第6話 紳士ハンド
焚き火の近くにあった石に腰を落ち着けると、フリンはそのまま正面にやってくる。
「じゃあ、フリンは紳士ハンドについても知ってるんだ?」
紳士ハンド、最もつかみ所の無い能力、平均程度にはエロを嗜んでいても聞いたことが無い。
「まず、紳士ハンド……っすね」
質問されたフリンは口を半分開いた後、早速困ったように眉をひそめる──知らないと言うよりは説明を組み立てている様子だった。
フリンは考えを纏めるように唇を触りながら
「最初は──……」
そう呟くとまた、んーーっ?と言って黙り込む。
「そんなに説明が難しい能力なのか?」
「見たこと無い人には、一から説明し辛いっすね」
「大まかには?」
「エッチな事をする手だけ……の存在」
フリンの話を聞いて浮かんできたのは妖怪画風の紳士ハンド。
「妖怪かな……?」
「やっぱり私なりの順序で説明するっすね……人体二人以上の絡みって、デッサンも構図を練るのも難易度が高いんすよ」
フリン先生は手に持った棒で地面に人体を描こうとした──が、ちょっとデッサンがおかしくなったあたりで慌ててつま先で掻き消す。
「パイセン、恋人に後ろから胸を揉まれている女の子の
「えっ、……わかった、後ろから胸を揉まれる女の子だな」
なんだか恥ずかしいけど……。
言われた通りに女の子が、後ろから胸を揉まれているイラストを頭に思い浮かべる。
「そうしたら、っすね──」
「後ろの人の体いらなくないっすか?」
「………そういえば、前の女の子の体で後ろの揉んでる人はほとんど見えないな」
「じゃあ、胸を揉んでる
フリンは手に持った棒をクルリと回して解説する。
フリンの言葉でイメージしている女の子の絵から背後の男が消え、胸を揉んでいる手のひらだけが残った。
「こんな感じで、エッチな事をしているその手だけ残して省略してしまおう!──で生まれたのが紳士ハンドって表現方法っす」
「この紳士ハンドって表現、けっこう使い勝手が良くて、まさぐる手を幾ら増やしても“受け”の体を隠さないし、竿役の体を見たくないという人にも優しい表現だし、今では省略の範囲にとどまらない独立した『
フリンは納得しましたか?という目でこちらを見てくる。
まさぐる手のエロ表現か──
そう言えば、スキルを取得したときに見た額縁の絵もそんな感じだった。
「わかったけど、どうしてエロいことをするハンドに“紳士”がつくんだ?」
こちらの質問にフリンはキョトンとして返してくる。
「“紳士”はエロい人の隠語っすよ?」
「紳士にあやまれ……」
エロ業界の言葉選びという奴は──しっくりくるけど。
「でもこれだけだと、まだどんなスキルかわからないな」
そういう相槌を打つとフリンは確かに、と腕を組む。
「作品によっては紳士ハンドを遠隔操作したりもするんすけどね」
「──それじゃないか?フリン、紳士ハンドを呼び出して操作する感じのスキルかも!」
少しだけ能力の外面が見えてきた。
立ち上がり姿勢を正すと、遺跡の入口を破壊した大樹──その壁の上まで伸びる木の枝の葉に手のひらをかざして気合を入れる。
木の葉に集中して──
「そういえば、流したっすけどパイセンが見た紳士ハンドのエッチなイラストとか興味あるっすねー」
湿度高めトーンのフリンの呟きに少し心を乱されながらも──
脳内で指が葉っぱを引きちぎるイメージを描きながら──叫んだ。
「行けっ!紳士ハンドッ!!」
──……何も
「……、…………」
「…………」
フリンを見ると、丁度目が合う。
「今、ちょっとだけ木の葉が揺れなかった?」
フリンは首を振る、今度は足下の落葉にターゲットを変えて気合を入れる。
「跳べ!紳士ハンド!」
……何も、何も起こらない……これじゃ身体強化と同じだ。
「……思ったんすけど」
「パイセンの能力、エッチな事限定で発動するんじゃ……」
「……………ッ!」
まさか──いや確かに竿役おじさんに由来する能力だとすればその可能性は高い。
「仕方ないっすね……試して見ないとわからないし」
ため息をつくとフリンは、両腕を開いて受け入れの
「試すって……?」
腕を広げたまま、んっ!とフリンが催促してくる。
「そういう……こと?」
「とっ!特別っすからね!」
フリンはジッと何かを期待したような目でこちらを見つめてくる。
腕を開いたことで異世界風にアレンジされた柔らかな服に、微かな少女の体のラインが凹凸となって現れて──。
膨らみというより突起に近い少女の胸が、ほのかに押し上げられ呼吸に合わせて上下していた……。
(気にしないのかよ……っ)
流石に気まずくてフリンの胸から目をそらす。
「……パイセンは尻派だからもう少しお尻をアピールしたほうが良いっすかね?」
くっ……!と呻く、前の世界ではフリンの事を男だと思っていたせいで余計なことを喋りすぎている……!
これ以上、余計なことを思い出されないようにエロの覚悟を決める。
「危なかったら、直ぐに言ってくれよ!」
…………一応。
「フリン!年齢は?」
「登場人物は十八歳以上って奴っす!」
「OKっ!」
深呼吸して了解を取ると、手のひらをフリンに掲げスキルを呼び出す。
(紳士ハンド──)
(────っ!)
意識を手に集中させると、先の空中にちょうど指を差し込めるほどの弱々しい……謎の光の塊が灯った。
「発動………、した?」
「やっぱり、エッチな気持ちじゃ無いと発動し無いんだ……!」
フリンが何故か勝利したような表情でささやく、悔しいけど確かにフリンの挑発にちょっとドキドキした気持ちにはなっていたが。
「……何かの因子、かな?」
「指を入れたら転送される、とかっすかね?」
じっくりと観察してもただの光体でしかない。
フリンと目を交わすと、彼女は頷いて胸を張る──、一拍の呼吸の後、光体に指を滑り込ませた!
「ひゃあぁぁっっっ!???」
フリンが内股になって倒れるように座り込むと、真っ赤な顔で服の裾を押さえる。
(───??)
転送された指は全体的に優しく何かに握られるような感覚に包まれている。
(………なんだろうこれ?)
柔らかな感触はクニッと指を動かすとその指を押し戻そうと僅かな抵抗を見せてくる。
「ふ……っ……、ぱ……パイセン」
フリンがか細い息を漏らすと、耳まで赤くうつむきながら報告する。
「お……お尻に……」
(……………お尻?)
──、……っ!フリンの様子からやっと状況を理解して慌てて光体から指を抜く。
それに合わせて彼女の体が小さく震えた。
「ごめんっ!何が起こってるか解らなくて……大……丈夫か?フリン」
「何ともないっす、突然だったから……少しびっくりしただけ……です」
乱れた髪を若干の汗で張り付かせ、荒い呼吸でフリンが答える。
よかった……と思う。
大切な友達にもしものことがなくて。
(しかし“紳士ハンド”……キッチリと制御しないと大変な事になる能力だな)
ふと、顔を上げたフリンが──信じられないっ!!といった表情でこちらを見ているのに気が付いた。
「なに、嗅いでるんすか……」
「……ん?……えっ?!」
無意識だった──なんとなく
「──ちっ違っ!こっこれは衛生的に気になったから!何気なくというか!!」
「衛 生 的 にっ?!」
「違うって!フリンがアレとかそういうんじゃなくて!」
気が付いたことをフリンにも報告する。
「不思議なんだよ、なんとも、なんにもないんだ」
嗅いでみな、という風に指を差し出した。
フリンはこちらの顔と指を何度も見比べていたが──
「……私が普通の感性の女の子だったらパイセン五、六発殴られてるっすよ」
呟くと、機嫌の悪い猫のような表情でしぶしぶこちらの手を嗅いでくる。
「本当に……なんともないっすね」
「うん……不可抗力とはいえお尻に入ったんなら、腸液くらいはついててもおかしくないのに」
「腸液とか言わないで下さい、なんか普通にエロいこと言われるより恥ずかしいっす!」
まだ違和感があるのか、両手で微妙にお尻を押さえながらフリンが怒って来た。
「しかし、危ないチカラだな……紳士ハンド」
こちらの言葉を聞いてフリンは怪訝な表情をする。
「なんか、おかしいんっすよね」
「何も無いのが?別にエロ作品で衛生面とか感染症とか気にするのってあまり無いし──そういうご都合じゃ無いかな?」
「それはそれとしてっす、紳士ハンドはただ浣腸するような能力じゃ無いはずっすよ」
言いながらフリンは足下から適当な草を摘まみ、それを指先ですり潰している。
青臭い汁が彼女の指を濡らしていった。
「なにしてるんだ?フリン」
「こうなったらパイセンのスキル徹底検証っす」
そう言うと、草の汁をこちらの指に塗りたくって来た。
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