: 3p.

キーンコーンカーンコーン。


「はい、止め〜」


チャイムと共に先生の声でやる気がOFFに切り替わった。


生徒は皆、口からため息を吐き、脱力感に浸る。


「終わったァ~」


アタシの隣でナベショーが机に倒れ込み、窓からの採光に照らされ、まるで燃え尽きたかのように昇天している。


全力を出し切ったのは伝わってくるが、まだ中間なんだけど?


期末は、この2倍の問題量なのにどうする気だよ!?


その様子を横目で呆れてしまう。


まァ、ひとまずは人段落したわけだし、少しは羽を休めるか。


これにて中間テストは終了し、アタシも軽く背筋を伸ばす。


「後ろの人、回答用紙集めて〜」


先生の声かけで最後尾の人達は立ち上がり、アタシやナベショーも1枚ずつ用紙を回収していく。


――――ん?


その際、他人の回答欄が視界に入り、自身の目を疑った。


今回のテストは2日間かけて行われ、アタシは、全ての教科を回収したわけだが…。


…やっぱり。


アタシの憶測が確信へと変わったのだった。




放課後、苦行から解放された生徒達の表情は晴れ晴れとしていた。


「しゃあッ! 部活行くべ!!」


ナベショーは、憑き物が取れたかのように爽快で、すぐに席を立った。


アタシも隣で荷物まとめていると、志保が近寄ってきた。


「あッ、志保。

ちょっと待っててね――――ん?」


なぜか浮かない顔をしており、スマホをスッと差し出してきた。


『鈴ちゃんと話がしたいって』


志保の視線の先に、1人の男子が教室の入口で立っていた。


色白でプリンみたいな半端な金髪、ワイシャツの第2ボタンを開け、大きく胸元を見せており、チェーンが付属している腰パンのポケットに手を突っ込んでいる。


背は高いが、だらしない格好して華奢な体格をごまかしているのがよくわかる。


絵に描いたような痛々しい自惚れキャラが入り口に寄っかかってアタシを見ていた。


…きッしょ。


素直に引いてしまい、不安がっている志保に優しく声をかける。


「大丈夫だよ、志保。

悪いんだけど、先に部室に行っててくんない?」


そう言って微笑み、バックを持って教室を後にした。


心配性な志保が狼狽えていると、未来が高らかに声をあげる。


「おッ困りのようだねェ!! しほ太君ッ!!」


未来が志保の前に現れては、不敵な笑を浮かべ、眼鏡をクイッとかけ直して見せる。


「このミラえもんにッ、まっかせなさいッ」


彼は、堂々と胸に親指を当てると、眼鏡がキラッと輝いたのであった。




――――格技場の前を通り過ぎ、プールの入り口まで連れてこられた。


ここは、体育館、格技場、和室等の施設が密に隣接しており、部活が始まったのか、体育館からボールの弾む音が屋外に漏れてくる。


それ以外は人気がなく、あまり先生の目が行き届いていない場所でもあるのだ。


これで何回目だろうなァ。


生き慣れてしまった景色と、今後の展開も容易に予想できるため、正直、飽きがきていた。


男子は、ポケットに手を入れたまま、透かした表情でアタシと向き合う。


「俺とつ――――」。


「無理」


「あれッ!? 即答ッ!?」


早撃ちで先手を取った。


アタシにフラれるのが想定外だったのか、目を大きく見開いている。


そう、あの件以来、こうやって校舎のあらゆる場所に呼び出されることが多くなり、この場所も何度も訪れているのだ。


これがモテ期ってやつなんだろうけど、なんでこう、残念なのしかいないんだろう。


悪い気はしないが、こんなんばっかだとさすがに嫌気がさしてくる。


この高校に通い始めて一月足らずだが、恵高の生徒は、行動パターンが単調すぎて分かり易すぎる。


県立と私立でここまで思考レベルが違うのか、それともこの高校の特色なのか…。


曙女アケジョの頃でもやんちゃな生徒は少なからずいたが、ここまで多くはなかった。


今まで男子と関わったのなんて小学校以来だけど、小学生がそのまま歳だけ取ったのでは? と考えてしまうほどだ。


それは、今回の中間テストではっきりと分かった。


ここ数日、テストを回収した際、他の人たちの回答が間違いだらけだったことを思い出す。


この高校、中学生レベルまでの授業しか行われていない。


要するに、かなり偏差値の低い高校だということだ。


転入前にどんな高校かパパ・・に聞いておけばよかったと今更ながら後悔している自分がいる。


だからといって、事前に聞いていたとしてもどうにもできなかったが、少しくらい情報を頭に入れておけばよかったわ。


彼は、落ち込みながらアタシの横を通り過ぎ、ゆっくりとその場から立ち去っていった。


「――――さて、と」


用が済んだアタシは、すぐそばにある体育館の鉄扉に目をやる。


先ほどから気になっていたため、近づいては取っ手に触れた。


鉄扉に力を入れて引き上げると、覚えのある4人の姿があった。


「いい趣味してんね。アンタ達」


4人は、律儀に横に並列しており、体育座りで私を見上げていた。


「ばッ、バレーボール部の見学を――――」


「扉に向かって?」


「星さんだべしたァ! 奇ぐ――――」


「白々しい」


「そんなのってないよッ! ジャ○○ンッ!!」


「誰がジャ○○ンだ」


落ち着いた口調で1人ずつさばいていく中、志保は、焦りながら言い訳を考えている。


ついに志保に目が止まると、困っている様子に軽くため息を吐く。


「アタシがあんなんと付き合うわけないでしょ?

てか、毎日のようにフリ続けてんのに」


「いやァ、今回は今までと違って女慣れしたチャラいタイプだったし、もしかしたら!? って思うべした?」


気まずい空気の中、ナベショーが口を開く。


彼らもアタシが何度も教室で呼び出される光景を目の当たりにしているため、今まで放任し続けていたが、今回は、さすがに気になったようだ。


「さすがにアレはないわ。

てかアイツ、見た目だけじゃなくて香水キツかったし、自惚れすぎでしょ」


わずかに甘ったるい残り香が漂っており、自然と眉間にシワが寄る。


「はい、お開きお開きッ。

さっさと部活行くよッ」


手拍子で煽り、一斉に重たい腰を持ち上げると、志保がアタシに手を差し伸べてきた。


――――ん?


どうやら、アタシがまだ道を覚えきれていないと思っているようだ。


「大丈夫だよ。

もうさすがに迷わないって」


やんわりと断るが、志保は手を下ろそうとしない。


しばらくの間、ボールが弾む音とかけ声によって空間を支配した。


「…分かったよ」


間に耐えきれなくなったアタシは、諦めて志保の手を握ると、彼女は満面の笑みを浮かべた。


――――てェてェッ!!


その様子を、男子陣は感無量で眺めていた。




「――――なっくんお疲れェ」


特設帰宅部の部室に訪れ戸を開くと、奥の席にマスク姿の部長が座っていた。


「お疲れェ」


棒読みで返し、ふと手をつないでいるアタシ達に視線がいった。


「“こが×スズ” てェてェ」


「うっさい」


軽くあしらう中、志保は満更でもない表情を浮かべており、アタシは、調子狂いっぱなしである。


「何かあったの?」


「いつものことだよ。

ただ、今回はオーディエンスがいたみたいだけど…」


席に着き、向かいの席に座っている男子達に目で訴える。


「おッ、オレは止めたんだよッ!?

でも、ケータが圧をかけてきて――――」


「うおいッ!?」


未来が咄嗟にケータになすりつけてきた。


「ちょッ!? 未来君が言い出したんじゃ――――」


想定外だったのか、ケータは、アタシの顔を伺いながら未来に必死に抗議する。


「そうなんですッ!! そんでッ、ねえ!?

そういうのはッ、ほらッ、そのッ、あれだからッ!!」


「おまッ!?」


ナベショーも便乗し始めたが、考えていなかったのか、ほとんど説明になっておらず、動揺しながら狼狽えている。


「えッ、あっと、その――――ッ、すいませんでした」


ケータは、無言で睨むアタシに耐えられなくなってしまい。 しぶしぶ頭を下げてきた。


「いいよ、そんなの」


最初から主犯ではないのは、何となく気づいてはいたし。


「ッたく、これだからケータは…」


「だでェ、す〜ぐ調子になんだから〜」


「どの口がッ!!」


アタシの言葉に緊張の糸が切れたのか、2人は軽くケータをイジり出す。


それを志保は微笑み、直樹は静観している。


ここまで個性的な生徒が一同に会するのは、なかなかないのではないだろうか。


3人が騒ぐ分、残りの2人の存在が程よく空気を中和している。


常々感じてはいたが、本当にバランスの取れたメンバーである。


そのおかげか、この空間がとても居心地がいい。


「はい、おふざけはそこまで」


直樹が口を開き、一斉に注目する。


「テストも終わったことだし、今日から“害虫駆除”再開します」


そう、この部活の特色であり、普通の人達には理解しがたい活動内容――――。


“害虫駆除”、即ち、疳之虫を払うことである。




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