第3話「親心のコーヒーラテ」

1

「私の代わりにこの子親になってほしい?!」

「はい。よろしくお願いします」

 今回の死者はシングルファザー。つい先日、妻を病気で亡くし、幼い息子と2人きりで生活していたが、自分も数日後に事故で亡くなることになっていた。

 幼い息子を1人で残していくのは心残りだと、俺たちに親になることを最期の願いに選んだ。

「この子はラウと言います。まだ生まれたばかりで、私のことも認識していないでしょう。こんな幼い息子が1人では生きていません。どうか、貴方達2人に、この子の親になってほしいのです。そして、この子が立派に独り立ちするまで面倒を見てください」

と、父親はそう言って、数日後に息子を残し死んでしまった。

 かくして、俺たちの子育てが始まったのだ。


2

「育てるったって、この子にはオレたちの姿、見えないんじゃないンスか?」

 俺たちは死神になって以来、死期の近い人間にしか、姿が見えないようになってしまった。

「でもこの子、お前をみて笑ったぞ」

 俺は抱きかかえた子を覗き込んで、揺らしてみる。やはり、俺やリヴァイヴを目で追っているらしかった。

「まぁ、とにかく。子育てには備品が必要だから、買い出しに行こう」

 リヴァイヴはそう言って、買い物へと出かけた。

「ヴォルッチは赤ちゃん見ててね」

「嗚呼」

 それにしてもおとなしい子だ。赤子ってのはもっと、激しく泣いたりするものかと思ってたが、先程からご機嫌で俺の手に抱かれている。俺の手で手遊びをして、ネクタイを引っ張ったり、髪の毛をしゃぶったりしている。小さい手で一生懸命、俺を探索しているようだった。

 しばらくするとリヴァイヴが大荷物で帰ってきた。

「やっぱオレら、周りの人に見えてるよ。店員さんに声かけられたし、普通に会話もできたもん」

 リヴァイヴは驚いたように捲し立てると、買ってきたものを並べ始めた。

「今回の願いが親になる、だから見えるようになったのかもな」

 そういうと俺も備品の整理を始めようと、ラウをベッドに寝かせようとするが、俺が手を離すと泣き出してしまった。

「ありゃ。懐かれたねえ」

 仕方なく俺はラウを抱き直す。

「ヴォルッチがママだね」

「ママだぁ?」

「だって、ラウちゃんヴォルッチから離れると泣いちゃうんだもん。赤ちゃんはママが一番好きだもんね〜」

「そういうもんか」

「そうそ」

 リヴァイヴはニヤニヤすると、備品の中からおしゃぶりを出して、ラウにくわえさせた。

「これはオムツ、ミルクに、ベビーベッド、それからベビー服にお風呂、ベビーパウダーに哺乳瓶、おもちゃ、よだれかけ、これは家具につけるごっつん防止のやつ」

「色々必要なんだな」

「今のうちはねー。大きくなったらもう少し楽になるんだけど」

 リヴァイヴは手慣れた手つきで、ミルクを作り始める。コイツに子供はいたことはないが、子供好きで弟もいたらしいから、こういうことには慣れているのだろう。

 ラウに服を着せ、よだれかけをつける。リヴァイヴは出来上がったミルクを俺に渡してきた。

「ママなんだから、飲ませてあげてね」

 ニコーッと笑うと楽しそうに備品の整理を再開した。

 俺は仕方なくラウを抱え直すと、ミルクをやる。なんだってコイツは俺に懐いたんだ?

 ミルクを飲ませてゲップを出させるとラウは眠ってしまった。ベビーベッドにそおっと寝かせて、やっと解放される。

「ママも楽じゃねぇな」

「当たり前ッショ!世の中のママさんたちはそりゃあ大変なンスから。舐めちゃダメッスヨ〜。ま、オレもサポートするッスから、がんばろーね!」

 リヴァイヴはすっかりのこの夫婦ごっこが気に入ったらしかった。

 するとラウが、俺に抱っこされてないのに気がついたのか、泣き出してしまった。

 勘弁してくれ………。


3

 しばらくして、ラウははいはいを覚えた。そこらじゅうを這いずり回って、ティッシュを引っ張りだしたり、壁材を破いたりカーテンを引っ張ったりするもんだから、ベビーサークルを購入し、そこで1日の大半を過ごすこととなった。

 ベビーサークルの壁についたおもちゃに夢中になるラウを見て、リヴァイヴは楽しそうにニコニコ笑った。

「やんちゃッスネ〜。元気があって何より!」

「ありすぎるのも考えものだがな」

 俺もラウのやんちゃぶりには手を焼くが、どこか微笑ましく思う。親の気持ちとはこう言うものだろうか。

 ラウは俺の手から離れても泣かなくはなったが、やはり俺の方がお気に入りらしくて、時々、言葉にならない声で俺を呼んでは、遊ぶようにねだった。

「う〜、あ!」

 噂をすれば、ラウに呼ばれている。全く、仕方のないやつ。俺はベビーサークルに近寄り、ラウの相手をしてやることにした。

 俺がラウに食事をやる代わりに、リヴァイヴは風呂の掃除や、ラウのオムツ変え、ラウの沐浴などをすることになった。ラウはリヴァイヴのテンションがいたくお気に入りで、よくいないないばぁをさせては天使のように笑っていた。

「早く喋れるようになれるといいねぇ。最初の言葉はヴォル〜かもよ」

「どうだか。発音が難しいからな。パパとかかもしれん」

 リヴァイヴはなかなかに親バカで、ラウにデレデレだった。よくいろんな服を着せたり、おもちゃもたくさん買い与えたりしているようだった。

 俺たちの味気ない拠点に彩りが増え、あっという間に子育て世帯のようになった。悪い気はしない。

 ラウを連れてベビーカーでお散歩に行くと、よく人に声をかけられるようになった。何ヶ月なのかとか、名前はなんだとか。赤子は案外モテるものだ。

 俺たちは男同士なので、里子を迎えたカップルに見えるらしく、いろんな母親が子育ては大変だろうと、お下がりをくれたり子育てのコツを教えてくれた。ラウが夜泣きで泣き続け、睡眠不足になりかけた時は本当に助かった。俺もリヴァイヴもお手上げだったので、アドバイスしてくれた母親には足を向けて寝れない思いだ。

 リヴァイヴはそのうちカメラを購入し、ラウの写真をたくさん撮るようになった。ラウ専用のアルバムが溜まっていく。

「こういうのがあった方が大きくなった時、嬉しいッショ」

と言って、リヴァイヴは何枚もラウの写真を撮った。ラウと共に映る自分は、なんだか本当の親のようで照れ臭かった。


4

 ラウはそのうち歩くようになり、言葉を話すようにもなった。と言っても、舌足らずで、ほとんど言葉にはなっていないのだが。

 最初の言葉はママだった。

 リヴァイヴがふざけて俺をそう呼ぶのを真似たのだろう。

「あぅあ、まぁま、まま!」

 初めて話した時はとても驚いたが、ラウの成長に立ち会えたことがとても嬉しかった。

「え〜いいな!ヴォルッチ!ラウ〜オレのことも呼んで!ほら、パパだよ、パパ!パパって言ってごらん」

「はぁふぁ?」

「パーパ!」

「ぱーふぁ?」

「惜しい!パパ!」

 リヴァイヴは必死にパパを教え込んでいたが、ラウはなかなか発音できないらしかった。

「まぁまぁ、そのうち言えるようになるだろ」

 俺はリヴァイヴの必死のレッスンを遮って、ラウを抱き上げた。

 なんだか本当の我が子のように愛らしく思えてきた。

 ラウは歩くようになり、更に暴れん坊になった。目が離せないし、お散歩へ行くと興味に誘われてどこまでも行ってしまうので、お散歩紐をつけることになった。

「犬みたい」

 リヴァイヴはそう言って面白がったが、致し方ない。背に腹は変えられない。ラウが事故に遭うよりいいだろう。

 ラウはどんどん大きくなるので、食事や服もたくさん必要になった。ラウは好き嫌いが激しく、甘いものを好んだが、ちょっとでも特殊な味がするものは容赦なく口から吐き出した。

「こら、ラウ。ちゃんと人参も食べなさい」

 俺がラウの口元にスプーンを持っていくと、ラウはいやいやというように身を捩ってにんじんを投げ出した。

「こら!」

「はーいほらほら、にんじん飛行機が行くよー!ぶ〜ん」

 リヴァイヴはそう言いながらラウの口へにんじんを走らせる。するとすんなりラウは口を開けて、にんじんを食べた。

「子育てには工夫が大事!ね?」

 そう言ってリヴァイヴはウインクすると、ラウに人参を完食させた。

「えらいえらい」

 ラウを撫でると、デザートのゼリーを食べさせてご満悦の様子だった。

 本当にリヴァイヴには助かっている。コイツがこんなに子煩悩というか、いい父親になるとは思ってもみなかった。なんというか、子供と同じ目線になって、子供と全力で触れ合うので、ラウも一緒になって本気で楽しんでいるようだった。気がつくと一緒に遊び疲れて寝ていることなどザラだった。

 リヴァイヴとラウに毛布をかけて、俺は久しぶりに休息を楽しんだ。

 リヴァイヴはラウを預かるようになってから、タバコをやめた。ラウの体に悪いからだ。以前から辞めればいいのにと思っていたから、ちょうどよかった。ラウはリヴァイヴの禁煙に一役買ったのだ。

 と、ラウがぐずり出した。随分短い休息だった。仕方ない。俺はラウを抱き上げると、あやすように揺らしてやった。が、泣き止まない。おかしいと思ったら、ラウの体が異常に熱い。どうやら熱を出しているみたいだ。

 子育てにハプニングはつきもの。俺はリヴァイヴを起こすと、氷枕を出すように頼み、念の為病院にも電話することにした。

「大丈夫かな〜??」

 案外リヴァイヴの方が焦っているようで、苦しそうに息をするラウを心配そうに見つめ、自分のことのようにパニクっていた。

 医者が言うには熱冷ましを飲ませて安静にしていれば治るとのことで、シロップタイプの熱冷ましが処方された。

 ところが、これを飲ませるのに酷く苦労した。ラウはシロップの味を嫌い、口へ入れても吐き出してしまい、リヴァイヴの飛行機作戦も今回ばかりは上手くいかなかった。アイスに混ぜたり、チョコにかけたりして試してみたが、ちっとも口にはせず、困り果ててしまった。

 これを飲まないと熱は下がらない。そのうちリヴァイヴが味が嫌なら、とシロップを氷に包んで、飲み込ませる算段をとり、やっと飲んでくれた。全く手のかかる、困った息子だ。

 しばらくして、ラウの風邪はすっかり治り、元気になったラウは今まで寝てた分を取り返すように思いっきり暴れ出した。

 流石の俺もリヴァイヴも疲れ果てて、ラウにストップを呼びかけることになった。子育てとは、全く一筋縄ではいかないものだ。


5

 子育てにはじめは乗り気じゃなかったヴォルッチも今ではすっかり親の顔で、ラウが幼稚園に行く頃には面倒も手慣れたものになった。

「ラウ〜!幼稚園バス来ちゃうよ?トイレは行ったのか〜?!」

「まってー!」

「はい、いってらっしゃい」

「お友達と仲良くなー」

 俺たちはラウを送り出すと、オレはコーヒーを飲んで、一息ついた。

「ラウも大きくなったねぇ」

「まだまだガキだ。そのうち小学校に通うようになる」

「いい子に育ってよかった。小さい頃はあんなに暴れん坊だったから」

「まだまだ暴れん坊だろ」

 ヴォルッチはラウが穴を開けた壁を指差す。先日、家の中でサッカーをして、開けてしまった穴だ。

「言えてる」

 オレは堪えきれずに笑うと、コーヒーをすすった。

 ラウは最近サッカーにお熱で、オレたちは地元のサッカーチームに入れようか相談していた。ヴォルッチは、ピアノを覚えさせようとか、塾に通わせようとか言っていたが、子供にはのびのび育って欲しい。そう言うのはやりたいと言い出してからでいいだろう。まずはこの子がやりたいことを、と思う。

 クリスマスにはサッカーボールをねだられたし、誕生日にはスパイクを買ってやった。そのうち将来の夢はサッカー選手とか言い出すかもしれない。将来が楽しみだ。

 しばらくしてラウが帰ってきた。ラウは幼稚園へいくと、必ずお土産を持って帰ってくる。お土産といってもどんぐりとか、お花とか、描いた絵とか、拾った枝とか、綺麗な小石とかだ。ヴォルッチは意外にそれを大事にしていて、宝物箱に丁寧にコレクションしている。流石にダンゴムシを拾ってきた時は、元の場所に返すように言っていたが。

 ラウは虫にも興味があるようで、よく虫を捕まえては虫籠に入れ、よく観察したり絵に描いて見せたり、面倒を見ているようだった。カマキリの卵をかえしたときは、オレは鳥肌が立って、家の中に散らばるカマキリの子供急いで追い出すこともあったが、今のところラウは虫ブームに飽きないようだった。カブトムシを捕まえに行ったり、トンボと戯れたり、蝶々を追いかけたりして、外遊びをよくするようになった。元気で何よりだが、ポケットに虫や石を入れたまま洗濯に出すのはやめて欲しい。後で大惨事になったのを見つけるのはオレなのだから。

 ラウは外遊びから帰ると必ずと言っていいほど泥んこになって帰ってくるので、ヴォルッチが酷く手を焼いていた。ラウが帰ってくると、まずお風呂に入れるのはオレの役目だ。

「ママ!お土産!」

「今日はなんですか?」

「きれーな石!ママの瞳と同じ緑色なの!」

「ありがとう」

 ラウも案外キザなことをするようになったものだ。オレに似たのかな。

 ヴォルッチはそれを大事そうにしまうとおやつを出してあげる。

「手洗って来なさいね」

「はーい」

 ラウは順調に良い子に育っている。それはもう十分なくらいに。このまま何事もなく大きくなってくれればいいが。


 ラウが小学校に上がってからは、時々怪我をして帰ってくるようになった。ラウはなんでもない、転んだだけだと言うが、擦り傷ではなくアザなので、誰かにいじめられているのかも知れない。ヴォルッチがよくよく話を聞いてみると、男同士の親ということでいじめられているらしい。

「どうしたもんだろうねぇ」

 以前もいじめられている子と話したことはあったが、殴ってくる分悪質だった。ラウは大丈夫、心配しないでというが、親なのだ、しかも自分たちが原因となれば心配しないわけがない。

「ラウにはボクシングを習わせようか」

 オレはヴォルッチに提案した。相手に仕返しはせずとも、強いんだぞというアピールになるし、護身できるようになればだいぶ違うだろう。

 ラウにも相談の上、サッカーと合わせてボクシングの教室に通わせることにした。

 ラウは筋がいいようで、地域大会で優勝するようになった。その頃にはいじめも減っており、いつのまにかなくなっていた。

 一安心だ。ラウもボクシングが好きなようで、グローブを新調してもらったり、新しい靴を買ってもらったりと熱心に練習している。最近ではサッカーよりもボクシングの方が好きなようで、すっかりボールは部屋の隅におざなりになっている。

 ラウはご飯もよく食べ、よく眠るのですぐ大きくなった。その上ヴォルッチに似たのか賢く、勉強も成績がよかった。塾に行かせようというヴォルッチの提案は取り越し苦労だったらしい。いつもA +の答案を持って帰ってきては、誇らしそうに見せてくれるラウにヴォルッチも嬉しそうだった。

 ラウは運動もでき、背も高く、勉強もできたので、女の子たちからモテるらしく、ラブレターやお菓子をよく持って帰って来た。当の本人は恋にはまだ興味がないらしく、男の子たちと外で遊んでいる方が好きらしく、たいていのラブレターは部屋でほったらかしになっていた。モテるところはオレに似たのかな。

 授業参観ではよく活躍し、家庭訪問では先生から褒められ、とても立派な子に育ったと思う。一時はいじめられ、どうなることかと思ったが、順調に育ってくれて嬉しい。

 ラウを育てている間も仕事が入ったりしたので、時々家を空けることはあったが、必ずどちらが留守番をして、ラウの面倒を見ることにした。ラウは時々いなくなるオレたちを不思議がっていたが、出張だと言って納得させた。ヴォルッチは銀行員、オレはなんでも屋ということになっている。鎌が普段はペンダントになってよかった。ラウに見られたらどんな仕事をしているのか問いたださられることになっていただろう。

 ヴォルッチは赤ちゃん時代にお世話になったお母さんたちとも今でも連絡を取り合っているようで、ラウの成長を本当の親のように喜んでくれた。いまだにお下がりや料理のお裾分けをしてくれるので本当に感謝している。こんなふうに人間たちと関わり合いを持つことは久しぶりなのでとても新鮮だった。

 ラウは大きくなっても相変わらずのやんちゃぶりで服はどろんこだし、靴もよく壊すようになった。流石にもう、虫をポケットに入れて帰ってこなくはなったが、相変わらず虫に興味はあるようで、先日は蝶の標本で、自由研究の賞をもらっていた。将来は学者かも知れない!なんて、ヴォルッチが珍しく親バカを発揮していた。

 ラウは将来のどんな大人になるのだろう。どんな職業ついても、幸せになってくれればいい。なんて、一丁前に本当の親のようなことを思う。

 ラウは大きくなってもママっ子で、よくヴォルッチに甘えていた。ヴォルッチにおやすみのキスをしてもらわないと眠れないというし、ヴォルッチに撫でて!とせがむことも少なくない。思わぬライバルの出現である。ヴォルッチも子煩悩なので、ラウをよく甘やかしては、よくないと自分に言い聞かせているようだった。

「ママ〜!おやすみなさいのキスは?」

「さっきしてあげたでしょう?一回でおしまい。もう寝なさい」

「いやだぁ!ママがキスしてとんとんしてくれなきゃ寝れないよ!」

 ラヴがそう言って駄々を捏ねたり上目遣いをして泣くとヴォルッチも弱いので、渋々折れてラウのいいなりになるのだった。

 なので、ラヴが反抗期になった時のヴォルッチのショックは人一倍だったようだ。


7

「ラウ!帰ってきたら手を洗いなさい。宿題はしたの?それまで遊びに行っちゃダメだからな!」

「うるさい!!部屋に勝手に入ってこないでよ!!あっち行って!!」

「あっち、行って………?!」

「あらら」

 ラウの部屋から追い出されたヴォルッチはしょんぼりして心ここにあらずのまま、テーブルに項垂れるように腰をかけた。

 ラウは今年で中学2年生になる。まさに反抗期真っ盛りだ。ただ、相変わらず成績は良かったりボクシングもサボらず通っていて、なんの心配もないのだが、今まで自分にデレデレだったラウが、急に手のひらをかえしたのでヴォルッチもショックなのだろう。

「昔はあんなに可愛かったのに」

 ヴォルッチはそう言いながら小さい頃のアルバムをめくる。ラウが大きくなったらラウが喜ぶだろうと、撮り溜めていた写真だが、こんな形で役に立つとは。

「仕方ないッスヨ。男の子だもん。誰でも反抗期なんてあるッスヨ。それにオレの小さい頃に比べたら、かわいい方ッスヨ」

と、オレは小さい頃を思い出しながらヴォルッチを励ます。

 ヴォルッチには、それらしい反抗期もなかったので、カルチャーショックもあるのだろう。自分の小さい頃のことを思い出しながら、話してやって、ラウはまだまだいい子な方なのだと納得させた。自分が小さい頃は家出したり母親を殴ったり、暴れ回ったり、散々だったので、親に悪い態度を取るくらいならかわいい方だと教えてやる。

「あんなにいい子だったのに……」

 オレの説得もよそに、ヴォルッチは相変わらず落ち込んでいる。親になってから、意外とヤワになったもんだなぁと感心する。こんなことじゃへこたれない奴だったろうに。親になると人は弱くなるのかも知れないなぁと思う。

 そのうちラウの受験シーズンになり、反抗期がどうとか言ってられなくなった。

 ラウは地域の進学校に通いたいとのことだったので、当初の予定だった塾に通わせることにしたが、ボクシングの方が好きなようで、よく塾をサボったりもした。そんな時、怒るのは大抵ヴォルッチで、オレは側から見ているだけだったが、オレなんかよりヴォルッチの方が子煩悩な気がした。オレはどうちらかというと放任主義だから。自分で行きたいとこに自分でサボって自分で行けなくなったら、自業自得だし、自分でやったことなのだから仕方ないだろう、とオレは思うのだけど。ヴォルッチはそうも行かないらしく、熱心にラウを塾に通わせた。

 ヴォルッチがいうには、

「学歴はいくらあっても邪魔にならない」

らしい。

 しばらくして成績が落ち始めたラウもまずいと思ったのか、反省して塾にきちんと通うようになった。ヴォルッチは一安心したらしく、成績が戻りつつあるラウを甘やかした。でもラウの反抗期は治ってないから、裏目に出たみたいだけど。

 ヴォルッチのかいあってか、ラウは進学校に合格した。入学式で幸せそうに笑う2人を写真に収めることになってよかった。高校生になればラウの反抗期も終わるだろう。

 でも、ラウが高校生になったということは、ラウと一緒にいられる時間も後わずか、ということだ。

 話は15年前に遡る。


8

 ラウの父親は俺たちに、ラウの親代わりになって欲しいと願った。しかし、俺たちは不老不死だ。いつまでもラウと一緒にいることはできない。ある程度の年齢で離れなければ、歳を取らないことを不審に思われてしまうからだ。

 そこで、俺たちとラウの父親は18年を条件とした。ラウが大学生になるまで。ラウが大学に合格するところを見届けたら、お別れという約束になった。

 約束した当初は長い長い18年だなぁと思っていたが、実際過ごしてみるとあっという間だった。ラウはもう高校1年生になる。後3年しか、一緒にいれない。

 残念がったのはリヴァイヴだった。あと3年なんてやだなぁと毎日のように嘆く。俺だって嫌だ。手塩にかけて育てた息子だ。できれば結婚するまで、もっと言えば孫の顔を見るまで一緒にいてやりたかったが、そういうわけにもいかなかった。

 ラウも、なんとなく事情を察しているのか、反抗的な態度はしなくなった。1日1日を俺たちと大事に過ごすようになった。

 ラウは高校生になっても相変わらず成績劣らず、ボクシングにも熱心だった。ガールフレンドもできたようで時々めかしこんで出かけるようになった。

「女の子を泣かせないようにね」

「失礼のないように」

 俺とリヴァイヴはラウをからかうように見送るとため息をついた。

「大きくなっちゃったねぇ」

「もうすっかり大人だなあ」

「最初は育てるのすっごく大変だったのに」

「今じゃあすっかり手がかからなくなって」

「あんなに暴れん坊だったのにねぇ」

「俺が抱かないと泣いたりしてな」

「いじめられたりもして、一時はどうなることかと思ったけど」

「今じゃあすっかりガキ大将だもんな」

「勉強もスポーツも優秀な子供に育ってくれて嬉しいよ」

「離れるのが惜しいくらいだ」

「本当にね」

 リヴァイヴはいつのまにかタバコを吸い始めた。やめたはずのくせに。仕方ない。たまにはいいだろう。

 最初はどんな大人になるのだろうとハラハラしたが、その心配も杞憂で、随分立派な子になってくれた。

 本当の父親が見たら涙を流して喜ぶだろう。

「ちゃんと願い、叶えましたよ」

「充分なくらいにね」

 リヴァイヴはそういうと、寂しそうに笑った。

 そしてとうとう、ラウと別れる日になってしまった。


9

 僕の親は男同士だ。元々は父親も母親もいたらしいが、僕が幼いうちに他界してしまった。他界した父親に頼まれて、僕を預かることになったらしい。

「お前は小さい頃すごい甘えん坊だったんだぞ」

と母さんはいう。ものすごいママっ子で、ママがいないと眠れないと駄々を捏ねたこともあるらしい。今となっては恥ずかしい思い出だ。

「ものすごい暴れん坊でもあったね」

と父さんはいう。僕が壁に開けてしまった穴はまだ開いたままだ。

「熱を出したときは父さん大慌てだったんだから」

と母さんは笑った。今ではすっかり健康体で、丈夫に育った。

「いじめられることもあってねぇ」

と父さんは懐かしむように僕の頭を撫でた。男親だからってことで、いじめられていたこともあるらしい。そこからボクシングを始めて、今では地区大会優勝も何連覇もしている。

「反抗期になったときは大変だった」

と母さんはため息をついた。僕も覚えている。今では申し訳ないことをしてしまったなぁと思う。

「でもちゃんと育ってくれて。父さんも母さんも嬉しいよ」

と父さん僕の肩を叩いた。

「体に気をつけて」

「野菜もちゃんと食べるんだよ」

「彼女さん、大事にね」

「困ったらいつでも連絡してね」

「うん、ありがとう。今までお世話になりました」

 ぺこりと柄にもなくお辞儀してみる。

「それじゃあね」

 僕は荷物を持って電車に乗り込む。

「元気でね」

「達者でね」

 父さんと母さんにハグをすると、電車が走り出した。

「「「またね」」」

 僕はとても幸せな男の子だと思う。


10

「行っちゃったね」

 酷く静かになった拠点で、リヴァイヴは寂しそうに机を撫でた。ラウが座っていた席だ。

「行っちゃったなあ」

 ぽっかりと胸に穴が空いた気分だ。寂しい風が吹き抜けていく。

 俺はラウが小さい頃くれたお土産の山から俺の瞳の色をした石を取り出す。ピアスにでも加工しようか。

「お疲れ様」

「お前もな」

 俺たちはお互いにお互いを労って、拠点を後にした。

 ラウと過ごした拠点は思い出がありすぎる。次はどこに住もうか。

 街の景色の中を、もう誰にも見えなくなった俺たちは溶け込むように歩いて行った。

 さよなら、ラウ。

 かわいい息子。

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