秘密の独り言
ヒイロレイ
第1話
___静かに雨が降るこの街で、傘もささずに歩く少女が一人。
この国では珍しい長い白髪に,血のような真っ赤な目の色をしていた。
それを隠すようにかぶったキャップとパーカーのフード。
いずれも、其の容姿を隠すためだけに身に着けているのだ、と皆思うだろう。
少女の身に着けているものはすべて真っ黒だった。
ただ黒が好きなのか、 もしくは___。
『これから浴びる大量の返り血を隠すためか』
少女は実に冷淡だった。
途中で今夜の食事を買ったコンビニでも、店員に素っ気ない態度をとっていた。
食事___と言っても,ただ少しの栄養を補うだけに過ぎない,カロリーメイトなのだが。
ずぶ濡れのまま, 少女はどこへ向かうのか。
__パンッ__
誰も居るはずのない廃ビルで, 一発の銃声が聞こえた。
じわじわと広がる血だまりは, そこそこの知名度と権力のある,裏社会では有名な人物から流れ出ていた。 その男___今となっては死体と言うべきだろうか。死体の傍には人影が。
影は、決して大きくはなく,どちらかと言うと,小さな影だった。
身長約160cmにも満たない人物の影は、全身に黒を纏った少女のもの。
「…ビャクヤ、迎え、お願い」
とどこかに電話をかけると, 死体の処理を始めた。
冷たい風が頬を撫でた。
たまに触れるコンクリートの地面が冷たい。
酸素系のクリーナーを使って血痕を消し, 死体は運びやすいようにブルーシートで包む。
寒いな、そう呟けば声がこだまする。
「___レイ」
少し背の高い少女___いや、女性と言ったほうが正しいのだろうか。
彼女が声をかけると、少女は振り返った。
「ビャクヤ。 有難う」
ビャクヤ、そう呼ばれた女性の白い髪がなびいた。
レイ。
少女の名は_レイ_。
そして、レイの名を呼んだ。 ビャクヤ。
彼女らは同じ組織に所属しており、レイは組織のリーダーである。
もう一人、レイの名を知っている者がいた。
「レイ, 後片付けしとく、 ビャクヤと一緒に先に帰ってて」
「…わかった, 有難う, アオイ」
ウルフカットに青いインナーカラーの髪。
長い前髪で、左目は隠れていた。
ナナセアオイ。
バッと見ただけでは,少年のように見えるが, アオイは女。
わかりにくいように見せているわけでもなく、ただ中性的な顔立ちをしているだけだった。 ファッションのも好みがある故、誰かが何かを言うことでもない。
まだ大学生である彼女もまた、 組織の一員だった。
彼女を仲間に入れたのに重要な理由があるのか、はたまたレイの気まぐれなのか。
そういった明確な理由は,ビャクヤやアオイ、今この場に居ない人間たちにも伝えられておらず,彼女らはレイの “秘密主義” といった性格に悩まされていた。
『ТЛюди прекрасны, когда у нихесть секреты д』
人は,秘密があるほど美しい。
これがレイの口癖だった。
ロシア語が得意なレイは、重要なことはいつもロシア語で話し、周りを困惑させていた。
「…さ、帰ろうか」
リーダーであるレイが指示すれば、忠実に従う。 たまに危険な行為を実行しようとするレイを必死に止める、それもまたビャクヤたちの仕事である。
ビャクヤの車に乗ると,彼女は車を走らせた。
「…ねぇ, レイ」
「…何?」
「いつまで続けるつもり?」
「何を?」
車内でのビャクヤの問いに対し, とぼけるような反応を見せる。
「…この仕事。 レイは何のために___」
「ねえ、ビャクヤ」
この仕事___“殺し” の仕事を辞めさせたいビャクヤの声は、別の会話を促すレイの声によってかき消された。
「ビャクヤは、何のために私についてくるの?」
は、この質問をよくする。
けれど、仲間の誰も其の問いに答えようとしない。
これまでも、彼女らの意思を確かめるように、何度もそう尋ねた。
それでも、誰も答えなかった。 …いや, “答えられなかった。”
彼女らには、レイについて行く理由なんてない。
考えてもそれはどうしようもなくて、理由を作る気にもなれなかった。
「…レイが人を殺す理由は?」
レイが教えてくれるなら答えるよ、とビャクヤは言った。
自身に理由がないのと同時に, レイにもまた理由はない。
自分の行動に理由なんていらない。
それがレイの考え方だった。
ビャクヤはそれを理解している。
レイ以上に理解しているのかもしれない。
だからこそ, 交換条件のように言ったのだ。
そうすれば、レイはこれ以上口を開かないから。
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