第3話 悪魔と化物

 廃ビルから出たジンドーと私は、周りを見渡した、相変わらずいい天気だ、太陽が燦々と降り注いでいる。


「ああ、いやになるほどいい天気」


 それもそうだ、もうすぐ夏も近い、そろそろジャージじゃいられない。


「帰ったらどうしよう」


「とりあえずどこかへ遊びに行くのである!」


 そういうジンドーを見て、そうだねって私は言った。結局このジンドーの正体はわからないけど、そんなに悪い人じゃないみたいだし。


 何か別に遊びに行くぐらいいいかな、と思えた。


「そういえばジンドーって何歳?」


 私はまたジンドーに質問をぶつける、結構若そうに見える。私は最初、役人かと予想したけどハタチ前後もしかしたら高校生と言っても過言ではない容貌を彼はしているため学生なのかも知らない。


「吾輩? さあ何歳だったか? 3桁を超えたあたりから数えてないのである」


「あ! そうやって、悪魔のロールプレイで逃げる! 私も教えるから教えてよ、私は14──」


「界さん、待つのである」


 突然、シリアスな顔してそう言うジンドー、なんだか似合わない。

 でも真剣な彼は私の方をじっと見て言った。


「魔物がくる! 界さん! 走ろう!」


「え、え!?」


 何を言っているのかわからないままジンドーは、私のジャージの袖を引っ張って走り出す。

 訳がわからない。


「まっ、まってよ! ジンドー! なに?! どうしたの!」


「説明は後なのである! 魔物の気配を複数、感じたのである!」


 何を言っているのだろう? 魔物? 気配? 何の話?

 あ、いけない、息が続かない。

 私は立ち止まって、息を整えようと──。


「界さん!!」


 え?

 視界が私の意図しない方へと動く。私の力以外で私の体が動いていた。

 ありえない速度で連れていかれる私はどうやら何者に抱えられていた。

 私は顔を上げる、その何者かを恐る恐る確認するために。


 確認しなければよかったと、後悔した。


「ふひ、ふはははははははは!!!!!!」


 そんな笑い声が私の耳をつんざく。

 そしてギャロギョロと動く目が、私の瞳いっぱいに広がる。異常に大きくそして死んだ魚のような目が私を見つめていた。そして私を抱えている腕はゼリーのように流体状で透き通っているように見えた。


「う、あ」


 一目で理解した。まだ全貌は見えてすらいないのにコイツはこの世のものじゃない。


「化物……」


 ボソリと私は呟いた。そんなギョロ目の化け物は走り続けそして跳躍し、どこかへと着地する。

 私は投げ飛ばされるように雑に解放されて地面に転がる。


「う……痛い」


 多分、足の何処かを擦りむいた。

 横転していた私は立ち上がって、投げ飛ばした張本人を見る。


 黒いジェル状の皮膚にカエルの頭が肥大したかのような頭、それに対して異常に小さい手足、そして透ける臓物。

 そして人の数倍の体躯をもつソイツは化物という言葉がピッタリだった。


 私の目の前にそれがいた。


「あ、いや…………!」


 当然、私は思わず逃げようとするが、腰が砕けて動けない。

 何、これ……。

 これは夢? 


 そう思いたいが、足の痛みがこれは現実だと、私に警告していた。


 すると化物が口をぐちゃりと開いた。


「間違イナイ ヤッパリ!! ヤッパリ! ヤッパリ! ヤッパリ! ミツケタ! ミツケタ! ミツケタ!!!! イチバン乗リダァ!」


 ──ウヒャヒャヒャ!


 そんな笑い声を上げながら、バンバンと化物は地面を叩く。


「に、逃げ……」


 逃げなきゃ、私は辺りを見回す、そしてさらに絶望した、平面どこまでも平面な運動場みたいな土地。

 ここは、公園だ。それもかなり広い、四〇〇メートル走ができそうなほどの、広大な土地。


 もちろん隠れる場所もない。


「ドコヘモ 逃ガサナイヨ オ嬢サン」


 化物が、私に近づいてくる。

 ひどく歪な笑顔をむけて。

 私は不味いと思いつつどこか、冷静な自分がいることに驚いていた。


 ──ああ、ここで私、死ぬんだ、まぁいいか、どうせ死ぬつもりだったし。


 そうだ、最初から死ぬつもりなんだから別に死んだっていいじゃないか。

 元からこのこの世に希望なんて持ってなかったんだから。


 そうだ、死ねば楽になる。


 なのに、なのに、どうして。


 私は今、泣いて──。


「お待たせ、界さん」


 え──。


「いやぁ! 結構追いつくのに時間がかかったのである! ナハハ!!」


 腰の抜けた私の隣にはいつのまにかジンドーが立っていた。どうやって? というかどうしてここが? 疑問をぶつける前にジンドーはいう。


「怖かったであるな」


 屈んで私に目を合わせてそういうジンドーにコクリと私は頷いた。


「邪魔ヲスルナ!」


 すると、化物はそう叫び私たちの元に走り込んでくる。私はただ叫ぶことしかできなかった。


 でもジンドーは冷静に、言った。


「吾輩に任せるのである」


 瞬間、ジンドーの体が淡く光り輝いた。そのその淡い光は、爆発するかのようにやがて広がり空間を白で侵食する。

 私も襲いかかろうする化物をその光に怯んだ。


 そして、思わず瞑っていた目を開けた時、私が目にしたのは──。


「ふぅ、この姿にいきなり戻ることになるとは忙しくなりそうなのであるな」


 まず目に映ったのはカラスのような私の視界を埋めるような巨大な黒い羽、その羽に無数の光り輝く光の点が散りばめられていた。

 その羽の外側淡く蒼く、まるで──。


「夜空みたい……」


 その羽の持ち主は、私に背を向けて立っていた。そしてくるりと私に振り返る。

 整った、顔のイケメンだ。それこそアイドルみたいな、その人は言う。


「少し、待っててくれなのである、すぐに終わらせるから」


 ジンドーの声で。


「いや、誰ェェェェ!?」


 私の場違いな叫び声が空に木霊した。

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