第26話 フェリア城④

 先程吹き荒れた風のせいで、罅の入っていた窓硝子が破損したようで、そこから夜風が吹き込んで、ラルフの構える剣の竜巻に巻き取られる。


「うーん……確かに、俺の故郷はエンガリアだし、君たちからすれば無関係の異邦人だ。黙っとけっていう気持ちもわかる。だけど、イーリアを救うために、ユリアちゃんの力が必要って言うんなら、俺にも無関係じゃないんだよ」


「何だと?」


 ラルフ要領を得ないライナルトの説明に、わずかに当惑したような表情を浮かべる。剣に巻きつく風の鎧が大きく揺らいだ。


「俺はユリアちゃんに笑っていてほしいんだよ。こんなに小さな子が、大人たちの陰謀にまみれたきな臭い騒動に巻き込まれるのは見たくない」


 ライナルトは真摯な態度でそう言って、息をつく。


「こんなに小さい子……?」


 苦いものでも嚙みつぶしたような顔をして、ラルフがぼそりと呟く。

 ラルフは悩まし気に眉を寄せ、ライナルトの背後にいるユリアの姿を透かし見ようとでもするように、ライナルトの腹部辺りを睨み据える。

 

 一方、ユリアはずきずきする頭を抱えたい気持ちでいっぱいだったが、両手でアンネを支えているため、それも叶わず、鼻の上に皺を寄せる。


「だ、か、ら、私はちっとも小さくないんだからぁー‼」


 眼前にそびえるライナルトの背中に向け、思い切り叫ぶ。

 何が悲しくて、こんな緊迫感の中、冗談みたいな台詞を叫ばなくてはならないのか。ユリアは恨みがましい目でライナルトの背中を見据え、ぷうと頬を膨らめた。

 

 生まれてこの方十五年間、ユリアが小さいと言われたことなど数えるほどしかない。それも、ごく幼い時の話である。

 

 年の離れた兄と姉がいることを考えれば、「ユリアは小さいからな」とか「まだこんなに小さいのね」というのは、文字通り、本当に幼児であったり、身長が低かったから言われた台詞であって、あと一年で成人となり、女子の平均的身長である自分が、何度も「小さい」と連呼されるのはどう考えたって、相手がおかしいのだ。

そう、ライナルトの感性がどこかずれているに違いない。

その証拠に、ラルフだって妙な顔をしていたではないか。


 背後でふるふる震えているユリアのことなど気づくはずもないライナルトは、何を思ったか槍を下ろし、臨戦態勢を解いた。それには、ラルフも驚いたのか、不思議そうにライナルトを見返した。


「ちょっと、聞きたいんだけど。どうしてなの? ゴッドフリートって人が、ユリアちゃんを必要としているのは」

 

 ゴッドフリートの名が出ると、ラルフは明らかに動揺し、それからキッとライナルトを威嚇するように剣先を向けた。風の鎧が強度を増している。


「貴様が気安く口にできるような名ではない。どこで聞いた⁉」

 

 ライナルトは槍をくるりと器用に回すと、石突をとんと地面に叩きつけた。

 剣を向けられても、再び槍を構えようとしない。


「さっき、聞こえて来たんだよ」


「貴様は何も知る必要などない‼ 引っ込んでろっ‼」

 

 ラルフはが再び剣を構え、ついに殺気立ち、一戦交える態勢をとる。

 それえも、ライナルトは十文字槍を城の番兵よろしく縦に立てたまま、じっとラルフを見つめている。


「でも、ユリアちゃんには聞く権利があると思わない? 何も教えられないで、ただついて来いっていうのは横暴以上の何物でもないよ? ユリアちゃんにわかるように説明してあげてよ。それは君たちの義務だと思うな。同胞だ何だって言うならなおさら、君たちは誠意をもってユリアちゃんに説明すべきだ。こんなやり方ではなく。話し合いの場を持つべきだよ? だって、君たちの長は、ユリアちゃんを心身ともに傷つけるなと言ったんでしょう?じゃあ、彼の望むやり方は、君たちのそれとは違うんじゃないかな? どう?」

 

 まるで話し合いでもしているような調子でライナルトが言うので、さすがのラルフもだんだんと調子が狂ってきたようだ。先程まであった殺気は霧散し、彼の構える剣からは、風の鎧が完全に消え失せていた。まるで毒気を抜かれた人のように、剣を下ろし、静かな眼差しで壁際で痛みをこらえているアロイスに目を流す。


「俺たちのやり方が、間違っていた……?」

 

 囁くように言って、ラルフは目を伏せた。


「確かにそうかもしれない。まず、説得を試みるべきだった」


 ラルフはおもむろに剣を鞘に仕舞い、まるで反省するかのように首を垂れた。


「ユリア・クレフ・シュヴァルヒ、俺たちの話を聞いてもらえるだろうか?」

 

 突然変わった口調に、ユリアは先程までのラルフと同一人物だとは信じられず、思わず盾代わりのライナルト脇から顔を出し、殊勝な態度で佇むラルフを見つめる。

 

 ラルフはユリアと視線をまじ合わせると、今までの張り詰めていたような態度を一転させ、年相応の青年らしい、生き生きした顔を覗かせた。


「俺は勝手に秘匿だと思い込み、君に何も伝えなかった。けれど、ゴッドフリート様が禁止成されたのは、君を傷つけるなということのみだった。今から、なぜ、俺たちにとって君は必要なのか説明しよう」

 

 そう言って、語り出したラルフの話は、にわかには信じがたいものだった。


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