なるほど、お礼はお礼でもお礼参りってわけか
主分隊のメンバーに連れられて、俺はアーセナルの本部に入る。
「…」
「…」
周囲からの視線が痛い。「おうなんやこいつ」「見ねぇ顔だな」とか思われてるぞこれ。
「ユノ」
俺が俯きながら歩いていくと、リゼが声をかけてきた。
「しゃんとして。キミがそんな態度だと私たちがなめられるから」
「はいっ」
いつもの声じゃなくて戦闘中とかのガチの声だった…
そうだ、俺が今一緒にいるのは第5分隊のリーダーたち。この人の顔に泥を塗るわけにはいかない。
視線に耐えながら少し歩くと、大きな扉の前に到着した。
「ここにクランマスターがいます。ティーゼが通信魔法でユノさんを連れていくことは連絡してあるので、入ってください」
「いつの間に?」
「私がユノと話している時だと思う」
扉を開けると、広い執務室が姿を現した。
執務用の机の前に長机が設置されていて、10人ほどが座れるようになっている。
「適当に座っておいてください」
学友である俺とリゼが隣同士で座り、他の3人が対面に座って待つことに。
「お待たせしました」
意外とすぐに眼鏡をかけた50代ほどの男性が入ってくる。
いや、ていうか……
「ら、ラーズ先生?」
「おや、さすがに驚いたようだね」
ラーズ・パドロフ。「憤怒のラーズ」と呼ばれるほどの冒険者であり、俺達の学院時代、客員講師として戦闘面のサポートを行ってくれた。
「私がここに入るときに推薦してくれた偉い人が先生だったの」
「そ、そうだったんだ」
「私としては、ぜひユノ君にもこちらに入ってほしかったんだが」
「勘弁してください。俺はもう自分の店を持ってるんです」
「はっは、…さて、報告を聞こうか」
「はい」
再会の挨拶もそこそこに、ハンスさんが今回の件についての報告を行う。
「――あのような初心者向けの森であのレベルの魔物が出てくるというのは不自然。確証はありませんが、恐らく高レベルの
そう言ってハンスさんが締めくくろうとした、が、俺が手を挙げてそれを止める。
「ユノ君。何か意見が?」
「はい。俺が第5主分隊と合流する直前、周辺1キロを《探索偵察》で探知してみたんですが、オークロード以外、目立った魔力反応はありませんでした。」
召喚された魔物や魔獣のレベルは召喚士の消費魔力量に比例する。
あれほどの強さを持ったオークロードなら、ティーゼさんを超える、俺に匹敵するほどの
「ふむ…たしかに、妙だな」
先生はしばらく考え込み、やがて口を開いた。
「一応、今度のギルドの総会で報告することにする。ご苦労だった、もう帰っていい」
「はい! 失礼します」
「じゃあ先生、また」
「ああ、今度は茶でも飲みながらゆっくり話そうか」
俺たちが退室のため扉から出ようとすると、ラーズ先生が最後に言った。
「今、ちょうど第6分隊が戻ってくる頃だ。十分気をつけたまえ」
俺はピンとこなかったが、ハンスさんたちは十分にわかっているみたいで、真剣な顔でうなずいて部屋を出ていった。
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「ハンスさん、さっき先生が言ってた第6部隊ってのはどんな部隊なんですか?」
「ん? あぁ、俺達の悩みの種さ。問題児軍団とも呼べばいいのか…」
「あのですねユノさん、第6部隊の人たちはちょっと他とここに来た経緯が変わってて…」
なにやら言いにくい事情があるらしい。
「ふたりとも、別にはっきり言えばいいじゃん」
「いや、アイツらの耳に入ると妨害がなぁ…」
「はぁ…第5の主分隊がこの気の弱さじゃ先が思いやられる」
「だって…」
「はぁ…ユノ、第6分隊はね、一言で言うなら犯罪者集団の集まりなんだよ」
「は、犯罪者集団…?」
思いもよらなかった単語に思わず目を丸くする。
「元って言ったほうが正しいかも。強盗とか殺人とかで犯罪を犯した人たちの更生プログラムとして冒険者制度を使う動きがあるんだよ」
「なるほど〜」
ギルドも大変なんだなぁ…
そんなことを思いながら本部を出ようとすると、
「よおそこのスカした兄ちゃん」
いかにも柄の悪い冒険者に声をかけられた。
「はい、なんですか?」
俺はできる限り落ち着いた声音で話す。
「いやよ、俺の仲間がお前とあったことがあるらしくて、礼が言いたいいんだとよ」
「お礼、ですか?」
誰だろうか。そんなものを言われるほど感謝された記憶はないのだが。
ひとまず姿を確認しようと彼の仲間たちが座るテーブルに移動する。
「それで、どちらが俺に――」
バキン! と、その時俺の後頭部に衝撃が走った。
背中にかけて液体が体を濡らしていくのがわかる。
振り向くと、そこには薄ら笑いを浮かべ、割れた酒瓶を持った軽薄そうなスキンヘッドの男が一人。
「へっへ、俺のこと、覚えてるかい? ユノさんよ」
そう言ってもう一度瓶を振り下ろしてくる。
「…誰? 記憶にないけど」
俺はそれを躱しながらハンスさんの側に移動する。
「ねえユノ、本当に心当たりないの?」
「ないよ。あんな賞味期限の切れた卵みたいなやつ」
「お、おい、落ち着け。いきなり殴るのは…」
「ねえ、ハンスさん」
俺は落ち着いて、そう、本当に落ち着いて。純度百%冷静にハンスさんに問う。
「ここって、売られた喧嘩は買っても文句言われないですか?」
「あ、キレた」
失礼だなリゼ。俺は全くキレていない。そう、お気に入りの戦闘装備を安っぽい酒で汚されたからって別に気にしちゃいない。
「あ、ああ、俺たちが一部始終を見ているからな。多少手荒なことをしても問題はないぞ」
「そうですか、その一言を聞けて安心しました」
俺は近くにあった空の酒瓶を手に取る。
「すうううう………喰らえワイバーンコートの恨みぃイイイ!!!」
そして思いっきり卵野郎の顔面めがけて投げつけたのだった。
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「…いやあ、すみませんうちのモンが」
瓶の直撃を受けて昏倒した卵野郎が担架で運ばれていき、今目の前にいるのは第6分隊の隊長さんだ。
さっきのやつが俺に殴りかかってきたことを丁寧にお詫びしてくれた。
「いえ、別に、ぜんっぜん気にしてませんよ? ええ、よくもまあ安酒で殴ってきやがったとは思いましたけどね? はい」
「本当に申し訳ないっ!」
「いや、本当にもう大丈夫です。やり返したら落ち着きましたし」
「ユノ、自分のことは無頓着なのに他人とか他のことになるとすぐキレるよね」
「仕方ないだろムカつくんだから」
そう言って外への扉を押し開ける。
「もう帰っちゃうの? 一緒にご飯くらい食べようよ」
「冗談。明日は店やるんだよ。今からいろいろやんないといけないことがあるの」
そしてリゼ二別れを告げて、最後までペコペコと謝る隊長を尻目に、俺はアーセナルの本部から家に帰った。
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