第27話 旅館食事処のおしながきの正体

 エルプリヤさんのとんでもない行動がファミレスを騒がせる。

 一杯のドリンクなど一秒さえ掛けず、でもその味をしっかりメモへ。

 おかげさまでグラスケース一つ分が、料理一つ来る前に片付いてしまった。


「お待たせしました、定食メニューの味噌汁と漬物です。ライスもこの後お持ちしますね」


 それでさっそくと第一陣の料理(?)が届いた訳ですけど。


 付け合わせだけで既に机の上が一杯となっていた。

 それでもまだ持って来れていない。カートに乗せて持って来たのに。


 しかも振り向けば既にお漬物の半分が消えている。

 食後の皿も丁寧に積み上げられていて、店員さんが二度見してた。


 ――という訳でどぎまぎしている間にすべての皿・椀が即リリース。

 その脅威の食事速度に、店員さんも離れた厨房とにらめっこするばかりだ。


「ふむ、この世界の料理は塩加減がなかなか。しかしそれでいて単純ですね。『野菜切り身の塩出汁和え』と言った感じでしょうか」

「浅漬けです」

「お汁の方は、豆汁ですね。ひと手間掛けているのか深みを感じます。『ペーストビーンスープに豆煮寄せと海藻を添えて』」

「豆腐の味噌汁です」


 エルプリヤさんも食後に吟味をしている。

 余韻だけでそこまでわかるのはなかなかすごいと思う。


 とはいえオリジナルネーミングがやたら長い!

 長いのに逆にイメージが実物から遠のいてる気がするんだけど?


 ……あ、そうだこのニュアンス知っているぞ、旅館の食事処のメニューだ!

 もしかしてあのメニュー、全部エルプリヤさんが考えたのか!?


「お待たせしました。チーズハンバーグです」

「これは『草食獣掛け合わせ挽肉の表皮焼き、乾燥錬成乳がけ』ですね」

「お待たせしました。ほうれん草とベーコンのソテーです」

「ふむ、『錬成乳が引き立てる厚手菜と草食獣ローストピース焼き』でしょうか」

「おまたせしました。フレンチフライドポテトです」

「そうですね、『焼き芋』でしょうか」

「それは別にあります」


 ひとまず言うと、「焼きを付けておけばいい」っていう雰囲気がすごい。

 ここまでで火を通した料理のほとんどがそうだったので。

 あとなんでフライドポテトだけ短縮されるのか……! 揚げ芋じゃないの!?


「お待たせしました。練乳イチゴパフェです」

「おお~『乳の乳による乳のための乳クリームつぼみフルーツ』としましょう」

「それはちょっと卑猥だからやめておきません?」


 その味音痴な所はもしかして、料理を速攻で消し去ってるからでは?

 小説を速読すると内容はわかるけど感情が読み取れない、みたいな感じで。


「これらの味をすぐ再現するのは難しいですね。まず素材が他の世界と異なります。おそらくは地球の人間専用に品種改良を加えられた食料専用種……これは確かに他の世界では見られません。似たような物はありますが」

「へぇ、そうなんだ。ネット小説とかでは結構出てくるものなんだけどな」

「もしかしたら同名の別物なのかもしれませんね。肉にしても魔物などであれば硬くてそのまま食すのは厳しいですから。いずれも旅館では特殊な製法で加工してお出ししています」


 ただ食材の分析力に関してはピカイチだ。

 食べただけでここまでわかるのは正直にすごいと思う。

 さすが他の世界から食材を集められる旅館の長だけのことはあるね。


「例えばですが、いつか夢路さんが食べた『アゴビ鶏のイッパニ粉親子揚げ』は、この世界の言葉で言う所の『アイアンバード』の肉を使っております」

「アイアン!? その肉って食べられるの!?」

「普通は無理ですね。軟体金属製ですので。それを同じ種族の卵油に漬け、同じ世界にあるイッパニという鉱石の粉をかけて揚げるのです」

「な、なんだか気分が悪くなってきた……!」

「ですが旅館で調理すればあら不思議! 誰でも食べられる料理に早変わりするんです!」


 でも多分、極上の分析力を食材チョイスと料理センスがダメにしている。

 おまけに言うと旅館の力がそのダメな所を相殺しているんだ。

 どんな無茶振りでも聞く旅館もすごいけど、それに気付かないエルプリヤさんもすごいぞ……!


 この人なら道端のコンクリートさえ料理にしてしまいかねない……!


 これはもう料理下手のダークマター精製とかそういう次元じゃないんだ。

 素材が既にダークマターなんだ! ネタ食材だけの闇鍋なんよ……!


 そうなると、食事処の他の料理もどんな物が入っているか想像もつかないぞ!?


「夢路さん?」

「え? あ、はい?」

「からあげというものが来ておりますが。じゅるり」

「ああっ、いただきます!」


 ……あとでまた泊まった時、事情通のゼーナルフさんに聞いてみよう。

 安全圏の料理はどれかって。まぁどれも色合いが危険で怖かったけども。

 あとはエルプリヤさんがここの料理をインスパイアして、まともな料理を出してくれる事を祈るしかない。


 ――という訳でおよそ三時間後、僕達は無事に食事を終えられた。


 あまりにもエルプリヤさんの注文が多過ぎたため、レシートが一度で出し切れないという事態にもなったけど。

 けど支払いは普通に行えたし、なんなら僕まで奢ってもらってしまった。

 うーん、相変わらず甲斐性が無い。


 それで帰路に就き、僕の家へと辿り着く。

 その後は少しだけ話した所でエルプリヤさんが帰る事となった。


「もっと話したかったけど仕方ないよね、女将さんだし」

「申し訳ありません……いっそ時間が無限にあればいいのに」


 嬉しい事を言ってくれるけど、時間があるからこそ楽しいのもある。

 だから僕はあえて顔を横に振って応えたのだ。


「間を置けるから愛おしさも上がるんです。それはそれでいい事だと思いますし」

「夢路さん……! はいっ、そうですね!」

「だから楽しみにしています。次に逢いに行ける事を」

「えぇ、私もあなたの事、ずっとお待ちしていますから……だから……んー」


 そんな彼女がそっと目を瞑り、ふと顔を少し空へと傾ける。

 まるで僕へと口元がよく見えるように。

 とても綺麗で柔らかそうな唇だ。


 ……きっと何か想いふけたい事があったんだろうね。

 さしずめ、さきほど食べた料理の事だろうか。

 たくさん食べたから、追いきれない情報があったのかもしれない。


 あ、そうだ、料理の事と言えば!


「エルプリヤさん、そうだ、ちょっと確認!」

「えっ!? は、はい!?」


 帰る前にこれだけは聞いておかなければいけない。

 だからちょっと思い出は置いといてもらい、彼女の意識を呼び戻す。


「動画撮られてたけど、大丈夫なの?」

「あぁ~その事ですか。それは問題ありませんよ」

「ちなみに聞くけど、なんで?」

「私の事に関する外界記録はすべて、『彼等の常識』というフィルターに塗り潰されて消える事になるのです」

「へぇ~……便利な能力だなぁ、女将パワー」

「ふふっ、そうなんです! すごいんですよ女将パワーっ!」


 するとエルプリヤさんがまたいつもの元気さを見せてくれた。

 着物姿で片腕をビシッと上げるその様子がとても可愛らしい。

 ついつい僕も真似しちゃうくらいに!


「……それじゃ、私は行きますね。ごきげんよう」

「おやす――これから仕事、頑張ってね」

「はいっ!」


 ただ、帰る時の背中はどこか寂しそうにも見えた。

 塀の向こうに消え、この世界から消えるまでずっと。


 そんな背中がなんだか印象深くて、でも愛おしくて。


「僕があの人の助けになれたらいいのに……」


 だから気付けば、こう漏らしていたんだ。

 どんな悩みかなんて関係無く、ただ彼女を想うがままに。

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