第34話 助けた子どもの処遇

 エルプリヤさんの救援のおかげでなんとか窮地を脱した僕達。

 何か忘れている気もするけど、ひとまず旅館に戻ってこれて良かった。


「まず現美さんの治療を! それと救助者の状態確認をお願いします!」

「僕はなんとか平気そうです。だから二人の治療に専念してください」

「わかりました!」


 なお、宿場町には既に救護のための集まりができていた。

 だから対応も迅速で、姉さんは医療班の回復魔法を即時受けてもらえる事に。


「それで状態は? 姉さんは助かりますか?」

「現美さんは平気そうです。意識もありますし、治療を終えたら後はゆっくり温泉に浸かってもらえれば即日完治もできるでしょう」

「よ、よかったぁ……」


 姉さんに関してはもう問題無さそうだ。

 目は少しうつろだけど、僕に笑顔とピースサインを向けてくれているし。


 だとすれば後の心配は子どもの方かな。


 救助した子は当然、人間じゃなかった。

 人には近いけど、二本の短い角や黒い鱗、尻尾や翼まで生えている。

 どちらかと言えば人とゼーナルフさんを足して二で割ったような感じだ。


 その子はまだ気絶したままだけど、ひとまず軽く治療してもらっている。

 さすが現地人だからか、凍傷は酷いもののまだ命に係わる状態ではないそう。


 ただ、命に別状は無くても別の不安がある。


 なんか体に傷が一杯あるんだ。

 それも今さっき付いたような、赤い血の痕の残る切り傷が。

 とても痛々しくて、たまらず目を背けたくなるほどだ。


「ですが子どもの方は何かいさかいに巻き込まれたようですね。それで助けを求めてこの旅館に迷い着いたのかもしれません」

「え、でも入口とは程遠かったですけど?」

「おそらくこの子はこの近くに住んでいるんです。それで自分の足でここまで来れるから転移するまでもなかったんです。ですが志半ばで意識を失い、入口にまで辿り着けなかったのでしょう」

「それだけもうギリギリだったんだ……よかった、助けられて」

「……そう、ですね」


 それでもここまで連れて来られて良かった。

 ここなら治療もできるし、温泉とかの力で心も癒せるだろうから。


 でもエルプリヤさんはなんだか浮かなさそうな顔をしている。

 いつもならお客さんが来たら笑顔で迎えてくれるのに。


「う、うう……」

「「「おお、気が付いたぞ!」」」

「あ、ああ……助ケ、お願イ、村を助け……」

「お、おい! しっかりしろ!」

「ダメだ、また気絶してしまった」


 子どもも少し目を覚ましたみたいだけど、復帰は時間がかかりそう。

 意味深な事を言い残していたし、きっと相当追い詰められたんだろうね。


 なんとか助けてあげたいんだけど、僕じゃ無理そうだ。


「しかし困りました。このままでは……」

「えっ?」


 そう悩んでいた時、傍にいたエルプリヤさんが何かボソッと零す。

 そんな彼女の険しい表情がなんだかとても気になって仕方がなかった。


 だからか、僕はふと聞いてしまっていたんだ。


「何かいけない事でもあるんですか?」

「……えぇ。実はあの子の処遇が今、私達に委ねられつつあるんです」

「え……?」


 けどそんな質問がますます彼女の表情を曇らせてしまった。

 それも悲しみを帯び、眼を震わせてしまうほどに。


「あの子はまだ旅館のお客ではありません。宿泊の是非を聞かなければお客として受け入れる事ができないからです」

「そ、それで?」

「しかし、この旅館はもうすぐ別の地に飛んでしまいます。すると必然と、この子は帰る事ができなくなってしまうんです。元の居場所の登録ができていないから」

「ッ!?」

「無数の世界から故郷の場所を特定する事はできません。よって、このままでは二度と故郷の地を踏む事ができなくなるでしょう」

「そんな……!?」


 その悲しみを産んだ原因はあまりにも悲劇的だった。

 このままでは子どもが自分の故郷に帰れなくなってしまうのだと。

 ただ起きて「一泊する」とでも言えばいいのに、それも叶いそうになくて。

 きっと意識を起こす方法も無いんだろう。

 

「だとすれば私達にできる手段は二つ。このまま旅館を第二の故郷にしてもらうか。あるいはこのまま故郷の地に捨て置くか、です」

「ううっ!?」

「一つ目は一見すると平和的ですが、この子が悲劇を抱えたまま生きる事になるでしょう。村の安否も確認できず、強制的に故郷から離れさせられる訳ですから。しかも事情を知らされないまま勝手に」

「そ、それは……」

「なら二つ目の方がまだ幸せかもしれません。何も知らないまま死ぬ方が、故郷の地で家族と共に死ぬ方が」


 しかもこのままだと勝手に世界が移り、勝手にこの子がもっと不幸となってしまう。

 それと比べたら死んだ方がマシだなんて、そんな事は考えたくもない。


 でもそれも結局は僕らのエゴでしかないんだ。

 この子が望んだ形で終われない限りは。

 そしてその結末をエルプリヤさんはどちらも望んでいない。


 なのに、女将だから結論を委ねられている。


 こんな悲しい事ってあるのだろうか。

 あんなに優しい人なのに、人の不幸の先を選ばなきゃいけないなんて。

 いっそ僕がその原因を取り除いてあげられればいいのに……!


 ――原因を、取り除く?


 ……そうか! そうだよ!

 なにもまだ諦める事じゃないんだ!

 まだすべての可能性が失われた訳じゃないんだから! 


「エルプリヤさん、ちょっと尋ねていいですか!?」

「えっ? と、突然何を……」

「もしかしたら、その二つを選ぶ以外の解決策があるかもしれないんです!」

「ええっ!?」


 これは決して確定事ではない。

 別に自信がある訳でもない。

 だけどこの子を正しく守れる方法は別に存在するかもしれないじゃないか!


 なら、僕はギリギリまで粘りたいと思う。

 不幸しか選択肢がないのなら、少しでもマシな別手段を導き出したいんだってね。


 その為になら、僕は――

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