまずは、なるみもをいじめているのは誰なのか、いわゆる『主犯』をハッキリさせた方がいいね」
いちいちツッコんでいたらキリがない――と判断した僕はコホンと咳払いを披露して、会話の主導権をシレネから奪い取る。
「転校したばかりのなるみもが他クラスの生徒から標的にされるとは考えにくい。また、クラス内でなるみもは男子連中と仲良くしているし、上靴にかかれた暴言の内容からも、主犯は『なるみものの人気に嫉妬している同じクラス内の女子』と断定していいと思う」
僕が喋り終わるや否や、「あの~」おずおずとエーデルが手を挙げて、
「アタシ、クラスの半分以上の女の子たちと仲良くさせてもらってるんですけど、みんな良い子たちばかりで……。美百紗さんへの悪口も聞いたことありませんし、アタシの周りにそんな陰湿な真似をする子がいるとは、とても思えなくて」
確かにエーデルは本物の女子高生のごとくクラスに馴染み、僕なんかより断然みんなの輪に溶け込んでいる。本来の任務を忘れて、JKライフを全力で楽しんでいる節さえある。彼女の意見は信ぴょう性が高いだろう。しかしシレネが口を挟んだ。
「半分以上ということは、『全員』と親睦があるワケではないのだろう。つまり、エーデルと交流を持たない連中に『主犯』が潜んでいると考えられないか?」
「なる、ほど」素直に腑に落ちた僕がエーデルに目を向けると、腕組みをしている彼女がムムムと唸りながら首を揺らし始めた。
「えーとっ、えーとっ……赤倉さん……でしたっけ? 派手な髪色の女の子。彼女がいるグループの子たちとはお喋りしたことがありませんねーっ。イケ女軍団? って感じでいつも同じ子たちでつるんでますし。あんまり他の子たちと交流している姿も見ないですねーっ」
「……赤倉?」
頭の中で、様々な事実が繋がる感覚を覚える。
「そうか……。赤倉は、犬塚の『恋愛ゲーム』のターゲットにされていた。今は知らないけど、少なくとも前までは犬塚に惚れていたってことだ。……犬塚と仲良くしているなるみもに嫉妬を覚え、赤倉が彼女をいじめの標的にしようと考えるのはそんなに不自然じゃないかも」
「でも赤倉さん、教室ではそんな素振り一切見せないですよねーっ。美百紗さんがいじめられているって事実自体、クラスでは浮彫になっていませんし」
エーデルが幼い表情で首を傾げると、シレネが再び口を開く。
「一度失恋したとはいえ、赤倉とやらが未だ犬塚樹に好意を抱いているとしたら、自身の好感度が下がるのは避けたいのだろう。公に鳴海美百紗を陥れてひんしゅくを買うような真似はしないはずだ。そいつが鳴海美百紗へ直接的な嫌がらせ行為を行うとしたら、男子連中の目の届かん場所……女子トイレなんかを利用するのではないか?」
僕とエーデル、二人は思わず目を見合わせ、そのまま一斉にシレネに顔を向けた。シレネが露骨に片眉を吊り上げる。
「……お前ら。何だその目は。私は何か間違ったことを言っているのか?」
「い、いえ。むしろ逆です」慌てた様にエーデルが両手を振る。
「恋愛の『れ』の字もわからないシレネ様が、的確に女心を読み解いておられるなーと。……ぶっちゃけ、意外でしてーっ」
「エーデルから拝借した恋愛マンガはひとしきり目を通した。女が男の前で猫を被る生物だという事実は学んだつもりだ。共感は全くできんがな」
「えっ、あの量、もう全部読んだんですか? 千冊以上はあったはずなんですけど」
「ああ、どれもあまり興は沸かなかったが、強いて言うなら『ハナコイ』が一番面白かった」
「――マジですかっ!? えっ、えっ、どの巻にトゥンクしましたか!? やっぱり八巻で、半裸のヒロインが涙ながらに『こいこい』宣言するシーンが――」
「……トゥンク?」
エーデルが鼻息を荒く場を荒らし始めたので、「あのさっ」僕は不自然に大声を出して彼女を強制終了させた。
「赤倉が、『男子の目の届かない場所』でしか『なるみもへの嫌がらせを行わない』としたらさ……『僕が現場を抑える』のって不可能じゃない? 女子トイレなんて、入れるワケないし」
そんなにおかしなことを言ったつもりはない。
でもなぜかちっちと人差し指を振り始めたエーデルが、したり顔で、
「玲希さん。アタシが前世で学んだ唯一の教訓を教えましょう」
どこかで聞いた台詞……嫌な予感がする。
「ルールってやつは、バレなきゃ破っても問題にならないのですよっ! どーんっ!」
効果音を自らの口で言う荒業を披露したエーデルが、ピンと張った人差し指を僕の鼻頭に突き付けていた。
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