第10話(4)運命を覆す
「キサラギ……平気でしょうか?」
カンナは走りながら不安そうに後ろを振り向く。
「平気です!」
前を走るシモツキが大きな声を上げる。カンナがやや戸惑う。
「……これはまた、断言しましたね」
「はい!」
「その根拠はなんでしょうか?」
「キサラギ……あいつは、いつもクールぶって、とにかく恰好をつけて、なにかと我を小馬鹿にしてきて、正直いけ好かない奴なのではありますが……」
「は、はあ……」
「ですが、やる時はやる男です!」
「!」
「それについては姫様もよくご存知なはずです!」
「……はい、そうですね!」
「ご安心いただけましたか⁉」
「ええ! とっても!」
カンナが笑顔で頷く。
「それでは先を急ぎましょう!」
「そこまでですよ……」
「む!」
シモツキの走る前に矢が突き刺さり、シモツキは慌てて立ち止まる。
「ここらへんで観念していただきましょうか……」
金色の錫杖を持った、立派な法衣を身に纏い、これまた立派な頭巾を被った妙齢の女性が、弓兵を何人か引き連れて現れる。その女性を見てカンナが驚く。
「ウ、ウヅキ様! 貴女様までもが……」
「姫様……」
「な、何故ですか⁉」
「ふむ……これも運命、なのでしょうね……」
ウヅキと呼ばれた女性は細い目をさらに細めて悲しげに呟く。カンナが呆然とする。
「さ、運命……そ、そんな……」
「ふざけるな!」
「! シ、シモツキ……」
「運命などとそのような曖昧な言葉で片づけようとするな!」
戸惑うカンナの前に立ち、シモツキが槍をかざす。ウヅキがため息をつく。
「はあ……シモツキ、貴方という人は子供の時分から……」
「なにかと反抗的で申し訳ありません!」
「いいえ、とにもかくにも愚かですね……」
「と、とにもかくにも愚か⁉ そ、そんな風に思われていたのですか⁉」
シモツキが思いもかけないあんまりな言われように愕然となる。ウヅキが頷く。
「ええ……」
「くっ……と、とにかく! そこを避けてもらいますよ!」
「残念ながらそれは出来ない御相談ですね」
「ならば押し通るまでです!」
シモツキが槍を構える。ウヅキが呆れ気味に話す。
「愚かさもここまで来るとは救いようがない……これだけの弓兵を相手に槍一本でどうする気なのですか?」
「気になるのでしたら、かかってくるといい!」
「……構え」
「……」
ウヅキが片手を挙げると、弓兵たちが一斉に弓を構える。ウヅキがその手を下げる。
「放て!」
「うおおおっ!」
「なっ⁉」
ウヅキと弓兵たちが驚く。シモツキが槍をクルクルと回転させて、飛んでくる矢をことごとく叩き落としてみせたからである。シモツキが胸を張って叫ぶ。
「……どうだ!」
「そ、そんな馬鹿な……有り得ない……」
「運命なんてものの方が馬鹿馬鹿しくて有り得ん!」
「な、なにを⁉」
「そんなものは我がいくらでも覆してやる! うおおっ!」
シモツキが槍を振るい、前に立つ弓兵たちを何人か倒す。ウヅキが戸惑う。
「む、むう……!」
「前方が空きました! カンナ様、どうぞお先に!」
「シ、シモツキ!」
「ここから玉座の間まではもはや目と鼻の先です! 急いで!」
「は、はい! で、ですが……」
「心配ご無用! 我もすぐに後を追いかけます!」
「分かりました! ここはよろしく頼みます!」
カンナが頷いてその場から走り出し、玉座の間へと向かう。ウヅキが声を上げる。
「先に行かせるな! 脚を射抜け!」
「そうはさせんぞ! うおりゃあ!」
「⁉」
シモツキが槍を振り回し、残りの弓兵たちもあっという間になぎ倒してみせる。
「どうだ!」
「ちっ……」
「ウヅキ様! 投降するのならば今の内です!」
「投降? ……そんなことするわけがないでしょう……」
「それならば仕方がありません! 少々痛い目を見ていただきます!」
「……この私に槍を向けるというのですか?」
「先に姫様に対して弓引いたのはあなたの方だ!」
「ふん……」
「ご心配なく! 出来る限りの手加減はいたします! はああっ!」
「……それには及びませんよ」
「な、なにっ⁉」
シモツキが驚く。シモツキの繰り出した鋭い槍を、ウヅキが事もなげに手に持った錫杖で受け止めてみせたからである。ウヅキがふっと笑う。
「ふふっ……手加減というか、なんともお粗末な槍さばきですね……」
「そ、そんな……」
「運命を覆すだとかなんとか御大層なことを言っておいて……所詮はこんなものですか?」
「お、おのれ!」
シモツキが錫杖をグイっと押し退ける。ウヅキはやや後ろに下がる。
「おおっと……」
「せい! えい! てい!」
「はっ、よっ、とっ……」
シモツキが素早く繰り出す連撃をウヅキは冷静に受け流してみせる。
「な、なんだと……」
シモツキが信じられないものを見たという表情になる。ウヅキが呟く。
「ふむ……まだまだ修行が足らないようですね。もっとも……」
「え?」
「時すでに遅しですがね!」
「どわあっ!」
ウヅキの繰り出した突きに反応しきれず、攻撃をまともに喰らってしまったシモツキが後方に吹っ飛んで転がる。それを見てウヅキが苦笑する。
「……ふっ、かろうじて受け身だけは取りましたか」
「ぐうっ……」
「技のキレや冴えなど、私が上回っているようですが……投降するというのなら今ですよ?」
ウヅキがわざとらしく小首を傾げてみせる。
「……まだだ」
「はい?」
「まだだ! 技で劣るというのならば、力で勝るまでだ! どおりゃあ!」
「うおっ⁉」
シモツキの強烈な攻撃で、今度はウヅキが後退を余儀なくされる。シモツキが声を上げる。
「どうだ! ここから一気に畳みかけるぞ!」
「ええい、鬱陶しいことこの上ない!」
「⁉ が、がはっ……」
地面に突き立てた錫杖が光ったかと思うと、衝撃波が発生し、それを喰らったシモツキが膝をつく。ウヅキがややずれた頭巾を被り直しながら呟く。
「ふう……まさか貴方を相手にこの力を使うことになるとはね……」
「くっ、な、なんという威力だ……」
「ほう、まだ立ち上がることが出来ますか……ですが、貴方はもう私に近づくことは出来ませんよ」
「……そんなことはやってみなくては!」
「分からない方ですね!」
「がはあっ⁉」
飛びかかろうとしたシモツキに、ウヅキは再び衝撃波を喰らわせる。シモツキが倒れる。
「まったく……本当に呆れる方ですね……」
「まだだ……」
「なんですって?」
シモツキがバッと勢いよく立ち上がる。
「三度目の正直だ!」
「二度あることは……三度ある!」
「……と見せかけて!」
「なにっ⁉ がはっ⁉」
シモツキが落ちていた弓を手に取り、槍をつがえ、矢のように放つ。槍がウヅキに刺さる。シモツキが笑みを浮かべる。
「な、なにごともやってみるものだな……」
「槍を矢の代わりにするとは……な、なんという……」
「ち、巷では剛腕などと言われておりますので……」
「ち、違います……」
「えっ?」
「そのようなご立派なものではありません……」
「で、では、なんですか?」
「こ、これは……」
「こ、これは?」
「ただの馬鹿力です……くっ」
「! そ、そんな……ぐっ」
三度目の衝撃波を喰らったシモツキはウヅキと同時にその場に崩れ落ちる。
「はあ、はあ、はあ……」
カンナがついに玉座の間にたどり着く。警備する兵などはまったくいない。
「カンナ! いや、姫様! ここまでよくぞご無事で!」
「⁉」
カンナに声をかけて近づいてくる男性がいる。スラっとした長身で、眼鏡をかけた短髪でハンサム、かつ穏やかそうな男性である。服装は神職が着るものと同じものを羽織っている。
「ムツキ……」
「いやいや、心配していたのですよ。僕も手助けに参ろうと思っていたのですが、こちらの安全を確保することに思ったよりも手間取ってしまって……」
ムツキと呼ばれた男性は眼鏡のつるを触りながら語る。
「……キサラギの話によると、貴方が手引きをして下さったそうですね?」
乱れていた呼吸を整えてから、カンナは尋ねる。
「ええ、そうです。本来は別の場所を用意していて、ひとまずそこに潜伏してもらおうかと思っていたのですが……情報を集めたところ、王宮の警備が薄いというのが分かりまして」
「玉座の間を抑えれば、王宮全体の制圧することも容易だと……」
「はい。オセロの角を取るようなものです。王宮を取り戻せば、政変を起こした側にもたちまち動揺が起こり、勢力の速やかな瓦解につながるでしょうから」
「なるほど、そうですか……」
「実態は案外と脆いものですよ。この政変、さほど周到に用意されたものではないようです」
「ふむ、それでは……」
「ええ、直ちに玉座の間に姫様が戻られたことを伝えて参ります。この王宮、そして都にいる兵士はすぐさま己のした行為を悔やみ、恥じ入り、あらためて姫様、そして、国王陛下に厚い忠誠を誓うことでしょう。我らが愛の国はこれで安泰と安寧を取り戻します……」
「お待ち下さい、ムツキ、いや、ムツキ様……」
カンナがその場を離れようとしたムツキを呼び止める。ムツキが振り返る。
「? どうかされましたか?」
「……わたくしは幼きころ、貴方のことをとても好いておりました……」
「! きゅ、急に何をおっしゃるのですか……」
カンナのいきなりの告白にムツキが困惑した様子を見せる。
「いつも貴方ばかり見ておりました……それ故に分かってしまったことがあります」
「分かってしまったこと?」
「……貴方は嘘をつくとき、眼鏡のつるをペタペタと触る癖があります」
「‼」
ムツキの穏やかな顔が一変し、険しいものになる。
「……このクーデターの首謀者は貴方ですね、ムツキ……!」
カンナがムツキをキッと睨みつける。
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