Fight12:心境の変化
「ふぅ……随分手こずらせてくれたな。こんな剣呑な敵もいるなら事前に教えといてくれ」
ぼやきながら倒したノコギリ男の身体を探る。確かにメダルは持っていたのでグラシアンが配した『敵』なのだろう。だが1個だけであった。
(こいつが1個だと? 少々割に合わんな)
しかも1個だけだとマーカスかリディア、どちらかしかクリアできない。自分だけがクリアとなったら、彼女は絶対にメダルを受け取ろうとしないだろう。さりとてマーカスがそのまま入手してしまうとリディアを1人残す事になるのでそれも出来なかった。
(出来ればこの中でもう1つ欲しい所だが難しいか……?)
この1個だけしかなかった場合、最悪メダルは見つからなかったと嘘を付くしかなくなる。可能な限りそれは避けたいので、彼は祈るような気持ちで廃墟の探索を再開する。結果として彼の『祈り』は通じた。
「……!」
売り場のフロア。乱雑な床に朽ち果てた陳列棚が並んでいる。慎重に棚の間を進むマーカスの視界の隅、陳列棚の陰に何か動いた気がした。彼が咄嗟に視線を向けるとそこには何もなかった。
(気のせいか? いや……)
確かに何か動いた。彼は油断せず慎重にその場所を確かめに行く。陳列棚を抜けた先、そこはただ廃墟の乱雑な風景があるだけで、動くものは何もなかった。見間違いだったのだろうか。彼がそう思い気を抜きかけた時……
――シャリッ
後ろで微かに音がした。丁度、散乱しているゴミの1つが足に当たって弾かれたような音だ。彼は反射的に振り向いた。その時には既に至近距離まで迫っていた『敵』が、彼に向けて細長いアイスピックのような凶器を突き立てる所であった。
「――っ!!」
反応が間に合ったのは奇跡といえる。敵が恐らくゴミに足が当たった事、そしてマーカスが格闘技で培った反射神経。これらが重なって彼はその『敵』のステルスアタックを間一髪で受け止める事に成功した。
アイスピックを突き立てようとする腕を掴んで動きを止める。一瞬の押し合いになる。そこで初めて『敵』の姿を視認した。
それはまるで
「……!」
そこでマーカスはその道化が
両腕を抑えて敵の攻撃は封じた。マーカスはその体勢から道化の
「ぅ!!」
金的に強烈な蹴り上げを喰らった道化はアイスピックを取り落とし前屈みになる。その頭を掴んで下から本命の膝蹴りを叩き込んだ。仮面越しに顔面の骨を粉砕された道化が物も言わずに沈み込んだ。
「ふぅぅぅ……! 今のはヤバかったな」
撃退を確認したマーカスは冷や汗を拭って息を吐いた。戦い自体は短かったが明確に命の危機を実感した。彼は気を取り直すと道化の身体を改めた。
「……! あったか。どうにか2個手に入ったな」
道化からもメダルを回収したマーカスはホッと胸を撫で下ろした。これで2人とも5個になる。メダルを集め終わったならもう長居は無用だ。マーカスはそれでも周囲に最低限の注意を払いながら、外で待っているリディアの元まで急いで戻っていった。
*****
(……遅いわね。もう15分経つけど大丈夫なのかしら?)
廃墟スーパーの裏手。閉め切られた勝手口のドアの前でリディアは、中に入っていったきり音沙汰がないマーカスをまんじりともせずに待ち続けていた。
腕を組んで手持ち無沙汰に同じ場所を行ったり来たり、落ち着きなく周囲に視線を巡らせたりするが、気づくと今にもマーカスが戻ってくるのではないかと勝手口のドアを見つめていた。
時間にして10分経ったかどうか程度のはずだが、体感的には1時間以上はここで待っているような気がしていた。一度我慢しきれずに中に入ろうとしたが、ご丁寧に彼が中から鍵を掛けたらしく入る事が出来なかった。それからはずっと苛立ちともどかしさを募らせながら、彼が戻ってくるのを待っているだけであった。
何故彼に言われるままここで待っているのか、自分でもよく分からなかった。ただ既に何度も彼に助けられた事は紛れもない事実である。彼がいなければこんなにスムーズにメダルを入手できなかっただろう事も。
流石にリディアも彼に対して頑なな態度を取り続ける事に罪悪感を覚えるようになっていた。しかし……
「でも……『優勝』できるのは1人だけ。私はどうしてもグラシアンに辿り着かなければいけないのよ。
リディアは半ば自分に言い聞かせるように独白していた。そのためにはいずれマーカスとも決別しなければならない。それが分かっている為、余計に罪悪感を覚えているのだ。
しかしそれはそれとして、今は中々戻ってこないマーカスの事が純粋に心配であった。中から施錠されているため様子を見に行く事もできない。何も分からないまま大人しく待っているのにもいい加減痺れを切らし出した頃……
「……!」
勝手口の鍵が鳴る音と共に、ドアがゆっくりと開き出したのだ。リディアは思わず緊張して身構える。果たして中から出てきたのは……
「待たせたな。今戻った」
「……!! ……本当よ。中で何があったの?」
リディアは彼の姿を見た瞬間、腰が砕けそうなほどの安堵と嬉しさを感じた。そして自分の感情に戸惑った。それを誤魔化すように、しかし気にはなっていた事を問いかけるとマーカスは肩をすくめた。
「大した事じゃない。ちょっとした
彼はそう言って2つのメダルを掲げて見せた。中で何かあったのは間違いないようだが、彼ほどの格闘家が15分近くも掛けるとなると只の『敵』ではなかった可能性がある。しかし結果として彼はその『サプライズ』を退けてこうしてメダルを持ち帰ったのだ。
「ほら、お前の分だ」
マーカスは当然のように彼女にメダルを1つ投げて寄越した。リディアはそれを受け取るが心中は複雑であった。
「……私、何もしてないけど?」
「待たせた詫びだ。いいから取っておけ。それともいらんのか?」
「……っ」
それを言われると弱い。これでメダルは5個になるのだ。いるかいらないかで言ったら、いるに決まってる。感情では納得できない部分もあるが、頭ではこれを受け取るのが正解だと分かっていた。自分は何があっても脱落する訳には行かないのだ。綺麗事だけでは勝ち上がれない。このまま意地を張って受け取らずに残りのメダルを回収できる保証もないのだ。
「……ありがとう。感謝するわ」
結局素直に受け取る以外に選択肢はなかった。リディアの中でマーカスへの感謝とも好意とも罪悪感とも付かない複雑な感情が渦巻いた。
「よし、これで5個集まったな。ステージクリアの条件は達したはずだ。船に戻るとするか」
「ええ、そうね」
戻ると言っても船まで歩いて行くにはこの島は広すぎる。その道中にも『敵』に襲われないとも限らない。
参加選手の行動は基本的に、この島の各所に無数に設置された監視カメラやドローンなどによって主催者側に把握されている。なのでどの選手がメダルを集め終わったかも把握しているはずなので、後は最寄りの海岸まで行けばそこに迎えのボートが来てくれる手筈になっていた。
この場所だとマーカスが降り立った地点の方が近いようだ。リディアとマーカスは連れ立って、彼の最初に降り立った砂浜へと歩を進めるのだった。
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