11月4日 寿司折

 目が覚めてからずっと、頭痛に苛まれている。

 連休中日は雨降り。


 近所の美味しいパン屋は、どうやら怪我が原因で休んでいるらしい。悲しいが回復を祈ることしかできない。

 今のところ市内で最も気に入っているパン屋まで、夫が買いにいってくれた。カレーパンは揚げたてだったようでまだ温かく、サクサクもっちりとした中にコク深いカレーが美味しい。きんぴらごぼうと蓮根が乗ったパンが、思いのほか美味しかった。ふかふかの生地が美味しいのは勿論、そのパンときんぴらをマヨネーズがうまく繋いでいる感じだった。ラ・フランスのデニッシュは期待通り。サクサクのデニッシュ生地にラ・フランスのコンポート、それだけでなくアーモンドクリームが入っているのが嬉しい。


 夫は諸用で出掛けて行き、私は寝床でうつらうつらしていた。今日は出かける気力も無いので、夫がいないのはちょうど良いかもしれなかった。

 X(旧ツイッター)で、「老舗寿司屋でデートに行ったら男がサーモンを注文したので逃げたくなった女」という漫画が流れてきた。あまり肯定的な反応は無かったが、もしこれが入店してすぐの注文だった場合、私も同じような気持ちになっただろうと思う。

 サーモンの寿司がダサいだとか回転寿司にしか無いだろうとか、ギョクから始めるのが通だとか、そういう話がしたいのではない。寿司には、ネタを最も美味しく味わえる順番というものがあるはずなのだ。つまり淡白なネタから次第に脂の多いネタ、旨味の濃いネタへ、というものである。

 私はサーモンの寿司が好きだ。老舗寿司屋の類にそのネタがあるかどうかわからないが、あれば私も頼むだろう。だが、初手ではない。サーモンは分類的には白身だが、味は濃い。これでは寿司を楽しみきれない、寿司との向き合い方が野暮である、というのが私の個人的な意見である。

 そんな順番わからないし面倒だ、と思われるのも当然だろう。私自身、特別寿司に詳しいわけではないし、最適解はわからない。そんな時のために「おまかせ」というものがある。ネタのおまかせは勿論、好きなものを注文し「順番はおまかせで」と言えば、悪いようにはされない。

 基本的には、食べたいものを好きなように食べるのが良い。だが私は美味しいものを、最良の状態で食べたいのだ。そしてそれは、店にとっても最良のパフォーマンスになると信じている。


 その一方、何故「逃げたい」という気持ちになるかといえば、やはりそれがデートにおいて野暮、だからだろうと思う。件の漫画は事実に基づくとは書いていないし、デートの男女がどの程度の仲なのかも情報が無いが、「老舗寿司屋においてサーモンの握りをいきなり注文する」というのは、連れの女性に恥をかかせることになりかねない。良い店ならば大将がうまく言ってくれるか、サーモンを仕入れていれば何事もなく握ってくれるだろう。そしてこれが友人との食事であったり、長い付き合いの男女ならば、おそらく「逃げたい」とまでは思わない。発端の漫画にはその辺りの情報が無いために、余計に議論になるのだと思う。

 デートというのは、連れに恥ずかしい思いをさせたら失敗なのだ。価値観が古いと言われるかもしれないが、こういう時に適度に格好をつけること(知識やマナーを身に着けておくこと)を、私は好ましいと思う。


 とはいえ、我が夫は食に対して私ほどこだわりが無い人だし、言ってみれば寿司屋で初手サーモンをしかねない人である。だが私はそういう人だとわかって夫婦になっているし、そもそも注文は私と相談して決めてくれる人なので、「逃げたい」と思うような心配はしていない。

 たぶんこれは、そういう話なのだ。


 随分と話が逸れた。

 だがこのような話をつらつらとX(旧ツイッター)でしていたものだから、寿司を猛烈に食べたくなってしまった。結果、デリバリーを頼ることにした。

 比較的安価な、チェーンの寿司屋である。てっきりパック寿司の形で来るのだろうと思っていたら、きちんと折箱に入っており、包装紙で包まれた上に店名の入った紙袋に入ってきたので驚いた。紐こそ付いていないが、いまどき珍しい立派な寿司折である。

 開けてみると、折箱にみっちりと九貫の寿司が詰まっている。鮪、イカ、サーモン、真鯛、タコ、〆さば、海老、玉子、カニ風サラダ軍艦と、ガリ。一人で軽く食べるには実にちょうど良いラインナップである。

 セオリー通りに真鯛からいただく。身は適度な厚さがあり、歯ごたえも良く旨い。イカやタコ、海老も安定した美味しさで、〆さばでさっぱりと。玉子はさほど甘くないタイプ。鮪の赤身はさっぱりとしつつもとろりとして旨味がある。カニ風サラダ軍艦は懐かしく雑な美味しさが良い。これはこれで好きである。サーモンは最後にして正解だった。なかなか脂の乗った肉厚なサーモンで、独特の風味がやはり美味しい。

 突発的に食べた寿司だが、想像したよりも美味しい寿司だった。今度は夫と食べようと思う。山陰は回る寿司も回らない寿司も美味しいのだから。

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