Fight14:セカンドステージ

 翌日。指定された時間にイベントホールに向かうと、他にも続々と参加選手が集まってきた。誰一人欠けておらず、昨日と同じメンバーが揃っていた。リディアの姿もある。


 昨日と同じくモスグリーンのタンクトップに黒のショートパンツ、ブーツに指貫きグローブという露出度の高い軽装だ。そんな彼女の姿に一部の参加選手達の不躾な視線が集中する。中にはかなり危険な欲望を秘めていると思われる視線もあった。


「リディア、昨日はよく眠れたか?」


 なので敢えてマーカスは彼女に声をかけながら近づき、そういった危険な視線をさりげなくシャットアウトする。


「マーカス。ええ、お陰様でね」


 リディアはそんな彼の気遣いに気づいているのかいないのか、柔らかくなった表情で微笑んだ。昨日一日で随分態度が変わったものだ。



「やあ、おはよう諸君。昨日は素晴らしいショーをありがとう。会員の皆様にも大変好評だったぞ」


「……!」


 丁度その時ステージの上に、ボディガードを引き連れたグラシアンが登場した。彼も違う意味で昨日よりも上機嫌だ。


「誰も欠ける事なく次のステージ2を迎えられた事を嬉しく思う。今日も素晴らしい戦いを見せてくれる事を期待している。さあ、それでは早速ステージ2の説明に移るのでよく拝聴するように」


 余計な前置きは極力省いてルール説明に移るグラシアン。その方がこちらとしてもありがたかったが。


「昨日は5つのメダルを集めてもらったが、今回も基本的なルールは『メダル集め』だ。今回はこの金のメダル・・・・を『1つ』手に入れるだけだ。簡単だろう?」


 グラシアンはそういって見本のメダルを掲げて見せる。昨日集めた銀のメダルよりも若干大きくて立派な作りだ。やはり趣味の悪い触手がのたうったような意匠だけは相変わらずであったが。だが昨日は5個集めたが、今回は1つだけでいいという。確かにそれだけ聞けば簡単そうだ。しかしそれで済むはずがない。


 そのマーカスの予想を裏付けるようにグラシアンが人の悪そうな笑みを浮かべる。



「ただし……この金のメダルは12個・・・しか島に置かれていない。この意味は分かるな?」



「……!!」


 マーカスも含めてこの場にいる殆どの人間に緊張が走る。一部には好戦的な笑みを浮かべている者もいたが。


 12個で1人に付き1つ。そしてここにいる選手は全部で16人。つまり……4人はあぶれる・・・・という事だ。いよいよこのステージからは選手同士の戦い、潰し合いが発生するという事でもある。


「また今回は『敵』を倒してメダルを手に入れる仕様ではなく、このゴールドメダルはそれぞれ特定の場所に設置されている。なのでこの広い島で何の指標もなければ見つける事自体困難だろう。そこで今回は君達にこの端末・・を配布しておく」


 グラシアンが合図するとスタッフと思しき男達が何人か入ってきて、選手たち一人一人に小さめのスマートフォンのような物を手渡していく。表側は液晶になっており、裏側には大きく番号がプリントされている。マーカスの番号は『16』だ。どうやらエントリーNo.に対応しているらしい。


「それはこのゲーム専用の端末だ。横のスイッチを押すと起動する。それにはこの島のマップと各メダルの位置が表示される。そして自分や他の選手の現在地もな。それを確認しながら進めば、まずメダルを見つけられないという事はないだろう」


「……!」


 指示に従って操作するとすぐに島の電子地図が表示され、オレンジ色の点滅が島の各所にある事が確認できた。これがゴールドメダルなのだろう。確かにこれなら迷う心配はない。だが……



「それぞれの端末は自分の位置が中心となって表示されるが、他の選手の位置・・・・・・も番号で表示されて分かるようになっている。それをどのように活用・・するかは諸君次第だ」



「…………」


 マーカスは眉を顰めた。自分の現在位置だけでなく他の選手の位置も分かるというのは本来であれば・・・・・・便利な機能なのだが、今の状況においては少々厄介な事になりかねなかった。何と言っても番号によってどの選手か分かる・・・・・・・・というのが厄介だ。


 彼はそれとなく他の選手の様子を観察する。案の定というか一部の選手が凶悪な笑みや喜悦の表情を浮かべて、リディア・・・・の方にチラチラと視線を向けていた。リディア自身はこれから始まるゲームへの緊張で周囲に気を配っている余裕が無いらしく、自分に向けられる視線に気づいていない様子だ。


 選手一覧を見た限り、女性に対して暴力を振るったり殺したりする事に無上の喜びを感じる危険な輩が何人もいるらしい。そしてこのステージ2からは他の選手への攻撃と排除・・・・・が解禁される。選手の命の保証はない、どころかグラシアンは殺す事を推奨・・すらしているだろう。


 リディアに迫る危険の度合いは昨日の比ではなくなる。マーカスは内心で舌打ちした。彼が危惧していた通りの事態になった。



(……冷静になれ。俺の目的はあくまでニーナを助ける事。あの女リディアがどうなろうと関係ない。そうだろう? ドミニクからも忠告されている。もしあの女を助けた為に思わぬ不覚を取るような事があったら本末転倒だ)


 彼は自分にそう言い聞かせる。だが頭ではそう分かっていても、心はどうしてもリディアを放っておくという選択肢を取れそうになかった。


(俺は一体どうしてしまったんだ……?)


 そう自問する。だが一方でリディアを守りながら『優勝』する事は不可能ではないという算段もあった。ステージのルールにもよるが、最終的に自分とリディアだけが残っているという形に持っていければ良いのだ。そうすれば後は彼女を傷つけずに制圧する事で彼が優勝できるはずだ。『ライジング・フィスト』がただのトーナメント形式でない事が幸いした。


(そう上手く行けばいいがな……)


 勿論この先何が起こるかなど予測のしようがないので、あくまで希望的観測にはなってしまうが。彼は自分が勝ち上がる事以外にも頭を悩ませる難題に、内心で嘆息するのだった。

 


*****



 船から出ると昨日と同じように、各選手ともボートに乗って島の各所からスタートという形式のようだ。ただしスタート地点は前回と異なり、木で出来た桟橋の付いた簡易的な埠頭のような場所に降り立った。早速端末を確認してみると、ちゃんと自分の現在位置が表示されている。そして縮尺を変更していくと島の拡大マップが表示され、オレンジの点滅すなわちゴールドメダルの在り処も分かるようになっていた。


 因みに昨日と異なりフィールドを彷徨いている『敵』はいないが、その代わり各メダルの設置場所には番人宜しく『敵』が待ち構えているとの事。つまり上手く選手同士がかち合わずに済んだ場合でも、最低限『番人』との戦闘はあるという事だ。


 とりあえず最寄りのゴールドメダルまで急ぐ。まずはそれを入手しなければ何も始まらない。恐らく他の選手もまずは・・・メダル入手を優先するはずだ。


(俺の位置から近いのは……ここか)


 地図によると海辺にある大きな邸宅のような場所だ。ここからそう遠くない。自分は運がいい。他の選手が来る前にメダルを取ってしまうべきだろう。マーカスは早速その場所へと向かう。



 それは海辺の別荘のような建物であった。広い庭と椅子付きのテラスまである。ただし今の住人・・はそんな別荘に住むには相応しくない者達であったが。


 鉄パイプやナイフで武装した『敵』の姿が見えた。2人だ。どちらも昨日戦った武器なので対処法は分かっている。マーカスは周囲の木々を利用して別荘に忍び寄ると、まず手近にいた鉄パイプ男の方に襲いかかる。


「……っ!?」


 男は驚愕に目を瞠って慌てて武器を振るおうとしてくるが、その前にマーカスの手が相手の手首を掴み取って動きを止めた。


「むん!」


 間髪を入れず膝蹴りを叩き込む。男の身体が前のめりに折れ曲がる。その脳天目掛けて肘を打ち下ろす。男が物も言わずに地に沈んだ。その時にはナイフ男の方も気づいて、喚きながら斬りかかってくる。


 マーカスはスウェーでナイフを躱しつつ、男の下腿に強烈なローを叩き込んだ。ナイフ男が痛みに呻いて動きが止まる。そこに再びローを打ち込む素振り・・・を見せると、男の注意があからさまに下を向いた。これはフェイントだ。


 がら空きになった顔面目掛けてストレートを打ち込む。この連中に容赦は必要ない。顔面を破壊された男は白目を剥いて倒れ込んだ。



 彼は油断せず周囲に気を配る。とりあえず他の『敵』が駆けつけてくる気配はない。彼は息を吐いて、そのまま別荘に踏み込んだ。中は比較的綺麗で整理されており、床にゴミが散乱しているなどもない。


(端末によると確実にこの家にメダルがあるはずだが……)


 流石に家のどこにあるかまでは表示されない。家捜しするしかないかと嘆息しかけるが、幸いにもゴールドメダルはすぐに見つかった。広いリビングの中央に置かれたテーブル。その上にこれ見よがしに光るメダルが安置されていたのだ。


 彼はホッと息を吐いてメダルに近づく。すると、そのテーブルの向う側にある長いソファの陰で一瞬何か動いたような気がした。


「……!!」


 次の瞬間、そのソファの陰に隠れていたと思しき男が立ち上がり、手に持っていた『槍』を突き出してきた。


 回避が間に合ったのは僥倖であった。直前にソファの陰が動いた事に気づかなかったら不意討ちを受けていたかも知れない。奇襲を躱された男が両手持ちした槍を連続で突き出してくる。槍はリーチが長く、殺傷力も高い厄介な武器だ。伊達に先史時代から中世まで狩りや戦場の主力武器だった訳では無い。


 マーカスは男の攻勢に押されるように後退する。だが広いとはいえ所詮は家のリビングだ。すぐに壁際まで追い詰められる。勝利を確信した男が笑って槍を突き出してきた。だが特に槍の訓練をしている訳でもない素人の攻撃だ。マーカスは何度か躱すうちにその軌道を見切っていた。


「ふっ!」


 身を捻るようにして突きを躱しつつ前に出る。男の目が驚愕に見開かれ慌てて槍を引き戻そうとするが、マーカスの方がはるかに速い。彼は遠慮会釈ないカウンターの一撃を男の顔面に叩き込んだ。ろくな回避動作も取れなかった男は、マーカスのストレートをまともに食らってもんどり打って倒れ込んだ。


 起き上がってくる気配はない。完全KOだ。今の戦いの間、他の敵が駆けつけてくる事もなかった。もう打ち止めと思っていいだろう。それを確信して彼はようやく肩の力を抜いた。



 そしてテーブルの上のゴールドメダルを回収すると、自身のポシェットに収納した。これでステージ2のクリア条件は満たした。後は端末を見ながら他の選手との接触・・を避けつつ、スタート地点まで戻ればクリアだ。だが……


「…………」


 彼は端末を開き、メダルを入手するまでは敢えて意識の外に切り離していた事柄・・について確認する。島の電子地図の上を、各選手の番号で表示された白い点が動いているのが分かる。彼は『11』という番号の点を探した。


 何事もなければ・・・・・・・、彼はそのまま戻っていたかも知れない。だが明らかに『11』の点を目指して進んでいると思しき他の白点を見つけてしまった。


「……クソ!」


 彼は毒づいた。そして内心で再び激しく葛藤した。彼にとっての最適解・・・は間違いなくこのままスタート地点に戻る事だ。だがそれをした場合、彼はその後激しい後悔と罪悪感に苛まれ続けるだろうという確信もあった。 


(……すまない、ニーナ。少しだけ寄り道・・・を許してくれ。『優勝』は必ずもぎ取ると約束するから)


 心のなかで娘に詫びた彼はそれ以上迷う事もなく、別荘を出ると確かな足取りで目的地に向かって走っていった。

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