多忙の友 7月号

崇期

連載小説 <一四> 鬼をください

 コンビニエンス・ストアで買った「梅おにぎり」を食べるたび、思い出すお話がある。





「鬼くださーい。どなたか、鬼をくださいませんかぁ?」


 おじぎ草のみ眠るいぬの刻どき。通りをこんな声が鳴り渡っていた。この地方では、売り子ではなく買い子が、このように所望の物を声高らかに謳って、持っている家がないかと探して回る習慣があるのだ。


「電子レンジ……扉がついてる電子レンジをお持ちの方、ありませんか? 義母が誤って卵を加熱してしまい、爆発して、扉が吹き飛んでしまいましたのです」


「ぎんなんくださぁーい。茶碗蒸しに入れたいです。四、五粒あれば十分です……」


「新人さん、いませんかぁー。新人さんくださーい。うちの部署の大谷おおたに君、『昨夜から原因不明の腹痛と膝関節痛の二刀流で……』って休んだのはいいんだけど、それ以降、まったく出勤しなくなりました。とんだ大谷違いと言うか──あ、大丈夫、個人情報は出していません。『とんだ大谷違い』のところは時事ネタであって、ギャグです、ギャグ。ほんとは小林君です。とにかく毎日出勤してくれる新人さん探してまーす」


 石焼き芋屋さんの売り声で季節を感じるように、私たちはこんな買い子の買い声で世間の人々の困りごとを知り、自分が属していない世界の様相を知るのだ。また、ちょうど処分しようと思っていた品物がうまく片づいて小金も手に入るとくれば、これを楽しみにしているご家庭もあるという。

 しかし、それにしても、〈鬼〉はめったに聞かない珍品と言えよう。


「理由が気になるところだな」私は夕飯の支度をほっぽり出し、サンダルを履いて外へと、鬼を求めて声をあげていた人の下へと、走った。


「あの……。なぜ鬼がほしいんですか?」


 私が質問すると、鬼の買い子さんである女性は理由を教えてくれた。


「私が生まれた島には人食い鬼がんでいました。そんな鬼のご機嫌をとる人物がいて、大きな桃の種の部分をくり抜いて人の子どもを詰め込み、鬼に食べてもらおうと贈り物として川に流したんです。しかし、たまたま川で桶を洗っていた女性が桃を拾って、中の子どもを救い出し育てました。子どもは成長すると、どこで話を聞いたのか、自分が鬼に食べられる運命だったことを知り、自分と同じ目に遭う子どもが再び出てはいけないと、恐ろしい人食い鬼を退治する、と言ったのです」


「まあ、そんなことが」と私は口元に手を当てて言った。


「鬼はその子に退治されてしまいました」


「え?」と私は驚いた。「あなたはその、鬼擁護の立ち場でおられる方なのですか?」




 物語は鬼が女性の手により復活し、またどこかの人物によって退治されるまで続いたと思う。だがしかし、以降の内容をすっかり忘れてしまうという私のドジが結末とすげ替わってしまったというわけだ。人間の記憶が頼りないことは百も承知。残念だが、それほど心動かされる内容ではなかったのかもしれない。


 とにかく、「梅おにぎり」を手に取るたびに、このお話を思い出す。つまり、おにぎりの部分が「桃」で、梅が「子ども」で……私が人食い鬼?


 まあ、そういうことになるのである。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る