憧れの人
………………………………
………………
「…………うん?」
暖かな日差しが顔に降り注ぎ、その眩しさに私は目を瞬かせる。
何……?
状況が分からず、一瞬混乱する。
ここはどこ?
ぼんやりと聞こえる人々の声。
背中に感じる滑らかな床の感触。
この独特な感触には覚えがあった。
あぁ、私はいつの間にか寝てしまったみたいだな。
それはいつもの日常、なんて事のない一日の一幕。
いつものように虐められ、空き教室の隅で惨めに横たわる。
そんな日常。
今日は藍澤さんたちが去った後に、横たわって現実逃避しているうちに寝てしまっていたようだ。
こわばる身体を伸ばし、身動ぎをする。
すると伸ばした足が何かに触れた。
あれ?
こんな所に物は置いてなかったと思うんだけど……
「何しているの、こんなところで?」
「それ……こっちのセリフなんだけど」
見覚えのある顔が私を見下ろしていた。
まるであの日の焼き回しみたいに。
東 吟朗、私の学友にして魔法騎士のエース。
この少年との交流の始まりも、確かこんな風だったっけ。
「寝るなら保健室に行けばいいのに」
「ここが私のテリトリーだからね」
身体を起こし、服をはらう。
この空き教室は私が掃除しているから、埃ひとつないはずだけど、一応ね。
少年はそんな私を呆れた眼差しで見ている。
その両腕に大きな荷物を抱えながら。
恐らくその段ボールに入った教材などをここに仕舞いに来たのだろう。
この空き教室は半ば物置と化しているからね。
頼んだのはどの教師か知らないが、この魔法騎士の少年は大概バカ真面目君だ。
お前は魔法騎士なんだから、教師の手伝いなんかよりやるべきことがあるだろうに。
「なになに」
彼の両手が塞がっているのをいいことに、その大きな段ボールを開け、中身を物色する。
リスニングのCDに書籍の類、刷毛やペンキは学園祭で使った余りか。
私の行動に彼は抗議の声を上げたが、構やしない。
「CDはこっちの棚、ペンキはこの箱の中だね」
「…………詳しいんだね」
「言ったでしょ、ここは私のテリトリーだから」
何度ここを掃除したと思っている。
大体の物の位置は把握していた。
私はこの空き教室のヌシだと言っていい。
そんな訳の分からない誇りに胸を張る私を、彼はやはり呆れた眼差しで見ていた。
あの日空き教室で会って以来、私たちはこうやって他愛もない会話を交わす仲になっていた。
別に人前で挨拶したり、話しかけるほどではない。
それは私たちの境遇では難しいことだ。
虐められている私は男子と会話するのは難しく、人気者の少年はやっかみを避けるため親しい女友達を作ろうとはしなかった。
だからこうやって人のいないところでだけ、私たちは友人になれた。
それがお互いにとって都合のいい関係だったから。
もし、彼に対して私が少しでも異性の顔を出せば彼は私から離れただろう。
目の前の少年はそれだけ好かれていたし、その分人気者の苦労を知っていそうだった。
でも私の精神は依然として男のそれであり、あいつを同性の友人としか思っていなかった。
今の関係が心地いから、私は今以上の関係になろうとは思っていなかった。
彼もそうなのだろうと私は思っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
パレードの軍団たちの体液で黒くぬかるんだ大地。
走るたびに飛び散るその黒色の液体があたしの純白のコスチュームを汚す。
深域に入ったカメリアちゃんたちを追うのは容易かった。
真っ直ぐ伸びる破壊の痕跡、それを辿ればいいだけだ。
後を追うあたしたちの視界の先で、閃光が瞬き遊園地を染め上げる。
ピュアアコナイトの攻撃だろう。
あたしたちはその光を目指してひたすら進んだ。
イノセントマリーゴールド、未来予知の力を持ったあの魔法少女の予言に従って、あたしたちはカメリアちゃんを助けようとしていた。
彼女の予知は概ね正しかった。
深獣はカメリアちゃんたちを脅威とみなして攻撃を仕掛けているみたいで、あたしたちへの攻撃はほとんどない。
というより、深獣はあたしたちの存在にすら気付いていないのかもしれない。
これならタイミングを見計らって不意の一撃を深獣に叩き込むことができる。
そう思っていたんだけど……
「なんか嫌な予感がする」
師匠はそう言うなり、速度を上げて一人先行してしまった。
それが今あたしたちが走っている理由。
キャンディちゃん、シアちゃん、そしてあたしは師匠に置いていかれてしまったのだ。
あの人が人の意見を聞かないのは今に始まったことじゃないけど……教え子を深域の真っ只中で置いていく?
呆れてしまう。
けど……確かに危険なのはあたしたちじゃない、カメリアちゃんたちの方だ。
脅威の矛先があたしたちに向いていないからこそ、師匠は独断先行したのかもしれない。
まぁ、あたしたちに師匠に追いつけるだけの力量があればよかったんだけど、そんなものはなかった。
特にシアちゃん、彼女はあたしやキャンディちゃんのスピードにすら置いていかれそうになっている。
無理もないよね、シアちゃんはまだ自分の感情と折り合いをつけれていない、願いをうまく抱けないでいるんだから。
でも逃げずにここまで来た。
ここに、アコナイトとカメリアちゃんがいるから。
シアちゃんの目には強い意志が宿っている、彼女はここで憧れとの決着をつけに来たんだ。
だからこそ、あたしはなりふり構わず師匠を追えずにいた。
シアちゃんの力になりたいと思ってしまったから。
彼女を置いて行くことができなかった。
「うわ!何あれ★?」
キャンディちゃんが指をさす。
前方に大きな人影が見えてきた。
巨大な黒い人型。
パレードに囲まれて、それは何かのオブジェのようにさえ見えた。
黒く揺らめく人類への脅威というオブジェ。
「人の、深獣!?」
だとするとあれの脅威は計り知れない。
カメリアちゃんたちはあんなものと戦っていたんだ。
深獣を囲むように展開したパレードの軍団、多分カメリアちゃんはあの中だ。
あたしたちはそのまま敵の中に突入しようとして……
紅い斬撃が煌めいた。
「師匠!」
銀の大鎌が敵を粉微塵にして私たちへと道を作る。
その道を駆け抜け、あたしたちは仲間たちと合流した。
深獣と戦う仲間。
その魔法少女たちは傷つき、数をずいぶん減らしていた。
「あ、れ…………カメリアちゃん、は?」
「アコナイトがいないみたいだけど……」
あたしが助けたかったカメリアちゃんも……
シアちゃんが決着をつけたかったアコナイトさんも……
その姿が見えなかった。
顔が強張るのを感じる。
そんな、間に合わなかったの?
カメリアちゃんを助けるため、ここまで来たのに。
肝心のカメリアちゃんがいない。
じゃあ、何のためにあたしたちはここまで来たの?
予知はどうなっているの?
「…………あ」
そうしてあたしは見た。
師匠の足元に横たわるオレンジ色の魔法少女だった残骸を。
それはひどく傷つき、けれどどこか満足げな表情をしていた。
な、んで?
あなたは未来が見えるんでしょう。
自分が死ぬのを分かっていたの?それを知っていてこの作戦に参加したの?
あたしたちをここまで導いた予知の魔法少女、その死があたしを動揺させる。
この今は、果たして彼女の予言通りなのか?
「マリーゴールドは……私たちの可能性に未来を託した」
マリーゴールドを見つめていた、紅い魔法少女が大鎌を構える。
彼女の瞳にも、決意が宿っていた。
「だから、勝つ、そして助ける」
そう言うと彼女は獣へと切り掛かった。
助ける…………助けれるの?
あたしの決意はぐらついていた。
「ねぇ、二人はどこ?」
弱気になったあたし、でもそれとは対称にシアちゃんの目は揺らいでなかった。
彼女の問いに少女たちは目を逸らす。
でもアカシアは答えてくれた。
「カメリアはあの深獣に喰われてしまった。アコナイトも、パレードに飲まれてしまって、恐らくもう……」
やっぱり。
アカシアちゃんが教えてくれた事実が重くのしかかる。
あたしたちは間に合わなかったんだ。
予言とは異なる未来を引いてしまったのかもしれない。
「ふーん」
でもシアちゃんの目はやはり揺らがなかった。
「じゃあ、まずアコナイトを助けましょうか。師匠とアコナイトの力を合わせればカメリアを救出できるでしょ」
シアちゃんは迷いもなくそう言い切った。
二人とも、もう救出は絶望的だと告げられたのに。
「一度は私が憧れた魔法少女よ。こんなところで死んでいる訳がない」
そうか。
あんなに裏切られて、失望したのに。
それでも……あの人のことを信じているんだね、シアちゃん。
「もちろん手伝ってくれるわよね、リリィ」
信頼に満ちた声音。
チームメイトが私を頼っている。
願いを汚されたから、シアちゃんを助けてあげなきゃって、思っていた。
でもシアちゃんはあたしが思っていたよりも、ずっと、ずぅーーっと強いんだね。
「もっちろん!!」
大きな声が出た。
私の決意をぐらつかせていた暗い感情なんてどこかに行っちゃった。
そうだよ、カメリアちゃんを、私たちの友達を一緒に助けよう!
きっとまだ間に合う。
―――――――――――――――――――――
自分を嫌いになったのはいつからだっただろう?
アコナイトという花はぼんやり考える。
軋む音に包まれながら。
藍澤恵梨香という人間は双子としてこの世に生を受けた。
自分の半身と育ち、生きてきた。
その時は、まだ幸せだった。
私にとっては。
私は出来の良い子供だったから……
失った腕、それを嘆くように血が流れ続ける。
無限の魔力を手に入れたはずだったのに。
今はもう、自分の中に魔力を感じない。
あるのは自己嫌悪の渦と、わずかに残る使命感だけ。
軋む音が大きくなり、私を包む光の盾に亀裂が入る。
私は何をしているのだろう?
深獣が私の罪を見せつけた時、私の心は折れた。
戦う意思を失い、ただの木偶の坊に成り下がり、そのまま私は終わるはずだった。
でも私はまだ存在している。
自分の腕に抱いた重みを感じる。
紫色のコスチュームを纏った魔法少女。
私の横に残った唯一のチームメイト、バイオレットクレス。
役立たずと化した私を守ってくれたのは彼女だった。
戦いもせず惚ける私を庇いクレスは戦った。
もう全てを終わらせようと思ったのに、私は彼女を見捨てることができなかった。
圧倒的な戦力不利によって倒れ伏す彼女を見て手を伸ばしてしまった。
私の元に残った彼女が命を散らす様を見ていられなかった。
彼女を抱きしめ、残った魔力を振り絞り光の盾を周りに形成する。
私の最後の足掻き。
その光の盾は敵の攻撃により大きな亀裂が入り、もう長くは持たない。
死期を少しずらしただけ、何の意味もない抵抗だ。
腕の中のクレスの鼓動はどんどん弱まっている。
傷が深いのだろうか?
頼むから私よりも先に死なないで欲しい。
もう、仲間を失うのは嫌だ。
息を深く吐く。
大きな音を立てて、また盾に亀裂が入った。
「全部台無しだね、お姉ちゃん」
うるさい。
頼むから静かにして欲しい。
最後の瞬間ぐらい仲間と、静かな場所で眠るように逝きたい。
それとも、そんなことが許されないくらい私の罪は深いのだろうか。
強くまぶたに力を込めて目を閉じる。
もう何も見たくないし聞きたくない。
「…………日向」
真っ暗な視界の中で、浮かんできたのは私の虐めた少女。
あんな酷いことをしたのに、彼女は私を助けようとしてくれた。
優しい人。
私のような紛い物じゃない本当の正義のヒロインだった。
でも、深獣に喰われてしまった、私のせいで。
「ごめんなさい」
謝罪が口から漏れた。
許してもらおうなんて思っていなかった。
許されるはずなんてないと考えていた。
でもそんな言い訳なんてせず、ちゃんと彼女に面と向かって謝るべきだったかもしれない。
彼女を失う前に。
今更、謝ったってなんの意味もない…………
「謝るのなら、本人の前でしたらどう?」
「……え?」
声がした。
亡霊のものじゃない、生身の声が。
目を開ける。
光の盾の向こう、誰かが戦っていた。
青い魔法少女。
知っている、覚えている。
私に憧れていると、キラキラした瞳で見つめてきた少女。
「ハイド……ランシア?」
憧れを壊さないでと、悲痛な瞳で見つめてきた少女。
それが、私の目の前にいた。
「それとも、私の憧れた魔法少女は自分の罪とも向き合えないほどの弱者なのかしら」
彼女の持つ水の短剣が敵を切り裂く。
なんで……?
なんで私を助けるの?
カメリアもクレスも……あなたも、私に助けるだけの価値なんてないのに。
私は地面に這いつくばるだけの愚図なのだから。
「そう、ね。私は卑怯者で弱者よ……失望したでしょ」
「ええ。失望したわ」
私の言葉にハイドランシアは躊躇いもなく肯く。
お前には失望したと。
当たり前のことなのに、それに傷つく自分の図太さが笑える。
否定して、慰めてもらえるとでも思っていたのだろうか。
「私のチームメイトを傷つける、大事な作戦で負けるこの為体、失望するには十分ね」
「……うん」
言い返すことなどできない。
私はそれだけのことをした。
恨んでくれてもいい、それなのに、あなたは私を助けるんだ。
「でも、あの日私を守ってくれたのはあなた。あの日私が憧れたのは……確かにピュアアコナイトだった」
…………そうだね。
深獣から守った一人の少女。
その純粋な憧れを私は覚えている。
それを嬉しく思ったことも。
「あの日私が見た憧れは偽物なんかじゃない!あの時私を守った魔法少女に私は光を見た」
自分に言い聞かせるように彼女は口にする。
あの日の輝きを探すように、少女の瞳が私を捉える。
「人を守る魔法少女になりたいと思った。かつてあなたがそうだったように」
だから私を助けるんだね。
仲間を、あなたを傷つけた存在でも守る。
そんな魔法少女があなたの憧れなのね。
今の私とは程遠い。
今の私は傷つけて裏切ってばかりだ。
「だから!」
少女が私へと手を伸ばす。
震える、頼りない手。
私と外界を隔てる光の盾の向こうから、私へと。
「あなたに知って欲しい、私の願いを。そうして思い出して、あなたの本当の正義を」
残った左腕、伸ばした指先が触れ、私を守っていた盾が崩れ落ちる。
ハイドランシアが私の手を取った。
暖かい手から彼女の願いが流れ込んでくる。
それは魔力としては、貧相なものだった。
もともとミスティハイドランシアは魔法少女の才能のない少女だ、魔力量はそんなにない。
だから、カメリアの無限の魔力と比べれば、それは全く意味のない魔力だった。
でも彼女の願いは、私の中の何かに触れた。
大事なもの。
今まで忘れてしまっていたもの。
私自身の願い。
そうだ、私も…………
……………………………
…………………
……
「魔法少女になりたい。あなたのような!」
学校の帰り道だった。
突如として発生した深災に巻き込まれた私を救ってくれた魔法少女。
可憐なコスチュームに身を包み、人々を守るその姿に、当然のように私は憧れた。
だから、私を助けてくれた少女にそう告げたのだ。
あなたのようになりたいと。
「……………………」
でもその魔法少女は私の言葉を聞くと顔を歪めた。
まるで嫌なことを聞いた、という風に。
私を助けてくれた時は優しい目をしていたのに。
「あなたは、ならない方がいいよ、魔法少女に」
そう告げ、去っていく魔法少女。
純粋な憧れを告げただけなのに、拒絶された。
それがなぜか私には分からなかった。
幼い私はただ戸惑うばかりだった。
真実を知った今なら分かる、彼女は純粋に私に魔法少女になって欲しくなかったんだ。
魔法少女フレアカレンデュラ、私が憧れた正義のヒロイン。
彼女は決して強い魔法少女ではなかった。
魔法少女の中では新参者で、実力不足。
憧れの対象としては他の魔法少女が相応しかったのかもしれない。
それでも私にとっては彼女が一番だった。
あの日私を助けてくれたのは彼女だったのだから。
たとえ拒絶されたとしても、舞うように戦うその緋色の魔法少女に私は憧れた。
彼女の活躍をテレビに齧り付いて見ていたのを覚えている。
そんな私を見つめる双子の妹の瞳がひどく濁っていたことに、私は気付けなかった。
妹がなぜ私のように魔法少女に憧れないのか私には不思議だった。
察しの悪い私は、その妹こそが魔法少女フレアカレンデュラなのだと、分からなかった。
分かるはずもない。
魔法少女のコスチュームには認識阻害の機能が備わっているのだから。
ううん、それは言い訳かもしれない。
気付けるヒントはいくらでもあった。
一人で遊びに行くことが多くなった妹、いつも暗かったその表情が明るくなったのには気付いていた。
でもその理由だけが分からなかった。
不思議だった、私ではあの子を笑顔にできなかったから。
出来の悪い子。
それが、両親が妹に下した評価だった。
ピアノ、算盤、英会話、私たち双子は将来を期待されて様々な習い事へ通わされた。
双子として、同じだけの勉学の機会を与えられた。
でも、大成するのはいつも私だけだった。
妹はいつも平凡な結果。
なぜ私のようにできないのか、妹はそう両親から叱られていた。
いつも自信のない暗い顔をしているあの子に笑って欲しくて、私は色々したけど彼女の顔は晴れなかった。
だって妹の憂いの大本は私という存在そのものなのだから。
そんな妹がある日を境に明るくなった。
その理由が魔法少女になったから、なんて私には想像もつかなかった。
何をしても姉以下、そんな存在だった妹は魔法少女というアイデンティティを手に入れた。
姉の劣化品ではなく魔法少女フレアカレンデュラという自分を手に入れた。
フレアカレンデュラでいる限りは、姉と比べられることはない。
あの子にとってそれは束の間の安息だったのかもしれない。
『あなたは、ならない方がいいよ、魔法少女に』
私にそう告げた時、妹は何を思っていたのか。
今なら分かる。
妹は私に魔法少女になって欲しくなかった。
せっかく手に入れたアイデンティティを壊されたくなかったから。
私が魔法少女になることによってフレアカレンデュラまで私以下になることが怖かったんだと思う。
でも私は魔法少女に憧れてしまった。
蛇が私を見つけた。
魔法少女ピュアアコナイト。
蛇の契約精霊に見染められた白金の魔法少女。
膨大な魔力に共魔の力を持った私は魔法少女になってすぐに頭角を現した。
フレアカレンデュラなんて置いてけぼりにして。
妹の儚い安息を粉々に破壊して。
なのに私はあの人みたいになれたって無邪気に喜んでいた。
私と妹、そのどうしようもないすれ違いが埋まることはなかった。
フレアカレンデュラはピュアアコナイトと交わることはなかった。
カレンデュラは魔法少女となった私を徹底的に避けた。
そんなこと意味ないのに。
魔法少女に認識阻害は効かない。
魔法少女となった私はもうあなたの正体を知ってしまった。
でもあなたが私の妹だったからって関係ない、あの日の憧れは確かに本物だった。
そこに優劣なんて存在しない。
それに私は嬉しかったんだ、あの子がフレアカレンデュラで。
でも、その気持ちは最後まで伝えることはできなかった。
フレアカレンデュラは死んだ。
自分のアイデンティティを守ろうと、私に負けまいと無茶をして。
自分を嫌いになったのはいつからだっただろう?
彼女の死を伝えられた時?
違う。
もっと最初。
あの子が叱られて泣いてるのを見て、私は叱られなかったと微かに安堵を感じた時。
私は心底自分が嫌いになった。
私は出来の悪い子じゃない、だけど屑だ、どうしようもなく屑だ。
フレアカレンデュラがあの子だって知った時、私は本当に嬉しかったの。
私はあの子にとっていい姉じゃなかった。
それなのに、助けてくれた。
その優しさに、私はいっそう惚れ直したんだ、フレアカレンデュラという魔法少女に。
強さなんて関係ない、あなたは優しい人で私の憧れ。
私もそんな魔法少女になりたいと思った。
思っていたのに。
その憧れを伝えたかった人はもういない。
どうして忘れてしまったんだろう。
憧れの面影を。
あの子が深淵に飲み込まれて、私はそれを助けようとした。
魔法少女の願いを背負い、その願いに押し潰されてしまった。
自分がどうして魔法少女になったのか、そんなことさえ思い出せなくなっていた。
そして憧れに背いて、日向を傷つけた時、私は自分の願いと決別した。
でも…………
私だって。
憧れていた。
憧れていたんだ。
「私だって……人を守る、魔法少女に!!」
ハイドランシアからもらった憧れが、私の胸の中で爆ぜる。
黒く染まったコスチュームに、小さな青い花が咲いた。
魔力なんてもうないと思っていたのに。
願いは確かにそこにあった、私が忘れていただけで。
私の指先から閃光が放たれる。
青くてどこか暖かい光だった。
それはレッドアイリスと対峙する深獣を包み込むように瞬くと…………
その巨体の両腕を消しとばした。
黒い巨体がバランスを失い、ぐらりと傾く。
「今だ!!」
アイリスの叫びと共に、魔法少女たちが動く。
大鎌が、クレイモアが、銃弾が、矢が、短剣が、槍が。
それぞれの武器が閃いた。
魔力が炸裂し、黒い巨体が膝をつく。
「カメリアちゃん!今、助けるから」
純白のシルエットがその巨体へと駆けていくのが見えた。
―――――――――――――――――――――
どこかで、誰かの声が聞こえた。
「あれ?」
「どうしたの」
声の居場所を探すように、辺りを見渡す私へ少年が首を傾げる。
なんだか聞いたことのある声だったような気がするんだけど。
大事な人の声、忘れちゃいけない声。
「声が…………」
「声?サッカー部かな」
空き教室、放課後、いつものなんてことのない日常。
確かに、窓の外からは運動部の声が聞こえてくる。
でも、さっき聞こえたのはそう言った声とは違った。
何か心がざわついた。
何かに呼ばれた気がした。
片付けていた教材が手から滑り落ち、大きな音を立てる。
「行かなきゃ……」
「どこに?」
どこだろう?
分からない。
学校が終われば私は真っ直ぐ家へ帰るだけだ、用事なんてない。
私は帰宅部エースだからな。
でも…………
今確かに呼ばれた気がしたんだ。
窓の向こうに白い何かが一瞬見えた。
見覚えのあるような純白。
「カメリアちゃん!!どこ!?」
女性の叫び声と共にガラスが砕ける。
甲高い音、辺りに散らばるガラス片。
窓ガラスを突き破ったのは純白の槍だった。
知っている、見たことのある槍。
「仲間が呼んでるから」
そう口にした私の服装はいつの間にか学校の制服から黒い和服へと変化していた。
多分、最初から制服なんて着ていなかったんだ。
私がここを学校だと思い込んでいたように、目の前にあるものは全部嘘だ。
窓の向こうには校庭が見えるのに、槍が砕いた窓の外には暗闇が広がってる。
あの先には、あの遊園地が広がっているのだろう。
私は戻らなきゃいけない、あの戦場に。
「もう少し、思い出に浸ってくれてもいいのに」
窓の外を覗く私の背後から声がかかる。
私の友人の声。
学生時代に戻って彼と親交を深めるのは確かに楽しいことだった。
でもこれは現実じゃない。
彼は…………
「東 吟朗はもういない」
「そんな悲しいこと言わないでくれよ」
私の背後で、何かが言う。
「僕はずっと君に会いたかった。あれに喰われてからも、ずっと……ずっと」
振り返ると、そこにはもう彼はいなかった。
ただ、ぐずぐずに爛れた赤い残骸が漂っていた。
「東なのか?」
「さぁ、もう分からない。僕の多くは深獣に取り込まれ、入り混じってしまった。でも、最後に一目でも君を見たかった。その一心で抗い続けてきた」
赤い残骸が私の頬を撫でる。
それはもう人の形すら保っていなかった。
でもひどく懐かしい感じがした。
懐かしい友人の気配。
この世界は深獣の作った幻なのかと思った。
私を取り込むための、甘い罠だと。
でもこの懐かしさは、確かに本物だった。
もしかして、彼はずっと耐えていてくれたのだろうか。
私に会いたくて。
「こんな所にいたの?正義のヒーロー…………」
君が助けてくれないから、私はこんな所にまで来てしまったよ。
―――――――――――――――――――――
君は友人と再会するだろう。それまでに保留していた答えを出しておいた方がいい。
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