紅い花
悲鳴が聞こえる。
苦痛に歪んだ女性の悲鳴。
…………誰?
紅い花が……咲いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
陽気なピエロたちが光によって弾け飛び、地面に中身をぶちまける。
最強の魔法少女が仲間たちを引き連れ、パレードをひき潰しながら前へと進む。
敵の体液でぬかるんだ地面での行進は想像以上に私たちの体力を削っていた。
少女たちのブーツやソックスは黒く染まり、気味の悪い虹彩を放っている。
私みたいに暗い色合いの魔法少女はまだマシだけど、鮮やかなカラーの魔法少女たちは汚れが目立ち、残念な様相になっていた。
そんな行進の中、私はいまだに陣形の中央で守られているままだ…………とはいえ流石に攻撃には参加していた。
金魚たちの半分を魔力の補充へ、もう半分を仲間たちのサポートに。
半分程度であれば攻撃に回しても魔力回復にはお釣りがくる。
アコナイトが魔力を補充する頻度が少なくなったからできる芸当ではあるのだけど、そうやって私も戦闘に参加していた。
進めば進むほど深域のパレードたちの攻勢は激しくなっていく。
恐らく、もう深獣が近いのだろう。
後もう少し、そう言い聞かせながら私たちは疲労を押し隠し、前に進み続けていた。
「ごめんなさい、少しの間頼むわ」
アコナイトが前線から下がる。
魔力補充、この瞬間が一番危険だ。
心なしかパレードの攻撃もこのタイミングで激しくなっているようにさえ感じる。
アコナイトが魔力を補充している間は前線を維持できない、だから他の魔法少女たちが陣形が崩れないように守る必要がある。
こちらは疲労が蓄積し、魔力も減り続けていると言うのに、敵の攻勢は激しくなり続けている。
後何回魔力を補充できるのだろうか?
陣形を維持する魔法少女たちの負担はどんどん大きくなっていた。
「アコナイト…………」
満身創痍なのは前線を維持する魔法少女たちだけじゃない。
私の手を取る黒金の魔法少女、アコナイトもボロボロだった。
別に彼女が攻撃を受けて傷ついたわけじゃない、彼女の行使する膨大な魔力に身体がついていってないんだ。
普段の何倍もの力を振るう彼女の腕はあちこちに痣ができ、綺麗だった白いネイルも割れてしまっている。
黒い体液に濡れて痣が分かりづらいからみんな気付いていないかもしれないけど、この中で一番疲弊しているのはアコナイトだ。
「どうしたの?日向」
それなのに彼女はあのいつもの微笑みを浮かべ、なんでもないように振る舞っている。
痛みを感じているはずなのに、辛いはずなのに。
「ふふ、あらそう?大丈夫よ、あと少しだわ」
まただ、私は返事をしていないのにまるで返事があったかのように彼女は言葉を返した。
私をカメリアではなく日向と呼ぶことといい、彼女はどこかおかしくなっていた。
微笑みはそのままだけど、瞳孔は濁り、その大きな瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど開き切っていた。
「あ……」
私が何か言葉を投げかける前にアコナイトは手を離し、前線へと戻って行った。
誰もいない空間へと微笑みかけながら。
あれが、最強の魔法少女?
私には自我の崩壊した戦闘マシーンにしか見えなかった。
このままでは、彼女は自分が壊れていることすら自覚できずに戦い続けるだろう。
それが幸せな結末にたどり着くとは思えなかった。
やっぱり、どうにかしなくちゃいけない。
たとえ、相手があのアコナイトだったとしても、あんな風に壊れるのは許容できない。
私を虐めた相手だからといって見捨てられるほど腐ってはいない。
それに、彼女がああなったのは間違いなく私の願いのせいなのだから。
そうアコナイトの背中を見ながら決心を決めていると、私の視界がオレンジに遮られた。
「何をしようとしているのかな?カメリア」
予知の魔法少女が視界からアコナイトを隠すように私の前に立った。
警戒するような瞳がまた私を捉える。
なんだ?
私が最初にアコナイトを心配した時も、彼女はこうやって私を見ていた。
私の動きを観察するような眼差し。
私がアコナイトを助けようとすることに何か不都合なことがあるのだろうか?
「別に、人助け……何か悪い」
それが魔法少女の仕事でしょ?そういう思いを込めて彼女を睨み返す。
私は何も間違っていないはずだ。
アコナイトは間違いなくまともな状態じゃない。
助けが必要なんじゃないかな。
「だぁぁぁめ!だよ。君が攻撃に参加していることだって私は納得していないんだから」
汚れのない綺麗な顔が私の前に迫る。
顔が赤くなるのを自覚しながらも、私は彼女を睨み返した。
やはり私が動くことを彼女はよしとしない。
彼女にとってあのアコナイトの状態が望ましいとでもいうのだろうか?
彼女は未来を予知できる、ということはアコナイトがこんな風に傷つくことも分かっていたということだ。
それなのにこうやって彼女はその未来を容認し、アコナイトを狂わせ、今私がそれを助けようとするのを止めようとしている。
もっと、誰も傷つかない未来があったのではないのか?そう思わずにはいられなかった。
「ほら、そうやって僕を睨む、いつもそうだ。未来を知っているくせに、何故それを許容すると私を責める目だ。いいかい見える未来は幾千通りでも、選べる今は一つだけだ。リハーサルなんてない。失敗しても後戻りはできない、選択し続けなくちゃいけない」
「その結果が今だと?」
その選択の犠牲者が、アコナイトだとでも言うのか。
そうやって自分では戦いもせずに、上から指示を出して……仕方がないことだと自分に言い聞かせるのか?
このままアコナイトがボロボロになりながら戦い、私の願いで狂っていくのを黙って見ているのか?
「人を助けるために、人を傷つける。そんなのは間違っている。たとえ結果が最悪なものでも、私は助けるために戦ったと、後悔しない自分でありたい!」
今からだって遅くない。
私の願いで彼女を狂わせるのではなく、彼女の横で一緒に戦うんだ。
無限の魔力がなくたって、みんなの力を合わせてどうにか戦い抜く。
間違っていたとしても、それが正しい道のはずだ。
「君はアイリスと同じことを言うんだね」
羨むような嫉妬するような色の瞳。
ため息が一つ、マリーゴールドの口から漏れる。
でも……マリーゴールドが目を瞑って、次に目を開けた時にはその瞳の色は変わっていた。
決意した色だった。
「間違っていたとしても、幸せな未来を迎えるのはこちらの方だ。君を…………」
いかせはしない。
そう続けたかったのだろう。
でも、彼女の言葉は中途半端なところで途切れた。
「…………?」
視線が私から水晶へと移される。
見開かれる目、私との口論を中止せざるを得ないものが映っていたどでもいうのだろうか。
彼女の意識は完全に私から外れていた。
「死んだ……?なんで……」
え?
死んだ……
誰が?
未来の何を見たのか、彼女の顔がさっと青ざめる。
そして何かを探るように彼女の目線があたりを彷徨った。
「マリーゴールド」
その時、一人の魔法少女が私たちのところまで後退してきた。
見覚えのある黄色いマント、私もよく知る魔法少女パステルアカシアだ。
「何か様子が変だ、予知はどうなっている?」
その言葉に私も周りを見渡す、戦う魔法少女と不協和音を奏でるパレードたち。
私には違和感を感じられない。
サポートにまわしている金魚たちも、何も異変を察知できていない。
でもアカシアは私なんかよりもよっぽど経験豊富な魔法少女だ、それにマリーゴールドが予知で何かを見た。
何かがおかしい。
警戒するには十分な情報だ。
深域から魔力を吸収させていた金魚たちも、仲間のサポートに向かわせる。
そうしたおかげで、私は異変に気がついた。
アコナイトが突出しすぎている。
パレードをなぎ倒すように進むアコナイト、彼女と私たちの間にパレードの軍団が突進し、アコナイトが前線からどんどん孤立していく。
これではアコナイトが孤立無援になってしまう。
それだけじゃない、最強の支援を受けられない私たちもどこまで戦い続けれるかどうか危うい。
他の魔法少女たちはアコナイトの強さを知っているから心配などしていないだろう。
でも私は彼女がとても危うい精神バランスで戦っているのを知っている。
そしてマリーゴールドが先ほど漏らした言葉。
心を読むというこの深域がアコナイトに狙いを絞ったのだとしたらまずい。
私たちがもたもたしている間にアコナイトはどんどん離れていく。
大きなマスコットたちのシルエットに隠れ、彼女の姿が視界から消える。
アコナイトが危ない。
「アコナイト!!」
先ほどまで私を遮るように立ち塞がっていたマリーゴールド、今は私から注意を逸らしている。
私を止める人はいない。
走りながら手をかざす。
紅い花が咲き誇り、私の周りに渦巻く。
「いけ!!」
渦巻く花びらが私の前方へと集まり、傘へと姿を変える。
私は傘を盾にパレードの軍団へと突撃した。
一拍遅れてマリーゴールドの私を呼び戻す悲鳴じみた声が聞こえてくる。
でも、もうその時には私は敵の大群の中へ突入していた。
マリーゴールドの手の届かぬところへと。
「アコナイト、どこ!?」
傘を盾に、アコナイトが見えていた方向を目指して突き進む。
私の傘は触れた敵の魔力を奪う、だから魔力で構成された深域そのものであるパレードの軍団も無力化できる。
でも、それができるのは傘をさしている方向だけだ。
今私の背中は全くの無防備だった。
一応背後にも金魚を侍らせているけど、物量で攻められればあっという間に敗北が待っていることだろう。
だからこそ、私は止まれない。
ピエロやダンサー、マスコットをなぎ倒しながら前に進み続けなければいけない。
止まってしまえば無防備な背後を攻撃されてしまうから。
そうやって敵の大軍の中を突っ切って進む私は前方に光を見た。
閃光がパレードをなぎ払い、前方が開ける。
視界の先で光を纏ったアコナイトが悠然とたたずんでいた。
「どうしたの、カメリア?」
いつも通りの微笑み。
真っ黒に染まった彼女はそれでも平然と戦い続けていた。
ボロボロの身体で、願いに狂わされ続けながらも。
「あなたを……助けに来た」
あなたが、私の願いで苦しんでいるから。
魔法少女たちの願いを背負って、そのせいで苦しんでいるから。
その苦しみを私に打ち明けてくれたから。
だから私が、それを止めに来た。
黒い体液で濡れる地面を蹴ってアコナイトに駆け寄る。
私が歩いた足跡に紅い花が咲き誇る。
黒に染まった不気味な深域で二人の黒い魔法少女が向かい合った。
目の前の少女はかつて私を傷つけた。
そのことを許すことは、できない。
でも、私はあなたに苦しんで欲しい訳じゃないんだ。
あなたに苦しめられたから、私はあなたに苦しんで欲しくないって思うんだ。
私は痛みを知っているから。
アコナイトの手を握る。
「あなたは、戦わなくていい。苦しんでまで、守らなくていい」
戦わなくていい。
私がレッドアイリスにかけてもらえた言葉。
その言葉を言ってもらった時、私は本当に嬉しかったんだ。
私はアイリスみたいに頼もしくはないかもしれない。
それでも、私がこの言葉をもらえた時の安心感が、十分の一でも彼女に伝わればと思う。
あなたは確かに星付きの魔法少女で、みんなの憧れる正義かもしれない。
でもその前にあなたはまだ14歳の小さな女の子なんだよアコナイト。
そんなに一人で背負う必要はないんだ。
「カメリア……」
黒金の魔法少女の瞳が揺らぐ。
「あなたは……やっぱり優しいのね」
―――――――――――――――――――――
光剣を振るう。
目の前の雑兵たちが弾け飛び、その体液が私へと降りかかる。
荒い息が口から漏れた。
もう何度、この剣を振るっただろう。
無限の魔力を行使して限界以上の力を引き出す腕は先ほどからずっと痛みを訴えていた。
腕だけじゃない、全身が無限の魔力に悲鳴を上げている。
それでもこの剣で、光線で、敵をなぎ払い続けなければいけない、私はピュアアコナイトなのだから。
今も、笑顔で
早く消えろと、お前は人を傷つけ悲しみを生み出す癌なのだと。
あの子は私を許してはくれない。
だから、身体が悲鳴をあげようと、心がひび割れようと、私は止まることを許されていない。
何処かから声が上がった。
誰かを引き止めるような叫びが、後ろから聞こえる。
振り返るけど、仲間の姿は見えなかった。
前にも後ろにも気味の悪い笑顔を浮かべた敵の姿ばかり。
いつから私は一人で戦っていたのだろうか。
いつの間にか私は孤立していた。
みんなと合流しなければ、そう思い剣を握り直す。
「アコナイト、どこ!?」
その時声が聞こえた。
私を呼ぶカメリアの声、彼女が呼んでいる。
その声を聞いて首を締める
どこ?
近くから声は聞こえた。
彼女が私を探している?
「あなたを……助けに来た」
助けに、私を?
その言葉に私は首を傾げる。
なんで……私に助けなんて必要ないのに。
私は最強の魔法少女で、星付きなのだから。
それに、あなたは私を恨んでいるでしょう?
あなたの願いの中で見た私は醜悪に歪んでいて、理不尽な暴力の化身だった。
消えて欲しいんだって、そう思っていることを私は知っている。
だって私があなたに与えたような苦しみを世界から根絶する、それがあなたの願いだものね。
そんなあなたが私を助けるの?
ねぇ、なんで?
光剣で纏わり付く敵を切り裂き、カメリアを探す。
私を助けるなんて言葉は信じられない、きっといつもの亡霊の戯言だ。
でも、それが本当であって欲しいと思う自分がどこかにいた。
カメリア、あなたは私が嫌いなんでしょう?
敵を両断し、道を切り開いた先、そこに彼女はいた。
「あなたは、戦わなくていい。苦しんでまで、守らなくていい」
私がずっと欲しかった言葉。
苦しくて、辛くて、私の肩にのし掛かる責任や仲間の死に耐えられない夜、私が渇望した言葉。
それが彼女の口から私へと贈られる。
彼女の目の前に立つピュアアコナイトへと。
………………あれ?
なんで私はあそこに立っていないの?
あそこに立っているのはだぁれ?
私がもらえるはずだった言葉を受けとっているあの黒金の姿は何?
混乱で私の頭は思考を停止する。
「あなたは……やっぱり優しいのね」
私の姿をした何かが微笑む。
誰?誰?誰?
やめて、取らないで、それは私のための言葉よ。
「あなたが底抜けのお人好しでよかったわ」
それは、あの日の焼き回しの様だった。
私の姿をしたそれが、縦に裂ける。
二つに裂けたそれはまるで口のように大きく開き…………優しい少女を飲み込んだ。
「あああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっっ!!」
悲鳴が私の口から放たれる。
私の大切なものを飲み込んだあの何かが、また私から大切なものを奪った。
あの時とは違うはずなのに。
私は無限の魔力を手に入れたのに。
少女を飲み込み、ぶっくりと太った何かがこちらを向く。
笑っていた。
ぱんぱんに膨らんで歪んだ私の顔で。
「かえせぇぇぇぇえええっ!!」
剣を振りかぶって我武者羅に突撃する。
大丈夫!中身のカメリアに傷はつけない。
外装の深獣だけ切り裂いて、彼女を助け出す。
出来る、私には出来る!
それだけの経験と、力と、無限の魔力が今の私にはある!!
私には、その敵を切り裂く覚悟があった。
覚悟なんて最初から決めていた。
銀狼がこの深獣に飲み込まれたあの日から。
たとえこの化け物がどんな姿をとろうと、私は攻撃を止めない。
愛した妹になろうと、愛する少年になろうと。
私はこいつを叩き切る。
「また私を傷つけるの?」
その化け物が姿を変えたのは、私の罪だった。
私の罪が、傷つけた無垢なる犠牲が顔を歪める。
「また私を虐めるのっ!!」
私は、こいつを……叩き…………切っ…………
「許さないっ!私はお前をゆるさないい゛い゛い゛!!!!」
覚悟はしていた。
覚悟はしていたはずなのに…………
私は耳を塞いで啜り泣いていた。
だってそれは私が彼女の願いの中で見た紛れもない本音だったから。
バッッツン!
何か硬質な音がした。
悲鳴が聞こえる。
苦痛に歪んだ女性の悲鳴。
…………誰?
だぁれ?
どうしてそんなに苦しそうなの?
あぁ…………
私か。
苦痛に喘いだ悲鳴が私の唇から漏れ出る。
それをまるで他人事のように私は感じていた。
何かが宙を舞う。
すごく見覚えのある何か。
それは水音を立てて地面に転がった。
黒い体液で濡れたそれを、私の瞳が追いかける。
いつも見ていたもの。
そうだ、あの白いネイルは今朝私が塗ったものだった。
戦いの中であんなにひび割れてしまった。
私のものだったもの……
それが切り離され、地面に横たわる。
私の…………腕。
切り離された肩口から血が吹き出す。
紅い花が咲いた。
―――――――――――――――――――――
星付き魔法少女:2名
魔法少女:10名
負傷者:5名
行方不明者:?名
心神喪失者:1名
死亡者:0名
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