第32話 人命救助は迅速に!

 僕達がゆっくりと温泉に浸かっていた時、それは起きた。

 誰かの掌が助けを求めるように猛吹雪の中から現れたのだ。


 だから僕は事情を伝えるために、エルプリヤさんの下まで急いで走った。

 なぜか姉さんまで付いてきてしまったけれど、それはこの際どうでもいい。


「エルプリヤさん! 大変です! 大浴場の外に遭難者が!」

「ええっ!? そ、それは大変ですっ!」


 今は一分一秒を争う。

 もう問答なんてしている暇なんかないんだ。

 今はただエルプリヤさんに何とかして動いてもらわないと。


「――けど、どうしましょう! 私は自分の意思だけではここから離れられなくて!」

「えっ!?」

「離れるにも申請が必要で、少し時間が必要になってしまいます!」


 だけど頼みの綱のエルプリヤさんは動けない。

 するとこのままじゃ、さっきの掌の人はどうなってしまう……?


 でも、見捨てるのだけは絶対に嫌だ!


「じゃあエルプリヤさん、防寒着などはありませんか!?」

「えっ!?」

「僕が行きます! 装備があるなら貸してください、今すぐ!」

「は、はいっ!」


 そんな意志をぶつけたら、エルプリヤさんがさっそく物を用意してくれた。

 玄関の棚に仕舞われていた古風な藁蓑わらみのだ。


「これはただ被るだけでも全身を保護してくれる、旅館の加護の籠った全属性耐性最強を誇る蓑です! ですが効果時間はそれほど長くはありません! だから無理せず、すぐに戻ってきてください!」

「わかりました!」

「夢君、あたしも行きます!」

「姉さんまで!?」

「一人より二人の方がいいでしょう!?」

「装備は二人の分もあります!」

「わ、わかった!」


 それを二人で身に着けつつ、玄関の外へ。

 平和そうな宿場町との間を走り抜け、旅館の外の領域に。


 すると途端、猛吹雪が僕達を襲う。

 前に進むのも辛いと思えるくらいの!


 けど、不思議とまったく寒くない。

 防寒着がしっかり効果を発揮してくれているんだ。


「姉さん、はぐれないよう僕にしっかりついてきて!」

「ほぼ先も見えない状態なのに道わかるの!?」

「なんとなく構造と大きさは理解しているから! それで多分平気だと思う!」


 それに、僕らにはまだ温泉の効果が残っている。

 体から気力や体力が溢れているから何でも出来そうだ。


 ゆえに身体への負担なんて気にせず、大雪を掻き分けて突き進む。

 おかげですぐ大浴場のものらしき大窓が僕らの前に姿を現した。


 ただ、中同様に外もすごく広い。

 窓も遥か向こうにまで続いていて、僕達がいた場所もすぐにはわからない。


「こんな中から見つけ出すなんて無理でしょう!?」

「いや、大丈夫だ! ついてきて!」


 けど、僕にはわかったんだ。

 あの掌が現れた、僕達が浸かっていた温泉の場所を。


 その正体は距離感。


 僕はこの数回の来訪でこの大浴場をよく利用している。

 その際に一度、僕は旅館の大きさを測ってみた事があったんだ。

 ざっくりとでしかないけど、あまりにも大きかったから気になって。


 だからあの時の感覚を思い出し、歩を刻みながら窓沿いを進む。

 窓の中に薄っすら見える温泉施設も眺めつつ。

 答え合わせを頭の中で行いながら、目的地がどこかを探り出すんだ。


 そして、件の場所へとついに辿り着く。


「ここだ! おそらくここに掌の人が埋まっているはず!」

「掘り起こせばいいのね!?」


 本当に正しいかはわからない。確証も無い。

 だけど僕の計算と勘が正しければ――


「いた! いたよ夢君! 子どもみたい!」

「よし、すぐに引き上げよう!」


 幸い、大窓が熱を帯びていて雪を溶かしてくれている。

 だから掘り返すのも容易で、すぐに見つける事ができた。


 後は雪を除いて全身をさらけ出し、姉さんが雪の中から引き上げる。


「この子生きてる! 生きてるよ!」

「でも体が冷たい。このままじゃ……よし!」

「どうする気なの夢君?」

「僕の懐に入れる! 防寒着があるから寒さには耐えられるはず」

「そんな事したら夢君が冷えちゃうじゃない!?」

「温泉で温まったからしばらくは平気だ! それに問答している暇は無いよ!」

「そ、そうね、わかった」


 そこで僕が子どもを受け取り、懐の浴衣の中へ。

 裾を縛って抱っこ紐に仕立てて抱え上げた。


 ……子どもでも結構重いな。それなりに背丈もあるし。

 加えて雪も払いのけて進まなきゃいけないし、割とキツいかも……!


 ただ今度は姉さんがやる気を見せて先行してくれている。

 なら雪の掻き分けに関しては任せても良さそう。

 一緒に来てくれて助かったよ。


「ど、どうしよう夢君」

「え?」


 けどこの時、姉さんは不安そうな顔を浮かべてこっちに振り返っていた。

 まるで僕の不安をも煽るように口元をひきつけさせながら。


「……お姉ちゃん、寒いの」

「え……!?」

「ど、どんどんささ寒くなって、というかいい痛い! あ、ああ、もももうてて手足のかか感覚がなな無くなってきてるぅぅ……!」

「姉さん!? まさか装備の効果がもう切れて!?」


 徐々に顔が青ざめていくのがわかる!

 それほどまでに今のこの極寒の環境が厳しすぎるのか!?

 それどころかもう呼吸さえままならない状態になっている!?


 そんな、このままじゃ姉さんが、姉さんが……!

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