第7話「愛玩動物のチョコブラウニー」

第七話「愛玩動物のチョコブラウニー」


1

 みんなは犬派猫派?オレはどっちも好き〜!犬とか猫とか動物って可愛いよね!オレはペットは飼ったことないけど、友達が飼ってたの羨ましかったな〜!でもペットって、亀とかじゃない限り、必ず先に死んじゃうじゃん?そこが悲しいよねぇ。なんで死ぬって分かってて飼って、愛情たっぷり注いじゃうんだろうねぇ。不思議不思議。やっぱりかわいいからかな〜。

 さてさて今回はそんなペットのお話だよ。

 オレとヴォルッチは、もうすぐ死んじゃう犬の魂を見送ることになったんだ。

 犬種はダルメシアン、死因は老衰。20年も生きた、大往生なんだって。

 人間の魂だけ見送るのかと思ったら、犬の魂まで見送るだなんてびっくりだよね〜!

 てか犬と喋れるんかいっていうね。意外とスラスラ喋ってくるし言語が理解できて、びっくりこしてウケたよね。


2

「どうすんの?犬と喋れんの?」

「そう言ったって、話しかけるしかないだろ。ちゃんと願いを聞き届けなきゃいけないし………」

 戸惑うリヴァイヴを宥めて俺は犬に声をかけることにした。

 弱った老犬、目は白く濁り、ところどころ体毛が禿げている。

「こんにちは、我々は死神です。貴方は数日後に寿命が来て、命を落とします。最後に貴方の願いを叶えにきました……」

 俺はなるべく丁寧に恐る恐る話しかけると、犬は少し驚いたように顔を上げた。

「これはこれはわざわざ、そろそろ、潮時なんじゃないかと思ってましたよ」

 しおれた、元気のない声が返ってきた。

「私も歳ですからね……。目はほとんど見えませんし、歩くのもやっとです。ご飯だってほとんど喉を通りませんしね。大きな病気をせず長生きできたのが不幸中の幸いです。その上願いまで叶えていただけるとは、ありがたい話です」

 犬は優しそうに人懐っこく尻尾を振ると、俺たちに手をついてお辞儀をした。

 人より犬の方が礼儀正しいみたいでどこかおかしかった。

 それにしても話が通じて安心した。

「ワンチャンはね〜、後1週間で死んじゃうんだ。それまでにやりたいこととか、死んだ後にお願いしておきたいこととかない?無理なお願いじゃなきゃ、叶えてあげられるよー」

と、先ほどまで戸惑っていたのが嘘みたいに、フレンドリーにリヴァイヴは話しかける。ちゃっかり犬の腹を撫でているが、犬はかまわないようだった。

 よほど人に愛されていたのだろう。撫でられ慣れているらしかった。

「願い、ですか。そうですねえ。ほとんどの願いはご主人様に叶えていただいた気がします」

「愛されてたんだね〜」

「ええ、そりゃあもう。誕生日も毎年祝ってもらえましたし、私用の服やプール、おもちゃもあるんですよ。ご飯もきちんといただけて、散歩もしてもらって、たっぷり遊んでもらいました。幸せな犬生だったと思いますよ。最後まで面倒も見ていただいて……」

 犬はそう、遠くを見るようにしみじみと目を細めた。

 確かに、犬の周りにはベッドやおもちゃ、豪華な食事が用意されている。

「でもいつからか、ご主人様とはずっと一緒にはいられないと知りました。ご主人様が、成長するたびに自分が衰えていくのが分かったのです。自分の寿命はそう長くはないと悟ったのです」

「それでもよかったんだ」

「ええ、過ごした時間がとても幸せでしたから。幸せな思い出がたくさんあればそれで構いません」

 随分、謙虚で健気な犬だ。犬は動物の中でも人間と寄り添ってきた歴史が長く、従順で良いパートナーだと聞く。そのためか、この犬も飼い主に大きな敬意をいただいているようだった。

「そっかあ。じゃあ思い残すことはないんだね」

「ええ、ただ一つ………」

「一つ?」

「ペットロスとやらが気になりますかね」

「「ペットロス??」」


3

 ペットロスというのは、亡くなったペットのことを飼い主が思い、しばらく鬱状態になってしまうことだ。

 犬は、自分をたくさん愛してもらっただけに、自分が亡くなった後、飼い主がペットロスになってしまうことを心配しているらしかった。

「ご主人様には、たくさん愛していただきました。それはそれは実の子供のように。私にはもったいない限りです。しかし、だからこそ、私が死んだ後にご主人様はひどく悲しまれるのかと思います」

 犬は謙虚ながら愛してもらった自覚は強く、飼い主が悲しむと自信満々にいう。

 実際そうだろう。

 実の子供のように愛したペットが亡くなっては、悲しくない飼い主はいないし、多くの飼い主がペットロスになってしまうのも事実だ。

 最近ではペットのために葬儀をあげたり、墓を作ったりする人も少なくない。

 ではなぜ、自分よりも早く死んでしまうと知りながら、人はペットを飼い、愛してしまうのだろう。

「ご主人様とは、生まれた時から一緒なんですよ」

と誇らしげに犬は言う。

「新婚の夫婦に、我が子の遊び相手として、ペットショップから子犬の時に引き取られました。はじめは暴れん坊でよくご主人様を困らせた時きます。家の庭を穴だらけにしたとか、壁材をむしっただとか、ソファがボロボロになったとか。でも、ご主人様が大きくなるにつれ、私にも自覚が芽生えたのか、ご主人様のお兄さん代わりを務めさせていただいて。時にはご主人様を守ることもあったんですよ。でも、私の方がどんどん歳をとりました。たくさん愛していただきましたが、先に死んでしまうのは、分かっていても寂しいものです」

 犬はしょんぼりうなだれると、悲しそうな目をした。

「でも私は幸せ者です。ご主人様にたくさん愛していただいた思い出があります。それさえあれば他には何もいらない」

 犬は心底誇らしそうにしみじみと笑った。

 子供の頃、犬に毎日、「大好きだよ」と言って聞かせる本を読んだことがあるが、あの飼い主の言うとおり、愛情は毎日しっかり口に出した方がいいのだろう。自分より寿命が短いのなら、なおさら。いつ、犬が死んでしまうかわからないのだから、悔いが残らないようにしておくべきなのだろう。

 自分より大きかったはずの犬が、いつのまにか小さく感じて、あっという間にこんなに頼りなく、弱々しくなっていく様を、俺は見届けることができるだろうか。

 不老不死と犬と人間の関係はどこか似ているなと思った。

 なぜ愛してしまうのか、ではない。愛さずにはいられないのだろう。

 これほどまでに自分を信頼し、好意を向けてくれる相手を無碍にできようか。

 どんなに犬嫌いな相手でも尻尾を振られ、命令に従い、人懐っこく舐められれば、自然と愛が溢れてしまうのだなと思った。

 時とは残酷だ。誰にでも平等に流れるが、それゆえに残酷で鋭利だ。

「では、願いは何を?」

 俺は話を元に戻した。

「私の飼い主新しい犬を」


4

「私が開けた穴を、他の犬で埋められるとは思いません。けれど、寂しさを紛らわして、忙しさに我を忘れれば傷が少しは癒えるかもしれない。それに、一度私を失ったご主人様なら、私以上に優しく愛情深く新しい犬を大事にできると思います。その犬を見るたび、私のことを少しでも思い出してくれれば、私はそれで構いません。新しい犬を飼うことで、ご主人様の笑顔が増えるのなら」

 犬はそう言うと、穏やかに笑った。

「近々、近所に子犬が生まれます。私の孫です。私によく似たダルメシアンだそうです。その子をうちに来るように仕向けていただければ結構です。幸い、うちにはまだ、私が小さい頃に使っていたベビー用品が残っています。世話には困らないでしょう。ご主人様は反対するかもしれませんが、かまいません。ご主人様がなく顔は見たくはないのです」

 それほど難しくない願いなら、喜んでと、リヴァイヴは笑うと犬を寝かせた。

 穏やかな、安らかな寝顔だった。

 自分の心配していたことが解決して、安心したのだろう。


5

 数日後、余命通り犬は亡くなってしまった。

 眠るように、静かに息を引き取った。

 葬儀はしめやかに行われ、犬は墓に入り、花を供えられていた。お気に入りのおもちゃや、好きだった毛布、生前食べていたおやつが添えられ、犬はどこか幸せそうだった。

 そして俺たちは約束通り、最近生まれた子犬を飼い主に引き渡した。

 犬の言うとおり、最初は反対していたが、子犬に舐められて折れたらしく、かつて犬がつけていた首をネームプレートを変えてつけてやっていた。

 飼い主は葬儀の間は泣いていたが、子犬を抱えてはニコニコしていた。

 これで大丈夫だろう。

 俺たちは幸せそうな飼い主を見届けると街を後にした。


6

「オレらもさ〜、ワンチャン飼いたいよね〜」

 オレはヴォルッチにちょっと言ってみた。

 幸せそうな犬と飼い主を見て、羨ましくなったのだ。

「バカいえ、そうやって最後は俺が面倒を見ることになるんだ」

 ヴォルッチはそう言って、足早に歩く。

 確かにオレは飽きっぽいところがあるけれど。

「命だもん、ちゃんと大事に責任取るって〜」

「どうだかなー」

「散歩も餌やりもフンの始末もオレ1人でやるから!」

 オレはちょっと粘ってみるが、ヴォルッチは聞く耳を持たずだった。

「まぁ、まずは花から育ててみればどうだ」

 そういうと、ヴォルッチは花屋からバラを買ってきた。

「これをきちんと育てられたら、犬を飼うことを考えてやってもいい」

「ほんと?!ヴォルッチありがと!」

 オレはそう言って嬉々として、花の面倒を見ることにした。

 バラは今年も綺麗に咲くだろうか。

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