第38話 旅館の従業員として人生再スタートしました

「すいませんフェロ先輩、僕はなんであなたを肩車してるんですかね?」

「こうすると高い所に届きやすいんダ! そっち行っテ、ユメジ!」


 僕が旅館えるぷりやに働き始めてからはや二週間が経った。


 とはいえ、やはりまだ新米でしかない僕ができるのは掃除くらい。

 適正はあっても、まずは下積みが必要という事なので仕方がない。


 だが、たかが掃除と侮るなかれ。

 この旅館の掃除は他に並んで最も大切と呼ばれる仕事の一つなのだから。


 なにせこの旅館には中庭がなんと一二七個も存在する!

 それぞれが最小で八畳分くらいと狭かったりするけれど、とにかく多い。

 おまけに、外界から切り離されているとはいえ日々塵が積もるのは道理。

 一日でも間隔を開けばあっという間にみすぼらしくなるので、日々の清掃が必要不可欠となる。


 そんな訳で今は掃除係各班に分かれ、担当の中庭を清掃中。

 木に乗っかった落ち葉や埃を払っている所だ。

 その効率化のためにと、同じ班で先輩のフェロちゃんを担いでいる。


 ただ、内心はとても複雑だ。

 一応彼女も年頃の娘なはずなんだけど、惜しげもなく僕の頭を股でギュッとね。

 もう女の子の香りだってするし、本当にこれでいいのかって気がしてならない。


「もう片手だけで支えるよー? 僕もやった方が良さそうだ」

「ま、待っテ! 片足こわいヨ! アァンッ!」

「そういう時だけ女の子みたいな声出さないで!?」


 ちょっと無理すればこうだし。

 なので少し辛いし、ひとまず彼女を降ろす事に。

 頬を「ぷぅ~」って膨らませて怒っているけど知りません。


「フェロ先輩はやっぱり地面をお願いします。僕が木の上をやりますから」

「ボクだって木の上やりたイ! やーりーたーイー!」

「そうなのだー、フェロにも木の上をやらせるのだー!」

「さりげなくピーニャさんもワガママ戦線に参戦しないで!?」


 強情な所はピーニャさんとそっくりだ。

 もうなんだか彼女が二人になった気分だよ。


 そんなピーニャさんは僕達をあざ笑うかのように窓際へ座って足パタパタしてる。

 今期の掃除班じゃないからって随分な余裕だ。


 でもねピーニャさん、油断はいけないよ。

 君の座ってるトコは結構敷居が高いんだから、着物の中しっかり見えてるからね。

 つーかそれ一体どこで手に入れたのさ、ロドンゲさん柄のパンツ。


「はいはいわかりました。でも二人で今日中に二一箇所終わらせないとダメなんですからね?」

「わかってるヨ! けど今だケ。おねがイ」

「ずるいこの子。男子と女子の使い分けがとってもずるいわ!」


 フェロさんもガード甘いけど、彼女はもう天然だから仕方がない。

 おまけに時々見せる小悪魔的な所がなんか可愛くて、逆らえない時がある。

 ダメだなぁ僕、まったく成長していないみたいだ。


 ――こんな感じで少女の股に挟まれつつ今日の業務を済ませる。

 まぁ割と悪くない仕事だと思う。色んな意味で。


 ただ、お客さんが通る時は時々寂しくも思う。

 彼等を誘う担当者が皆、僕の知る以上に輝いていたものだから。

 あのピーニャさんだって、もうお客さんの前ではちゃんとした淑女だし。

 きっと僕が従業員になった事で初めて見えてきたものがあるのだろう。

 

 いつか僕もあの場に立つ事ができるだろうか。

 でももしかしたら適正が無くて永遠に立てないかも。

 そんな期待も不安さえもよぎってならない。


 だから仕事を終え、姉さんを迎えに行く時には溜息が漏れてしまう。

 迎えに行くまでの間だけの短い本音タイムだ。


「どうしたんですか夢君、また溜息なんて吐いちゃって。もしかして仕事が合わないとかそんなのですか?」

「ううん、違うよ。仕事自体はとても楽しいさ。ただ、楽しいだけじゃ届かない世界があの旅館にはあるんだって思えてならなくてね」


 それに姉さんにだけは偽りない本音がぶちまけられるからね。

 汚い事も含めてまぁ色々と。


「あ~~~一日がもっと長ければ修行だってできるのにな~!」

「そんな戦闘民族みたいな事言わないでください。それに夢君は今でも充分通用すると思いますよ?」

「そうかな?」

「そうです。そこは姉さんが太鼓判を押しておきます」

「うん、ありがとう姉さん」

「お礼なら今夜一発だけ」

「そしてグッバイ」

「ごめんなさい夢君おいていかないで」


 相変わらずな所はともかくとして、私的にも公的にも頼りになる。

 この姉さんも今ではディスカウントストアの主力で、新事業担当までやってるし。

 例のバイクを使ったデリバリーサービスだ。


 あのバイクはなんと空を飛ぶ。

 そして客室の露天風呂へと降り立ち、商品を直接届けるのだ。

 ……というより、ストアと繋がった荷箱から直接希望の品を渡すというか。


 なんでも、このサービスを発案したのが姉さん自身らしい。

 だから旅館への貢献度も高く、割と発言権も得ているのだそうだ。

 まったく、我が姉ながら優秀過ぎます。


 そんな姉を連れ、自宅へと帰還。


 こうして今日の一日がまた終わりを告げるという訳だ。

 帰ってくればまだ夕方の四時過ぎくらいだし、自由な時間もある。

 ほんと、仕事的には申し分ないくらいに優良だよね。


 さて、それじゃあ今日は一体どうやって過ごそうかな。

 ――なんて思っていたのだけど。


「イミュ、プロエコ、ロワオワーワ」

「何言ってるんだ姉さん、とうとう性欲が脳にまで回りましたか?」

「待って夢君、ちょっと大変な事になってる」

「え……?」


 この時、僕はふと振り返り、そして驚愕する。

 姉さんとつい腕を掴み合ってしまうほどに。


 なにせ僕の背後に、あのフェロちゃんがいたのだから。

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