第210話 死にかけたことはあるか?

(……クソ気まずいな)


ティータイムが終了後、夕食を食べるには丁度良い時間になった。


ギールとしては……このままグラーフとリエラの三人で食べるのもありだと思っていたが、二人以外のハイ・エルフが同席する食卓に案内された。


「急かすつもりはないが、欲しい物は決まったかな」


「すいません、まだ決めかねています」


「そうか。ゆっくり悩んでくれて構わない。先程言った通り、可能な限り叶えるつもりだ……思い上がっていた子供たちの鼻をへし折ってくれたことだしね」


「「「「ッ!!」」」」


同席している王子たちの方がぶるりと震える。


王も……マリクもかつて通った道ではあるが、割と素直に誰が相手であろうと、身内であれば感謝する心は持っていた。


だからこそ、子供たちのギールに対する態度に……かなり面倒という気持ちを抱いていた。


「私は戦いっぷり観ていたが、まぁ~~~~ボコボコじゃったな」


「そうでしたか、父さん。話では……全員投げられて終わったと聞きましたが」


「その通りだったぞ。まさにこちらを気遣い、殆ど怪我を負わせることなく、力の差を示す戦い方だった」


「……私も、少し観てみたかったですね」


それだけは勘弁してほしい、というのが子供たちの心の叫びであり……観戦していたリエラだけがいつも通りの様子で夕食を食べていた。


ギールとしてはそんな大層な事はしてませんよと言いたいところではあるが、そんな発言をしてしまうと……エルフの戦士やハイ・エルフの王子たちなんて、鼻くそみたいな強さしかありませんよ、と言ってるのと同義。


故に、はははと苦笑いを浮かべるしかなかった。


「やはり、息子たちでは遊ぶ気にもならなかったか?」


「………………正直なところ、その気にはなりませんでした」


彼等のプライドに障る発言であるとは解っている。


ただ、本能がここは嘘を付いておべっかを使う場面ではないと叫んだ。


「ふふ、そうだろうな。では……息子たちには、何が足りない」


「一般的に考えれば、命懸けの戦い…………乗り越えた修羅場の数が足りないかと。勿論、彼らが殺す気で自分に挑んでいれば違う感想を持ったかもしれませんが……相手が誰であろうと、全力で刃向かう事が出来る……牙を突き立てる事が出来る。それはやはり、経験を積まなければ得られない精神かと」


「経験、か。難しいところだな……知っての通り、この子たちは直ぐに他種族を見下す。私としても、かつての父の様に経験を積むのは悪くないと思っているが……問題が起こるのが目に見えているとなると、なぁ」


「そ、そうですね」


仕方ない……本当に仕方ないのだ。

実体験も含めて、そうですね、としか答えられないのだ。


「王として、こんな事を訊くのは……父親としても頼りなくはあるが、何を知れば……変ると思うかな」


「…………本当に強い者は、種族や血統など関係無く現れます。自分は…………自分の強さは、懸けに出た結果得られ……今は自分の物に出来ていますが、かつての

親友は……人族の冒険者は、優れた血統とは無縁の出自でありながら、常に高みを目指し続け、成長し続けていました」


グラーフから「自分はあまり下げた発言をするなよ」といった視線を受け、自分のことは懸け出た結果運を掴めた言いながら……かつての親友が、どれほど強い存在だったのかを話し始めた。


「ほぅ……その様な人族がいたのか。ギールがギリギリで勝利を収めるほどの……」


「実際のところ、あの戦いでは仕込んでいたアイテムの差で勝利出来たとも言えるので、純粋な戦闘力では自分よりも元親友の方が上でした」


ギールの言葉に、王子たちは完全に食事の手を止め、信じられない……といった感情がハッキリと顔に表れていた。


オルディ・パイプライブを発動せず、全スキルを使っていれば勝てていた?

確かに使える手札が多いというのは戦闘において有利ではあるが……レオルの様なスピード面でも優れた敵と戦う場合は、数多くの手札から一手を選ぶという僅かな思考時間が致命傷に繋がる可能性がある。


「……どの種族だから、どんな血統を受け継いでいるとか関係無く……結果、どれだけの修羅場を潜り抜け……その経験を自分の力に変えることが出来るか。それが出来るか否かで強者になれるか否かが変わるかと」


「どんな種族、天才と呼ばれる者であっても……確かに壁を越えられなければ、凡に留まる、か……ギールは、それほどの修羅場を越えてきたのだな」


「まぁ、一応……それなりの修羅場を越えてきました。その結果、二回ぐらい死にかけましたが」


「「「「っ!!!???」」」


もう今日何度目になるか解らない衝撃を受ける王子と王女たち。


「それは、壁を越えた際の戦いか」


「はい、その通りです。その二回は……それこそ、本当に運が良かったから生き残ることが出来ただけで、死んでいてもおかしくありませんでした」


「……子供たちは、まだその様な経験は乗り越えていなかったな」


死にかけて良いことなど殆どない。


一説には、壁を越える際に死にかけるほどの状態まで追い込まれると、精神耐性が身に付くと言われているが……それは定かではない。


ただ……対人戦経験が豊富な者は、死にかけるほどの激闘を経験した者と、そうでない者とでは気迫に差があると感じる場合がある。


「ふむ………………父親としては、やはり死んでほしくないという思いはあるが、これから先の生を考えれば……一先ず、他種族と出会った時、絶対に自分の方が上だという態度を直してもらいたいが…………ギールに叩き潰され続けば、直るか?」


マリク自体、魔力量は確実にギールよりも多く、魔力操作技術も上。

魔法と接近戦武器を同時に扱う戦闘技術もギールと比べて勝っている為、まだまだ子供たちには負けない。


それは六つ目の壁を越えているグラーフも同じだが……子供たちからすれば、同じハイ・エルフで条件が違うんだから、負けても仕方ないよねという考えが切り離せない。


だが、五つ目の壁を越えているとはいえ……人族のギールに心が、プライドが粉々どころからサラサラになるまで砕いてもらえば、少なくとも今よりは他種族に対する偏見が消えるのではないか。


そう思ったマリクは夕食後、別室でギールと話し合い、リエラを助けたのとはまた別の形で報酬を渡すと約束し……本当にメンタルバキバキのボキボキ筋肉断裂ウィークが始まった。

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