第11話(2)おじさんって

「甘いですね……」


「?」


「僕が眩しさにたじろいだ瞬間、その薙刀で突けば良かったのに!」


「!」


「呑気に呼びかけるから反撃の隙を与える!」


「ぐっ!」


 ムツキが両手を前に出す。カンナが壁に吹っ飛ばされる。


「このまま……圧し潰してしまっても……」


「そ、そうはさせない!」


「むっ⁉」


 カンナが壁際から転がるように離れる。ムツキが感心する。


「単純に力を込めるだけで圧力から逃れましたか……それは大したものですね」


「……なさい」


「え?」


「投降なさい!」


 体勢を立て直したカンナが薙刀を構えて声を上げる。ムツキがため息をつく。


「はあ……だから、それが甘いのですよ……」


「ではどうすれば良いのですか⁉」


「そんなことまで教えなければならないのですか?」


「……」


「今、貴女に出来ることはふたつ……。僕を倒すか、もしくは倒されるか、です……」


 ムツキは自身の首筋をとんとんと叩いてみせる。


「そ、そんなことが出来るわけがないでしょう!」


「何故?」


「な、何故って……」


「今、貴女の目の前に立っているのはクーデターを起こした首謀者ですよ?」


「たとえそうであっても! それ以前に!」


「それ以前に?」


「幼いころから貴方のことを知っていました! 慕っていました!」


「ふむ……」


「まるで近所のおじさんのようだと思っていたのに!」


「き、近所のおじさん⁉」


 ムツキがカンナの言葉に面喰らう。


「ええ!」


「そ、そこはお兄さんとかじゃないのですか⁉」


「いいえ、おじさんです!」


 カンナはぶんぶんと首を振る。ムツキが戸惑う。


「そ、そこまでお互いの年齢は離れていないと思うのですが……」


「はっ!」


 カンナが薙刀を地面にこすらせ、火を巻き起こす。ムツキはなんとかそれをかわす。


「むう!」


「逃がしません!」


 カンナがムツキのかわす方向を先読みし、その辺りをどんどんと燃やしていく。


「くっ……」


 ムツキがあっという間に火に囲まれる。


「逃げ場はありませんよ!」


「あまり舐めないで頂きたい!」


「むっ⁉」


 ムツキが右手を水平に振ると、強風が吹き、火が消える。ムツキがその方向に走り、火の包囲から抜け出す。


「これくらいの包囲ならば、いくらでも突破出来ますよ!」


「その神力……やはり厄介ですね……」


「それはなんといっても神の力ですからね」


 ムツキはわざとらしく胸を張る。


「ならば!」


「うおおっ⁉」


 カンナが薙刀をかざすと、ムツキの周囲でいくつかの破裂音がする。ムツキがたまらず自らの両腕を抑える。それを見てカンナが淡々と分析する。


「体ごと吹き飛ばすほどの威力を発したつもりでしたが、それも神力でしょうか、何らかの障壁を展開して、ダメージを最小限に抑えた……?」


「ぐ、ぐう……」


「しかし、両の腕は使い物にならないはず。貴方の神力は防ぎました」


「しょ、勝利を確信したつもりですか? それはいささか気が早いのでは?」


 ムツキが苦しげに笑みを浮かべる。カンナが頷く。


「それもそうですね、ダメ押しと参りましょう……」


「む……?」


「それっ!」


 カンナが薙刀を上下に振るう。雷が発せられ、ムツキの体を貫く。


「ぐはっ……!」


 ムツキが仰向けに倒れる。ムツキが呟く。


「障壁を展開していても、なかなか防げるものではありません……」


「ぐっ……」


「……終わりですね」


 カンナがゆっくりとムツキに近づく。


「……はっ! はーはっはっは!」


「……なんですか?」


 いきなり笑い出したムツキをカンナは怪訝そうに見つめる。


「ははは……」


「気でも変になりましたか?」


「いやあ、なんだかおかしくてね」


「おかしい?」


「ええ、この状況がです」


「貴方が無様に倒れ込んでいる状況がですか?」


「それもあります」


「それも? それ以外になにが?」


 カンナがわずかに首を傾げる。


「僕がただ単に笑ったとお思いですか?」


「なんですって?」


「確認をしたのですよ」


「確認?」


「そうです……」


「おっしゃる意味が分かりません……」


「……!」


「⁉」


 ムツキがなにやらぶつぶつと呟いた次の瞬間、カンナの体が激しく横殴りされたようになり、カンナは膝をつく。ムツキはゆっくりと半身を起こす。


「ふふっ……」


「……文章を読んだ?」


「ご明察、言霊の力ですよ」


「そ、そんなことが……」


「口を塞がなかったのは迂闊でしたね。神官や僧侶は口が主な武器のようなものです」


 ムツキが笑みを浮かべながら立ち上がる。


「むう……」


「……はっ!」


「なにっ⁉」


 ムツキが両手を振り下ろす。カンナがうつ伏せに地面に押し付けられる。


「わずかではありますが、両腕も回復させました。これで形勢逆転ですね」


 ムツキがカンナを見下ろしながら呟く。

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