第8話(1)馬乙女
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「よろしかったのですか、姫様?」
「シモツキ、さっきからもう五回はその質問をしていますよ」
カンナが苦笑をする。
「す、すみません……どうしても心配で」
シモツキが恐縮しながら呟く。ヤヨイが笑みを浮かべる。
「やれやれ、気が弱いねえ……」
「慎重だと言え」
「臆病の間違いだろう?」
「なんだと?」
ヤヨイのからかいにシモツキがムッとしているなか、カンナが口を開く。
「……ここまでかなり飛ばしているとはいえ、妖の襲撃はありませんし、あの者たちの追撃もないです。タイヘイ殿……緊急に結んだ同盟はとりあえず正解だったようです……」
「単に追撃してくる余力がないだけかもしれませんよ?」
ヤヨイが後ろを振り返りながら呟く。
「ふっ、案外そういうことなのかもしれませんね……」
「奴め、姫を謀ったということですか! 許せん!」
「少し落ち着きなさい、シモツキ」
「は、はい……」
「それならそれで、ということです……」
「きっちりとお礼参りですね?」
ヤヨイが笑う。カンナも穏やかな笑みを浮かべる。
「まあ、これからの向こうの出方次第ですが、それに……」
「……」
「今はクーデターの鎮圧が最優先事項です」
「む! キサラギか!」
カンナたちの下にキサラギが接近してきた。カンナが問う。
「クーデターの首謀者は分かりましたか?」
「はっ……!」
「!」
カンナに向かって矢が飛んでくる。シモツキがそれを叩き落として叫ぶ。
「襲撃か! 全軍、隊列を止めろ!」
ヤヨイが呟く。
「横から来るとはね……」
「この機動力は……」
「みなまで言うな、キサラギ。あいつの部隊しかないだろう……おい、サツキ!」
ヤヨイの声に反応し、かなり離れたところから上半身が人で、下半身が馬の女性が顔を出す。やや面長ではあるが、凛々しい顔立ちをしている、サツキと呼ばれた女性は、ペロっと舌を出す。
「ちっ、バレちゃったか……」
「バレバレなんだよ。この距離で、しかも走りながらこんな鋭く正確な矢を放てるのは、ケンタウロスのアンタにしか出来ない芸当だ」
「ヤヨイが褒めてくれるなんて珍しいこともあるもんだね、明日は矢でも降るのかな?」
サツキがおどけながら空を見上げる。
「毛づやが良いとか、体がよく絞れているとか、結構褒めていただろう?」
「褒め方に偏りがあるんだよ……」
「そうかい?」
「そうだよ、これでも一応乙女なんだけど……」
サツキが首をすくめる。
「それは悪かったね、でも……」
「うん?」
「この行為はとても褒められたもんじゃないね……!」
ヤヨイが大声を上げる。サツキが呟く。
「おおっ、激おこってやつだね……」
「人獣のアンタをそこまで取り立ててやったのは他でもないカンナ姫だってのに、その姫に対して弓を引くとは……!」
「もちろん姫さまには大変な恩義を感じているよ、だからせめて苦しまないようにと心の臓を狙ったんだけどな……」
「黙れ! シモツキ!」
「! 分かった!」
シモツキがヤヨイを抱き抱え、思いっきり投げつける。ヤヨイがサツキとの距離をほとんど一瞬で詰めてみせる。サツキが虚を突かれた表情になる。
「なっ⁉」
「ふん!」
「くっ!」
ヤヨイの斬りつけた剣をサツキはなんとかかわす。
「む!」
「へへっ、間一髪だね……」
「それはどうかね?」
「なに? うっ……⁉」
サツキが体勢を崩す。
「アタシの膂力があれば、当たらなくても十分さ……」
「ま、まさか、風圧だけで……⁉」
サツキが目を丸くする。
「足が痛むだろう、さっさと終わらせる!」
「なめるな!」
「‼」
サツキがヤヨイの攻撃を続けてかわし、距離を取る。
「それっ!」
「むん!」
サツキが放った弓をヤヨイが剣で叩き落とす。サツキが驚く。
「なっ、こんな近距離で……!」
「アンタの射撃は正確だからね、その分、狙いは読みやすいのさ」
「そ、そうだとしても、どんな反射神経してんの⁉」
「それは決まっているだろう……」
「え?」
「アタシは超人だからね!」
「! しまっ……」
ヤヨイが素早く踏み込んで、剣を振るう。サツキは咄嗟に弓で防ぐが、弓の本体がぶった切られてしまう。ヤヨイが感心する。
「ほう! よく防いだね!」
「な、なんとかね!」
「しかし、得意の弓は使えない! これでしまいだ!」
「はっ!」
「なにっ⁉」
ヤヨイが驚く。サツキが剣を両手で受け止めたからである。
「し、真剣白刃取り、初めてだけど上手くいった……」
「は、反応はともかくとして、なんだその力は?」
「ビギナーズラックってやつかな?」
「ふ、ふざけるな!」
「真面目に答えると……!」
「はっ⁉」
サツキが体を素早く反転させ、後ろ足を向ける。
「アタシも超人の流れを汲んでいるのさ!」
「がはっ……!」
サツキの強烈な蹴りを喰らったヤヨイが崩れ落ちる。
「人の恋路を邪魔する奴はなんとやらだね……恋路じゃないけど」
サツキは再び舌をペロっと出す。
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