残光

ラーさん

偽物の皇帝

 私は偽物だ。


「紫紺の衣に包まれて生まれし王の中の王! 偉大なる神マラバシュより光輝たる神命を授けられて降誕せし地上の太陽にして秩序の主! 遍く正義の守護者にして神の代理人たる神聖なる血統の名を継ぎし皇帝バシオス、ラートイ・バシオス・コリアヌス陛下の代理人として、私バークレイ・コリアヌスがその聖諭せいゆを汝らに告げる!」


 皇帝の徽章きしょうである日輪の大軍旗が翻る台上から大声を張り上げて、赤茶けた土地サルテパトの荒野に集結した四万の軍勢の前で私をそう紹介したのは、逞しい体躯を優美な甲冑に包んだ黒髪の美丈夫――私が演じる皇帝の弟であるバークレイ殿下であった。


神に愛されし我らバシュタイルを侵した、神に見放されし土地ブーダバスプトより迷い込んだ神なき者どもブーダバスは、偉大なる神マラバシュの導きにより自らの破滅が約束されたこのサルテパトの地を訪れた! 汝らは知るだろう! 悪徳が潰え、正義が勝利する日を! 愚かなる蛮族ブーダバスどもが、その不信の罪をあるものは血であがない、あるものは奴隷として償う姿を! 奴らの奪ったものはすべて我々のものであり、我々はそのすべてを奴ら自身の運命とともに奪い返すのだ! 蛮族ブーダバスどもの髭をつないで、我らの奴隷の首輪を作ろう!」


 殿下は唾を飛ばし、こぶしを振るいながら、聞くものの戦意と敵意を駆り立てる煽情的な演説をつ。


マラバシュは唯一にして皇帝バシオスは無二なるもの! この聖戦に挑む戦士たちよ! その信仰と忠誠を我らが偉大なる神マラバシュの勝利に捧げよ! 偉大なる神に勝利をマラバシュターン!」


 この演説に兵たちは、槍や剣を振り回しながら荒波のうねりのような「偉大なる神に勝利をマラバシュターン!」の大歓声で応えた。

 私はその光景を見つめながら震える。

 勝利への不安と己の犯している罪への恐怖。

 これから大きな戦いが始まる。蛮族ブーダバス――北辺の大草原ブーダバスプトより侵攻してきた偉大なる神マラバシュを知らぬ草原の民ガルマル人と、この神に愛されしバシュタイル帝国との命運を決する戦いが。

 しかし、ここにいるのは神に愛されし神聖なる血統の皇帝バシオスではない。

 私は偽物の皇帝だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る