第23話 家族

 俺は俺の信念に基づいて、楽園を去ったのだ。


 後悔はない!


 俺はだけど……。


 桜ちゃんがどう思っていたのか、いまだに怖くて訊けないでいた。


 掴めそうで掴めないもの。


 桜ちゃんのしあわせ。


 俺は助手席側のセンタートンネルにベルクロで張り付けられた玩具で遊ぶ。



 キコッ、キコッ!



 取っ手についたレバーを握るといかにも玩具といった情けない音がした。


「経世……マジックハンドで遊ばないでよ。それ必要なのよ」

「ETCあんだろ」


「まだないところもあるから。それがないといちいち外に降りて、通行券取りにいかないといけないんだから、もう」


「あんたみたいな派手な女が跳ね馬から降りてきて、優雅に歩きながら通行券取りに行ったら男連中は待たされても、怒るどころか眼福だろうよ」


「私は見世物じゃないから! これでも美人経営者と世間からもてはやされる女なのよ」


 やだやだ自分で言っちゃうかね……。


「そんな痴女ちじょみたいな格好して?」

「確かに露出度は高いけど痴女とはずいぶんな言い草ね。これは交渉をスムーズに進めるための勝負服」


 女の着ているドレスはいちいち俺の視線を集めてしまう。


 それもそのはず、腰の辺りからチャイナドレスのように深いスリットが入っており、なまめかしい太ももとキュッと引き締まったふくらはぎの生足がちらちらと覗かせていた。


 自らを引き立たせる服を自らデザインする……そういう才能を女は持っている。


 確かに横でハンドルを握る女は、俺が知ってるだけでも大学生のときから仲間と起業して、いくつもの事業を成功させてきている。


 ハニトラまではいかないまでもからめ手は必要なんだろう。


「経世は生足派? ストッキング派?」

「どっちでもいい」

「え~、せっかく私が足コキしてあげようと思ってたのにぃぃ……」

「いらん!」


 会えば、年頃の俺に猥談わいだんばかり話して、反応を見ては揶揄からかい、ケツデカの尻軽女っぽい言動ばかり取るが、その実恐ろしく頭が切れる。


 大学ではセレブでありながら、みんなに親しげで敵を作らない完璧な人柄だったと女の旧友たちが話していたのを耳にしていた。まるで俺に構う前の伊集院みたいだったのだろう。


 隣に座る女が本当に信頼に足る人物なのか、俺は図りかねている。


 女の車は高速道路のICへと差し掛かり、料金所のETCレーンで減速しながら、ボタンを押すとまるで変形ロボットのように屋根が迫り出てきて頭上を覆う。


 どうやら、いつものようにストレス解消のため、かっ飛ばす気なのかもしれない。



 ――――ファァァァァァァァーーーーーン♪



 俺の予想は的中し、料金所の低速から一気に制限速度まで加速すると野獣の咆哮ほうこうが金管楽器を通して伝わってくるような音をかなでる。


 跳ね馬のボディはきしみのひとつ立てず、その通称とは裏腹にまるで水すましのように路面を捉え、凹凸おうとつをいなし追い越し車線を突き進んでいた。


 分かっているが、桜ちゃんの車とは雲泥うんでいの差。


 その野獣を操る女はハンドルについたパドルをパコっとパコっと周期的に指で操作して、余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった表情でシフトチェンジしていた。


「それにしても、いつも思うんだが、なに外車になんか乗ってんだよ、あんたが乗るのは織機屋と楽器屋の造ったほうレクサス LFAだろ」


「あら、あちらはもうないのよ。それに私には関係ないし、私が稼いで買ったものだから、経世に文句を言われる筋合いはないわ。それよりも、そんな大口を叩くなら桜ちゃんの奨学金を返せるようになってから言いなさい」


「わかったよ……」

「冗談よ。私は彼女まで追い出したのはおかしいと思ってたから」


 桜ちゃんには父さんと母さんが彼女の奨学金を援助してもらったと伝えてあるが、俺の家にそんな余裕はなく、援助したのは実はこの女だった。


「経世、私はあなたにスゴく怒ってる!」

「えっ!? なんにだよ?」

「どうして、時雨しぐれお姉ちゃんって呼んでくれないの? 照れてるの?」


 女は戸籍上の読みは時雨と書いて、「じう」なんだけど、俺たち親しい者には「しぐれ」って呼ばせていた。


「俺はあいつらに『今後一切の関わりを持たず、それを口外することなく息をひそめて静かに暮らせ』って言われてるの、知ってるだろ……」


「私は違うわ。経世のこと弟だと思ってるから。峠を攻めて、生死を彷徨さまよう事故を起こしたときにお見舞いに来てくれたのは家族で唯一あなただけだったから」


 女は免許を取りしばらくして、過吸気付きのMRで走り屋の真似事をして、峠道でコントロールを失い単独事故を起こしていた。


「それは俺が暇だったことと、あいつらが体裁を気にしてたんだと思う」

「向こうの肩持つの?」

「違う。誰が持つかよ、あいつらのなんか!」


「よかった。あのときの傷痕きずあと見る?」


 ドレスのスリットを捲ろうとする。


「前見て、前!」

「見てるわよ、ってトラックぅぅ!?」



 ひぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!!!!



 急に車線変更してきた大型トラックに危うくぶつかって異世界に転生するところだった。


「はあ、さっきはほんっと焦ったわ」


 スーパーカーだけにブレーキもスーパーにかかり、ぶつかる数センチ手前で速度を落としきれた。


 事故の話をしていて、また事故るとかシャレにならん!



 俺たちは足湯に浸かりながら、ソフトクリームを舐めていた。


 ナカジマスパーランドっつう遊園地と温泉を合体させた欲張りセットみたいなレジャーランド近くの中島PAで休憩をしていると、ここからでも観覧車が見える。


 さっきのヒヤリはっとが足湯に浸かっていると嘘のように癒やされ、まさに頭寒足熱って奴を地でいってた。


「もういらない。経世食べて」

「またかよ……」


 この女はエビソフトっていう伊勢エビ粉末が入った珍妙なソフトクリームに手を出し、味が微妙だったのか後始末を俺に任せようとしている。


「いいじゃん、今度お姉ちゃんが経世のミルクバー舐めてあげるから」

「マジやめろ、そういうのキモい!」

「ええ、みんな気持ちいいって言ってくれるのに」


 穴があったら、入れたい……。否、入りたい。


「ああん、経世ぇぇ、らめぇぇ……乳首ぃぃ、そんな舐めちゃぁぁ……」


 俺は思わず、食べるのを止めた。


 渡されたエビソフトと抹茶ソフトが溶けて手に垂れてくるので交互に舐めていると変な声を出してくる。ガチビッチの舐めたあとのソフトクリームでも進んで舐めたい男がいるのがびっくりだ。


「食いにくいだろ……」

「経世の舌遣いがえっちだから、声当ててみたの」


 この女のところに愛菜を預けたのは失敗だったかもしれない。



 休憩を終え、名勢トリトンっていう三連橋の高速道路を走っていると、俺に訊ねてくる。


「経世、私があの子をうちの事務所にほしいって言ったら、どうする?」


 また始まった。この女の欲しがりが……。


 どうやら伊集院を見て、グラドルにでもスカウトしたいらしい。


「断る。つうか、本人の了承ぐらい取れ」

「たぶん、だめでしょうね。経世しか見えてないもの、あの子。経世から説得してよ。そしたら彼女、引き受けてくれると思うの」

「嫌だ。自分から頼めよ」


「経世のいけず! じゃあ、奨学金の未返済で桜ちゃんを風俗に落とすって言ったら?」

「俺は時雨姉ちゃんがいま握ってるハンドルを思い切り左に切って、車ごと橋から落として心中してやる覚悟がある」


 単純に学費だけなら、そこまで高くないが学生時代の生活費も含めてだから、毎月給与から返済していても、まだ四百万は下らない。


 デジタルのスピードメーターは常に二百を上回り、制限速度を遥かに越え、ぶっ飛ばしているだけにハンドルを切って、ガードレールを突き破り橋から落ちれば、姉弟揃って海の藻屑もくずだ。


「あははっ! 冗談よ、冗談。その目……やっぱりそっくりね。私もまだ人生を謳歌おうかしたいから、馬鹿な真似は止めておくわ。でもこれだけは忘れないでね。私は……一応経世の味方だから」

「ああ、それくらい分かってる」


 俺がこの女を本気で信頼できないのは、ときどき真偽が図りかねることを平気で言うからだ。確かに援助してもらっているのは確かであるが……。


「経世……私はこの道が好きなの。周りの景色が空だけで、まるで天空に架かる橋みたいで。ここを走っている間は嫌なことなんてすべて忘れられるの」

「すべてを手に入れたような時空姉ちゃんでも、そんなことがあんのかよ?」


「あるある、いっぱいある。経世だって家が嫌で仕方なかったしょ?」

「あ、うん……」


 それには激しく同意してしまった。


 名勢トリトンをストレス解消ってくらいにぶっ飛ばした時雨姉ちゃんは高速を降りるとまたオープン状態にしていた。


 俺を家の前まで送り届けており、


「かわいい弟と久しぶりに楽しいドライブができたわ。また誘ってもいい?」

「暇なときなら」


「そうね、モテモテだものね。こんなお姉ちゃんの相手なんてしてたら、ダメよね」

「そういうことじゃ……」


 時空姉ちゃんはメーターフードを愛おしそうに撫でながら言った。


「経世、ろくに姉らしいこともしてあげられてないから助言がてらに言うけどね、この子と同じようなスゴいエンジンを積んでるあなたが、大衆車のがわを被っていても無理があるの。いずれ知れてしまうことたから……」


「時雨姉ちゃんはあいつらと比べれば、充分俺の姉貴だ。だけど、俺はそんなたいそうなエンジン、積んでない。それこそ買い被りってもんたから」


 俺が跳ね馬の重厚なドアを閉めようとすると、俺の部屋を指差した。


「待たせてるみたいよ」


 俺が視線をやると伊集院がマンションの廊下の手すり壁から俺たちを見ており、俺の視線を感じるとさっと身を隠した。


「えっ!?」

「じゃあね~!」


 あっ!?


 甲高いエンジンを響かせ、時雨姉ちゃんは俺に厄介ごとだけを残して、去ってしまった。


 エレベーターから降りると伊集院はドアの前で立っていて、いきなり俺が浮気でもしたかのように訊ねてくる。


 伊集院にはLINEで連絡するつもりだったのに。


「あの綺麗な人は?」

「あ、うん……一応親類だった人」

「だった人?」

「ごめん、事情があって詳しくは言えない」

「うん……」


「疑ってる?」

「ううん……。そんなことない。ただ鈴城くんの周りにはいっぱいかわいい子とか、綺麗な人が集まってくるんだもん。私なんか……かすんじゃう」


「実はさ、あの人、芸能事務所もやってるんだ。本業はアパレルブランドのデザイナー兼社長だけど。それで伊集院をスカウトしたいって、言ってた。そっちは片手間だけど、しかるべき人に任せてて、有名な女優さんやタレントもいっぱい出してる。愛菜もその一人。伊集院はやってみる気ある?」


「ないない! 私、そんなこと一度も考えたことないから」

「そっか、ならいい。でも、俺は伊集院は誰にも負けてないと思うよ、かわいさで」


「また、そういうこと言う……あんなバチュロレッテに出てきそうな人に敵わないよ」

「あ、伊集院もそう思ってたんだ! 俺もだよ!」

「実は私……あれ見て男の子の気の惹き方、勉強したから」


「そうなんだね」

「でもいまはキミだけの気を惹きたい。私だけの経世くんにしたい。誰に渡すつもりなんてないから」


 そんなはっきり言われてしまうとどう答えていいのか、返答に困ってしまう。


―――――――――――――――――――――――

ついに登場した経世の姉を名乗る女、時雨ちゃん。

どスケベですが、よろ乳首m(_ _)m


真莉愛のおっぱいが揉めるご褒美SS、第21.5話 ご褒美【真莉愛目線】を書きました。


https://kakuyomu.jp/users/touikai/news/16817330655799398864

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