第30話 シラフの姉は酔った時より欲求的です
「夢君、そこに座ってください」
「はい」
今、僕は姉さんに正座させられている。
僕達二人だけの部屋で、厳しい眼差しを向けられながら。
――昨日は本当に大変だった。
まず今日の分も有給休暇を取り、姉さんがやらかさないよう監視する事に。
でも姉さんが暴走し、担当者をも(性的に)襲う事態にまで発展。
果てにはピーニャさんまで(性的に)襲われ、事後はもう客室が(以下略)。
そこで仕方なく直後にロドンゲさんらが動いて姉さんを逆に(性的に)確保。
まぁ色々と(性的に)言いにくい事がありまして、結果的に騒動は終焉へ。
(性的な)被害者二名という史上類を見ない珍事件が旅館の歴史に刻まれた。
そんな事もあって仕方なく、僕は姉さんと同じ部屋で寝る事になったのだけど。
それで今日、すべてを忘れた姉さんが理由を求めて対峙している。
昨日一体どれだけお酒飲んできたんですかね。
「まず、あたしがどうしてここにいるのか教えてください。いかがわしい事はしていないでしょうね?」
「していません。むしろしたのは姉さんです」
「そ、その経緯を話してください」
「姉さんはまず僕を襲いました。そうしたらこの旅館に着いたので泊まる事になりました」
「どうしてそうなった」
「そうとしか言いようがないんですよ姉さん。訳はここで話しても多分わからないです」
まぁ疑いたくなるのもわかる。
家に帰ろうとしたら立派な和室にいた訳ですから。
でもね、僕も色々と聞きたい事がある訳ですよ。
ここは引き下がれるところでもない、ともね。
「で、では訳がわかるよう説明をお願いします」
「その前に確認したいんですけど、姉さんもう仕事も家も無いって本当です?」
「……本当です。彼氏である上司がすごいアブノーマルプレイを強要してきたので、別れるついでに仕事も辞めました」
「ちなみにプレイ自体は?」
「やりました」
「見紛う事なき姉さんだ! それでこそ僕の姉さんだよ間違い無い!」
「夢君のあたしへの認識が何かおかしい」
なにせ何の相談も無く無職で帰ってきたのだから。
独り立ちした人にとって当たり前の事でも、僕にとってはそうでもない。
こんなド変態でも僕にとっては大事で大切な家族なんだ。
こうなってはいけない(性的に)という反面教師にもなったくらいに!
「そう正直に話してくれた姉さんに敬意を表して本当の事をまず話します。ここは異世界です」
「そう、異世界だったのね。通りで空気が違うと思ったわ」
「なんか簡単に受け入れてない?」
「当たり前よ。あたしが一体何作品のネット小説を読み漁ったと思っているの? 書いた事もあるくらいなのよ一八禁だけど」
「読んで書いたくらいで適応できるってそれすごくない?」
しかもどうやら姉さん、新しい扉も既に開いていたみたいだ。
僕が知らない内にネット小説にまでハマっていたなんて。
確かに無料だから倹約家にはもってこいの趣味だと思う。
でもきっと姉さんの事だから自作の方はかなり酷いと予想している。
アブノーマルプレイは嫌いでも、見る分には好きな人だから。
基本的にドSなんだよね、この人。
「では次に、ここが異世界の旅館である証拠を見せます」
ともかく、もう「異世界だ」と慌てる事もなさそうなので次に進もう。
そこで僕は手をパンパンと鳴らして人を呼ぶ。
するとさっそく扉が開き、ピーニャさんが丁寧な足捌きでやってきた。
「失礼いたしますのだ。ピーニャと申しますのだ」
「ネ、ネゴミミッ!」
「はいその反応、今日で二回目ー。昨日も同じ事言ってましたー」
「あたしがそう反応しない訳ない――クッ! まさか本当に異世界だったなんて!」
「ちなみにピーニャさんは昨日姉さんに襲われた被害者の一人です」
「とても気持ち良かったのだ……ポッ」
「思い出せあたしィ! すべてを思い出せェェェーーーーーーッッッ!!!!!」
うん、昨日はもうピーニャさんがこうなっちゃうくらい大変だったんだ。
まぁ僕が見たのは事後だったけども。
でも頭を机の角にいくら打ち付けてもダメですよ。
姉さんのアルコール摂取時の記憶喪失率は一〇〇%なので手遅れですからね。
「わかってくれましたか姉さん。僕達が今ここにいる理由を」
「……わかりました、ひとまず納得しましょう。ですがもう一つ聞かせてください。夢君はこの世界の事をどれだけ知っているんですか?」
「割とだいたい知っています。これで来るのは四回目なので。ここの皆さんは争いの好まない良い人達ばかりですから、どうか暴力や争いは無いようにお願いします」
「争うとどうなりますか?」
「砂になります」
「……ここでお酒を飲むのは避けておきますね」
「できればもう一生飲まないでください。姉さんのためにも」
まぁきっとそれでもアルコール依存症なのでお酒を辞める事は無いだろう。
それでも毎日飲む訳ではないし、摂取量も多くないのが幸いかな。
ただアルコールをキメてからガチセックスするのが大好きってだけだから。
した事覚えてないのに好きっていうのも変な話だけどね。
する時にハイになれるからイイって事なのかもしれない。
普段はこんな感じの真面目ちゃんだし。
「それでは夢君、あたしはこの異世界の旅館を楽しみたいのですが、どうしたらいいでしょうか?」
「まず、性欲を消してください。そうしないと部屋から出られません」
「夢君ごめん、あたしここに住みます」
「お代は一日八六〇〇円になります」
「ンン……お高いンッ!」
「安心してください、冗談です」
「値段が? 性欲が?」
「姉さんのこの旅館を楽しみたいっていう想いが」
「あたしは本気なのおッ! 異世界イきたいンッ!」
「もう姉さんの性への渇望が僕にとってファンタジーですよ」
これで性欲が無くなれば本気で優等生なんだけどね。
実際、高校生の時は生徒会長候補とまで言われるくらいだったし。
僕達を養うために働き始めたら目覚めちゃった、みたいな。
……おっと、この事は思い出してはいけない僕と姉さんだけの秘密だった。
早く記憶から抹消しておかないと。
「仕方ない、なら僕が特別に出る事を許可します。その代わり姉さんはもう無茶しない事。僕の言う事をちゃんと聞いて従ってくださいね。あとこのピーニャさんにも」
「わかりました。憧れの異世界を楽しむために今だけは我慢します」
「まぁ言うほど異世界観はないけどね。ようこそ、異世界旅館えるぷりやへ」
押し問答はあったけど、これで姉さんは僕の言う事を聞いてくれるだろう。
色々と問題はあっても話せばわかってくれる人だから。
これでエルプリヤさんも納得してくれるはず。
――というのも実は僕、姉さんを説得するようエルプリヤさんに頼まれていた。
なんでも、普通のお客と違う人はなかなか話が通じないらしくて。
ジニスの件があったから、多分そうなんじゃないかって薄々思っていたけれど。
けど僕達は家族だからこそ誰よりも話し合える。
エルプリヤさんはそう信じ、あえて僕に託してくれたんだ。
そしてやっとわかってもらえたから、きっともう平気だろう。
姉さんがこの四年間で僕の知る以上のわからず屋となっていなければね。
「それで夢君、ここに女性用風俗店はありますか?」
「ありません。そういう煩悩はそこのゴミ箱にすべて捨て去ってください」
……いや、まだちょっと不安、かな。
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